2-05【八重垣姉妹の異界探訪】マイホーム(団欒)。
◇マイホーム(団欒)。
「ふあぁ…、ゆのねいちゃァ…すごくふわふわで、ここがぽかぽかするよぉ」
少し膨らんだお腹をポンポンしながら、はふっと息を吐いて幸せそうにユピーちゃんが呟いた。
「そんなに美味しかった?」
ユピーちゃんがお誕生日席に座り、スペースの問題で凪恋とアリスはベットの縁に座って少し遅い晩御飯を食べ終わり、四畳半の室内に満ちていた甘いハチミツと小麦の香りも落ちついてきたところだ。
「おいしぃ?」
受肉期間の短いユピーちゃんは食事経験自体が乏しかったみたいだけれど、美味しい物と分かってからの食欲は凄まじく、前に置かれた空のお皿の上に存在していた4段パンケーキは、貪るように口の中に吸い込まれてしまった。
「ふふ、お口の中に入れて良いなって思ったら美味しいだよ」
「ゆのねいちゃおぃひいっ!」
口の周りに食べ残しを付けての元気いっぱいな『美味しい』…。最高の賛辞に私は後片付けを放って駆け寄り頭を撫でてあげた。
「たくさん食べてくれてありがとうっ」
「食べ終わったらご馳走さまって言ってねユピーちゃん」
そんな私に呆れつつ、ユピーちゃんの口元をハンカチで拭いてあげながら食後の挨拶を教えてあげている凪恋の前には、2段パンケーキが綺麗に食べられた木皿。
「ごちそ…さま?」
「そう、ご飯を作ってくれてありがとうって意味、あと食べ物への感謝もね」
「ゆのねいちゃごちそぅさまぁっ!」
「はい、どういたしましてっ」
元気なご馳走様に応えて再び手が頭を撫でていた、あんなに美味しそうに食べてもらえるともうダメだね…愛おしさを抑えられなくなる。
「わたくしもご馳走さまです…ユノお姉様。とても美味でしたっ、上質でクセの無いバターに厚みのあるパンケーキ、そして初めて香る花の蜂蜜…、何よりこのコウチャと言うお茶が素晴らしいですね…」
「アリスは紅茶が気に入ったみたいだね」
「はい、こちらのハーブを使ったお茶とは違った優しい果実のような香りと夕陽が溶け込んだような橙色が綺麗ですね」
晩御飯を食べていなかったアリスも2段パンケーキを食べて今は優雅に紅茶を楽しんでいる、所作から溢れる気品は流石に貴族の御令嬢だ。ちなみに凪恋にはミルクティー、ユピーちゃんにはホットミルクを用意した。
「おかわり入れようか?」
「はい、ユノお姉様っ」
「私もお願いっ」
「ユピーはもぅおなかいっぱいぃ…」
異世界に来てまだ初日なんだから当たり前なんだけど、何かする度に新たな事実が判明する。今回の食事中にアリスとのやり取りでこちらの世界に紅茶や緑茶がない事が分かった、お茶は主に薬草や花の花弁などのハーブを使った物か、麦やこちらの植物などを焙煎したものになるようだ。
サロィクって名前の葉を使う黒色のお茶らしい、黒ウーロンみたいなのかな?
そして陶器がない。庶民は木皿、貴族はガラスか銀食器を使う。
ついでに聞いたら絹もなかったから、多分地球で言うシルクロードや、大航海時代みたいな遠方との交流がないのかもしれない。それともお茶の葉が存在しないんだろうか?
お茶の葉の発祥地ってアジアの高地だったかなぁ、どこか探せば似たような品種はあるかもしれないけれど…。
「はい、今度はアリスもミルクティーにしたよ、お砂糖は二杯、凪恋も一緒ね」
「ありがとう姉さんっ」
「いただきます、これはキュロナの乳ですか?」
「多分私達の世界の牛って言う家畜の乳だね、牛乳って名前」
ティータさんのギフトにはバターや牛乳、チーズなんかの乳製品に卵もあったんだけど、出所不明でちょっと怖いので一度加熱してから使うつもり。
「ウシのギュゥニュと言うのですね。ギュゥニュ…ギュゥニュ…。ウシ…ウシ…」
アリスは何度か呟いて記憶しようとしているみたい、これまでも地球の固有名詞を覚えようとしている所を何度か見てきたけど、そういう真面目な子はお姉さん大好きです。
「ふふっ、なんかやっと落ち着けた気がするね」
「おうちってすごいねっ」
ミルクティーの入った厚みのあるガラスコップを包み込むように持ち、手を温めながら一口飲んで凪恋がホッと肩の力を抜くと、ユピーちゃんはコップの持ち方を真似して残っていたミルクを飲みほした。
確かにそうかも…、急造でも自分たちのテリトリーがあるって大事なんだね。
自分用に入れた紅茶を飲んで鼻腔でお茶の香、お腹で温かみを感じて人心地ついたところで私は席を立った。
「ユピーちゃん、ちょっと椅子から降りて背中見せてね」
「なぁに?ゆのねいちゃ」
問いながらもユピーちゃんはスルッと椅子から滑り降りて私に小さな背を向けてから、顔だけコチラを見上げて振り向いた。
「ありがとう…、うーん30はないかな?26か28くらい?」
「さんじゅう?ゆのねいちゃなにするの?」
「ふふっ、すぐ分かるから待ってて」
と流して、私は『物質製造』で胸にポンポンが2つ付いたワンピースタイプのパジャマを作った。
オリフィアさんの記憶で見たアリスのパジャマがイイ感じだったからお揃いっぽいの探してみたけどコレは可愛いっ。
「はいっ、ユピーちゃんお着替えするから両手を挙げてね、バンザーイッて」
「う、うんっ…ばんざーぃ?」
