2-04【八重垣姉妹の異界探訪】マイホーム(豆腐)。
◇マイホーム(豆腐)。
「今からここをお家に改造してみるから、みんなは灯りを持って外で待っててくれるかな?、ちょっと寒いと思うけどすぐにできると思うから」
「はいユノお姉様っ、お待ちしておりますね」
「おうち、つくるの?」
「わかった、行こうユピーちゃんっ」
「う、うんっ」
カンテラを手にアリスが先にテントを出ると、手を繋いだ凪恋とユピーちゃんが後に続いて行く。入り口の左右には魂騎士が立って守りを固めているのが見え。恐らく囲むように守ていると思われた。
「よしっ、始めようかなっ」
天幕を残して『物質収納』で木箱や寝床を綺麗さっぱり片付けてしまうと、トイレの穴と床板以外何もない3畳程の空間が凪恋とユピーちゃんが浮かべた光の球に照らされた。
さてと、まずはスキルを使ってみないとね…。
今回はお城を作る前にどういうスキルなのかを把握する為の実験。私は『城下建築』と心の中で唱えて瞳を閉じた。
ああ…、『物質収納』で道を作った時と同じ感じだ。
私を中心にした俯瞰視点が頭の中に構築され、恐らくメートル単位で方眼紙の様な薄い線が地面に引かれた。
でもここからどうしたら良いのかな?、確か星に刻まれた建築物を再現できるはずなんだよね…。
頭の中に展開されているイメージ図の上部と下部にはトンカチやら紙束みたいな物が簡略化されたパネルが並んでいて、多分……恐らくはゲーム画面みたいになっていると思われるんだけれど…。
良く分からない…。
私だって事務ソフトを父のパソコンや高校のIT講義で練習したりしたから、上部タブやらで操作とかできるのかな?…位は分かる。
でもこれは……、どう考えても時間が掛かりそうだ…それもかなり。
『すぐできると思う』なんて言ってしまった事を後悔しつつ、私は『思考加速』をかけて試行錯誤をしてみる事にした。
・・・
めちゃくちゃ難しい…。
実際時間ではもう1時間以上掛かっているのではないだろうか。
思考加速しててよかった…。
ババンと星の記録から既存の建築物を建ててしまえばあっという間だったと思うんだけど、それなりの建物で3畳しかない物件がひとつもなかった事が分かってからが大変だった。
物置小屋みたいなサイズのちゃんとしたお家がある訳ないよね…、それなりのサイズだともう立派な一軒家で他のテントの敷地まで入ってしまうし…。
その後テストとして床板の一部分を煉瓦敷にしようとするだけで失敗を繰り返し、やっとの事で壁まで完成させた後に、今度は『物質製造』で作った既存品のベットが部屋に収まらない事に気が付いて奥に少し敷地を広げたりと、慣れないスキル操作に四苦八苦してようやく形が整ってきた所で…。
あ…既存の建物から一部をコピーして使用できたんだコレ…。
その数分後。
あー、…既存の建物を弄れたんだ…。
と、かなり楽な方法に気が付いた。そこからは逆に色々出来すぎる事で窓枠やドア、竈門や煙突とそれぞれを拘り始めてしまい、気が付けば想定を遥かに越える時間が経過していた。
と、…とにかく完成、今夜の寝床。
方眼に合わせて作ったから4メートル四方、壁の厚みを引けば室内は多分四畳半、高さ2メートル50センチ。木材で基礎と屋根、煉瓦を壁と床に使った四角いお家。
竈門はあるけどご飯食べるスペースが余りにも小さいから1LKかな?、部屋の殆どをベットに占領されてるけど…、1日2日しか使わないから良いよね。
思考加速して1時間半、お布団からフライパンなどの小物なんかも含めてそれなりの力作が出来上がった事に満足して加速を解くと、私は玄関口になる予定の場所に立つと、裏を守っている騎士たちに少し位置をズラすように指示してから天幕を収納して『城下建築』を発動する。
城下建築、ちゃんとできるかな?
視界全体が桜色に輝いて頭の中で構築した通りの間取りに形作られていき、光りの粒子が剥がれるように壁から離れて霧散すると、一部屋しかないお家が完成していた。
良いねっ、夢のマイホームって程じゃないけどなかなか住み心地良さそう。
「ナコお姉様っ、後ろをご覧になってください」
「えっ、なにかあるの?ってわぁぁっ、もうお家出来てるっ」
「小さいですがガラス窓も付いていますねっ」
「ありすねいちゃ、これ…おうち?」
扉の向こうから妹3人の賑やかな声が聞こえる。私は多少手惑いながらもブーツを脱いで作っておいたスリッパに履き替えると、同じく作ったエプロンを着て妹達を出迎える為に外開きのドアを開けた。
「おかえりなさいっ、さぁみんな入って」
「クスッ、姉さんエプロンまで作ったの?」
「アリスとユピーちゃんはまだ何も食べてないから、晩御飯作ろうと思ってね」
「ユノお姉様はお料理もなさるのですか?」
「姉さんの料理は美味しいよー」
「それは楽しみですっ、ふふっ」
「ほら、まだ外は寒いからお家の中でお話しましょう」
「うん、なんか変な感じだけどただいま姉さん」
「はいっ、ただいま戻りましたユノお姉様っ」
凪恋が玄関で靴を脱ぎ、スリッパを履いて中に入ると、アリスも続いた。
「おかえりなさいっ、あっアリス、靴は玄関で脱いでね」
「ゲンカンとはこのスペースの事ですか?」
「そう、こっちの世界がどうなのかは知らないけど私達の来た国は室内では靴を脱いで、室内履きに履き替えてるの」
「分かりました、わたくしも八重垣家の一員ですから家訓に従いますねっ」
そう言ってブーツを脱ぐと、なんだか誇らしげに室内に入っていく。
あれ?、流れ的に次は『ユピーもただいまー』って続きそうなんだけど妙に静かだ…。
こういう時は要注意、急いでその姿を確認すると私は即席で作ったサンダルを引っ掛けてユピーちゃんに駆け寄って膝立になった。
「どうしたの?ユピーちゃん」
「あ、ゆのねいちゃ…」
ボンヤリと窓から刺す光球の灯りを見ていたユピーちゃんに優しく語りかけると、隣にいた事に今気づいたといった様子で此方を見上げた。
やっぱり様子がおかしい…。
「ユピーちゃん、一緒にお家に帰ろ?」
「…おうち?」
「そうだよ、ユピーちゃんの…私達家族のお家だよ」
「…ユピーが…はいっていいのかな?」
肩を硬らせて下を向き、手を組んで親指同士をすり合わせて泣きそうな声で尋ねてくる。
この感じは洞窟から出る前にも一度あった。
真似っこしたり抱きついてきたりと、家庭的な温もりを求めているみたいなのにユピーちゃんは何故か人間に怯えている。
多分昔怖い事や嫌な事があったからなんだろうね…、家の灯りを見て何か思い出しちゃったのかな?
姉としてはそんな事を塗り潰してしまえるくらい楽しい気持ちでいてもらいたい。
「もちろん、お姉ちゃんはユピーちゃんと一緒に入りたいの」
私はユピーちゃんを引き寄せてぎゅっと抱きしめる…その体は微かに震えていた。
「でもでもユピーといっしょだとこわいことがおきちゃうかもだから…、ユピーはやっぱり…」
消え入りそうなほど小さな声が私の鼓膜をわずかに震わせた。
やっぱり…なに?、…ひとりになろうって思ってるの?、…この子が怖がらないように、勇気を持てるようにするにはどうしたら……。
「待ってユピーちゃんっ!」
「ひゃうぅッ」
私は頑なに身を強張らせたユピーちゃんを抱き締めたまま持ち上げてだっこすると、オデコに優しくキスをした。
「ふぁ…、これ…ありすねいちゃにしてたやつだぁ」
「そう大好きの証だよ」
「だいすき…?ユピーのことが?」
「大好きだよ…お姉ちゃんはユピーちゃんが大好きなのっ、だからね…お姉ちゃんはユピーちゃんとずっと一緒に居たい」
「ユピーもね…ゆのねいちゃだいすき…」
カチカチだった身体の力が少しだけ抜け、服を掴んでいた手に力が入る。少しだけ心が回復したことを感じ取る事が出来たので私はユピーちゃんにゆっくりと語りかけた。
「ユピーちゃん…お姉ちゃんの事、信じてくれないかな?」
「…ねいちゃを?」
「そうっ、ユピーちゃんに昔何があったかは知らないけれど、その時と違って今はお姉ちゃんがいるでしょう?」
「…うん」
「ユピーちゃん言ってくれたよね、お姉ちゃんはこの星で一番強いって」
「…うんっ」
「一番強いお姉ちゃんが悲しいことも怖いことも全部吹き飛ばしちゃうから、ユピーちゃんは安心してお姉ちゃんの側にいてほしいの」
「ほんとに…?なこねいちゃも…ありすねいちゃもかなしくならない?」
お返事は徐々に涙声になり、最後にはポロポロと涙を流して問いかけてくるユピーちゃんをさらに強く抱き締める。
「うん…全部お姉ちゃんが守るっ、そしてユピーちゃんを宇宙一幸せにしてあげるからっ」
「う゛んっ…ゆのねいちゃぁァ…エゥッ…ウゥゥゥ…」
「良かった…ほら見て、凪恋お姉ちゃんもアリスお姉ちゃんもユピーちゃんを心配してるよ」
「ユピーちゃん、お家に帰ろっ?」
「大丈夫なのですかユピー?、わたくしにできる事はありますか?」
玄関口からこちらを覗き込んでいた凪恋とアリスに向き直ると二人が心配そうに声をかけてくれた。
「なこねいちゃっ…ゥぅっ、ありすねいちゃっ…ゆぴーも゛かえるぅゥ」
「うん掴まってて、お姉ちゃんと一緒に帰ろうね」
「…うんッ、…ねいちゃといっしょがイイッ」
ユピーちゃんをだっこしたまま玄関に帰ると、アリスと凪恋も察して優しく出迎えてくれた。
「おかえり、ユピーちゃん」
「おかえりなさいユピー」
「う゛ぅ…おか゛えりぃ?」
涙の跡と鼻水でぐちゃぐちゃになったユピーちゃんを私はハンカチで拭いてあげた、本当はタオルを作りたかったんだけど、この世界で作られた記録が無かった。
タオル生地の製法というか構造はなんとなく分かるからこちらで製造してみるのも良いかもしれないね、でも機械化しないと難しいのかな?