手は半分握られて肘も曲がったバンザイをする姿は同じ歳くらいの頃の凪恋とそっくりで、一層愛しさが増してくる。
「うん、ちょっと寒いけど我慢してねっ」
と一気に服を上に引っ張り、長い髪の抵抗に遭いながらも薄手の服を引っぺがす、次いで寝巻きを着替えさせようとしたんだけど…。
「あれ?姉さんっ!ユピーちゃん履いてないよっ」
「ユッ…ユピー、下着を穿いていなかったのですかっ?」
「あれれ、ホントだ、パンツも作らないとねっ」
「ぱんつ?」
当の本人は何を言われているか分からず困惑顔をしている。わたしは急いでコットン製のカボチャパンツを作り、ユピーちゃんの足元で広げた。
「そう、まずはパンツを履こうっ、お腹とかお尻が冷えちゃうからね、ここに足を通して…ねっ」
「う、うんっ」
素直に足を通してくれたので一気に履かせるとそのままパジャマを着せて、次いでに毛糸で編まれた靴下も履かせるとユピーちゃんを抱っこしてベットに立たせた。
「ふふふっ、思った通り可愛いっ」
「ふわわぁぽかぽかだぁッ、ゆのねいちゃありがとぉ」
「くるっと回ってみせてユピーちゃん」
「うんっ」
ユピーちゃんがふかふかの羽毛ベット上でくるりと回る。襟には花柄レースが二重になっていて、胸元で蝶々結びをして閉じると、紐の先に付いたポンポンが丁度良い高さに収まって可愛い。
「かわいぃッ凄く…、充電気にしなかったら写真撮るのにぃッ!」
「あつらえた様ですね、可愛らしいですよユピー」
「えへへ、あぃがとぉ…」
顔を赤らめてパジャマの腰あたりをキュっと握りこむ、そんなユピーちゃんの照れ笑いを見れた事で私は少しだけ安心した。
これなら少しくらいお出かけしても大丈夫かな?
少しナーバスになっているユピーちゃんの事がまだ気がかりだけど凪恋とアリス、二人の妹なら任せられると思う。
「凪恋、アリス、私は寝る前に済ませておきたいことがあるから少し出かけてくるけど、2人も寝巻きに着替えてユピーちゃんと一緒にお留守番を頼めるかな?」
「ゆのねいちゃ…どこかいっちゃうの?」
「直ぐに帰ってくるから安心して、兵士達にご飯のオカズを集めてもらいに行くだけだから」
ベットの縁に歩み寄って不安そうに聞いてくるユピーちゃんのオデコが丁度良い位置にあったのでキスをしてから出かける理由を告げると…。
「ねいちゃ…はやくかえってきてねっ」
首にギュッと抱きついて耳元で懇願されてしまった…。行きずらい…出勤前のお父さんの気分とはこういうモノだろうか?
「大丈夫だから…、あーちゃんもお家の外で守ってくれてるからね」
「…うん」
私はそんな可愛いユピーちゃんを一旦抱っこしてギュッと抱き締めてからもう一度ベットに立たせてあげると、躊躇いながらも手を離して小さく頷いてくれた…一応は出かけることを納得してくれたらしい。
「ユピーちゃん、私達とお話ししてたら直ぐだよ、一緒に姉さんが帰ってくるのを待とうっ」
「うん…なこねいちゃとまってるっ!」
私から離れると凪恋の背中に回って肩にしがみ付く。
「いってらっしゃいませユノお姉様っ、留守はお任せください」
「ほらユピーちゃんも姉さんにいってらっしゃいって言ってあげて」
「う、うんっ…いてらっしぁい…」
悲しげな瞳をこちらに向け、ションボリとした声で…それでも半分握り込んだ手を確りと振ってくれた。
「いってきますっ、良い子で待っててね」
エプロンを脱ぎ、外套を羽織ると私は靴を履いて玄関を出た。
・・・・・
扉を出ると左右に魄騎士のシロとアポロニアスが警備していた、あーちゃんは家の裏側を警備してもらっていて、それ例外の騎士達は家の横で整列して待機状態だ。
「みんないるね」
そう言った私の口からは真っ白な息がこぼれる、夜になって風向きが変わったのか北方の峰々から吹き降ろされる空気は凍えるような冷たさで、難民達はこの気温をテントで過ごすのかと思うとなんとかしなくてはと気が焦ってしまう。
「ココニ控テオリマス、陛下」
代表してアザレアが応えるとその後ろに控えた残りの魄騎士と魄兵2人がザっと足を鳴らして槍を縦に構える、歴史ものの映画みたいな場面なんだけど、心情的には寒いのもあって家族を残してカチコミに行く任侠物っぽい。
「シロ達は妹達をお願いね、何かあったら知らせて」
「了解シテオリマス」
さてと…それじゃ早く済ませてしまおう、妹達をあまり待たせないようにしないとね。
今回のお出かけの目的は狩りの得意な魄兵部隊を作る事と、狩った獲物を処理するための精肉場の建造。ついでに幾つか能力のお試しをすることだ。
まずは精肉場を作る場所を確保しよう、太陽があっちに沈んだから…こっち、南の森の中に作ろうかな?
この難民キャンプの敷地内に勝手に施設立てて良いのかどうかも分からないので、トラブル回避の為に今回は森の中に密かに建てて拠点にするつもり。
ちょっとした秘密基地みたいでワクワクするね。
「行くよ!、シロ、アポロニアス、アーチャン以外は付いてきて」
「了解シマシタ」
騎士達がいるとはいえ初めての単独行動なので私は少しだけ気を引き締めると、テント群を抜けて踏み固められた通行路を目指した。
3週空きはイカン。年内もう一回投稿できるといいな。