「帰って来た人に言うのが『おかえり』、ユピーちゃんは返って来た人だから『ただいま』ね」
「うんっ…た、ただいま…ありすねいちゃ、なこねいちゃ…ゆのねいちゃッ」
「おかえりなさいっ、さっ入ろう」
ユピーちゃんのキャラクターサンダルを脱がせて下駄箱へしまうと、抱えたままスリッパを履いて室内に入った。
「わぁ…これがユピーたちのおうち」
ユピーちゃんは部屋を見渡すと熱っぽい声を漏らす、玄関とトイレ、炊事場を除いて木製のフローリングで、絨毯を敷いて靴を脱げるようにしたことで、一気にお家感が出たと思う。トイレの位置はズラせないので変な所に個室があることに目を瞑ればなかなか良い出来だ。
良かったちゃんと出来て…妹達にカッコ悪い所を見せるところだったよ…。
「それにしても見事なトーフハウスだね姉さん」
「え?、とーふ?ハウスってなに?」
「んとそっか姉さん知らないよね、ゲームとかでね…最初に取り合えず作る仮のお家で…お豆腐みたいな形してるから豆腐ハウスって言うの」
「お豆腐みたい…豆腐ハウス…。ふふっ…あはははっ、豆腐って…確かにそうだけどっ…ふッ…アハハハッ」
「わっ、なんだか姉さんのツボに入っちゃった…」
「だって…可笑しくてッ…フフッ…アハハッ…まってお腹イタイッ…クスクスッ…あはははははッ」
「ナコお姉様、トーフとは何ですか?それほど面白い物なのでしょうか?」
「おもしろいの?」
「んー、私達の国の普通の食べ物だよ、このお家みたいに四角いの」
「ハーッ、はーッ。ごめんなさいね、…ッ、『思考加速』状態でものすごく苦労して沢山時間かけた結構な自信作だったんだけど、確かに即席感溢れてて豆腐だなって思ったら面白くって…、笑い止まらなくなっちゃっただけだからっ…ふふふっ」
「くふふっ、わらってるゆのねいちゃすきぃー」
「そうですねユピー、とても愛らしかったです」
涙目を笑顔に変えてユピーちゃんが笑うと、その眦をアリスがハンカチで拭いてあげながら一緒に微笑んだ。
「ふふ、ありがとうっ、お姉ちゃんご飯作るからユピーちゃんはベットに座って待っててね」
アリスに目配せしながらユピーちゃんをベットに座らせると、アリスはその横にピタリとくっついて座ってくれた。大きなベットは室内の5分の2を占拠していてその横にかろうじて食事できる食卓を作ったのだけれど、椅子が置けるスペースが少ないので2脚だけで、残り二人分はベットを椅子代わりにすることにした。
「ベット凄く大きいね、こんなの広告でしか見たことないよ私」
凪恋が椅子に座ってベットをしげしげと眺める。
アパートでは敷布団だったもんね…。
「確かこの位だと…クイーンサイズだったと思う、みんな一緒に寝れるでしょう?」
「みんなでねんねんするんだねっ」
「そうですよ、眠るのが楽しみですねユピー」
「うんっ」
「それじゃぁみんなはベットと椅子に座っててね、今から簡単なご飯作るからっ」
「はーい」
「お待ちしておりますっ」
即席でミサンガのようなひもを作り、髪をまとめると私は気合を入れて竈へ向かった。




