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1-15【姉妹】オリフィア 後編。

◇オリフィア 後編。


オリフィアさんの膝の上で彼女が持った手鏡を見ながら、寝間着を着たアリスティアちゃんが一生懸命自分の髪を編んでいる。私知っているアリスティアちゃんの髪型の練習をしているみたいだ。


実はまだオリフィアさんの顔を見ていないので何とか鏡に映らないかと思っていたんだけど、残念ながら見れなかった…。


「ッ……おかぁ…さまっ、…どうでしょうか?」


アリスティアちゃんは泣くのを我慢しているようで、鼻声だった。


『…どうしたんだろう?、アリスティアちゃん、それにオリフィアさんも…』


「綺麗にできましたねアリス、一人でここまで出来れば完璧ですよ…、本当はアンナがいてくれたら良かったのですが仕方ありません…。…さぁリボンを結んであげますね」


声を震わすこともなく娘と向き合うオリフィアさんの胸中は掻き毟りたくなるほどの悲痛な気持ちと溢れんばかりの我が子への想いで渦巻いている。それを私はノーガードで共有したいた。


「これはお母さまが大切にしていた…、大叔母様から頂いたスカーフ…ですよね?」


「ええ大切なものだから貴女に残したいのです、半分に切って縫い直してみましたけれど丁度いい長さになりましたね」


「ッ…ありがとうございます…お母さま、大切に…しますね」


「えぇ…、さあ最後にベールをかけて母に見せてください」


「はい…、ッン……はい…お母さま」


アリスティアちゃんはスカートの端切れと思われる木綿のレースを頭にかけた。ウエディングベールに見立てているようだ。


「あぁ…、良く似合っていますねアリス…、流石はわたくしの自慢の娘です、わたくしもその髪型で旦那様と式を挙げました…。貴女の結婚式が見られないのが本当に残念です…」


愛おし気に頬に手を添えてオデコにキスをした。


「髪を上げるのは成人した証、…まだまだ早いのですがアリスなら大丈夫です、エミリウスとクアティウスの両家を背負うのですからね…、陛下をお迎えするまでその髪型で凛としていてくださいね」


「…はいっ、必ずっ」


『あッ…あぁ…っ、これ…って…、この感じって………』


【パパとっ…、凪恋を…お願いね…、祐乃は…ッ…お姉ちゃんにっ…、なるんだからね…。大好きな祐乃…私の天使っ…ママの所に来てくれて本当に…本当にありがとう】


鼓膜に刻まれるほど聞いた録音の声が頭の中で再生された。


「もし新たな陛下が違うと感じるようでしたら…東にお逃げなさい。貴女の足では何日も何日もかかるでしょうけれど聖教国の大教会…総大司教猊下にこの紹介状を持って行くのです。ここを離れる前にパウルスク家のレティーシアを頼るといいでしょう、必ず援助してくれます」


「レティーシアを…ですか、でもここに来てからわたくしは一度もお話をしておりません…嫌われてしまっているのだと思います」


「いえ、そのような事はありません…、貴女に秘密にして欲しいと言われていましたが、申し訳なくて顔を合わせられないのだそうですよ…。貴女のいない間に何度も食べ物やお薬を持ってきてくれました」


「そうなのですね…良かった…、嫌われている訳ではなかったのですね」


「ええ…貴女は一人になる訳ではありませんよ」


「ッ……、ぅぅう…おかぁ…さまぁぁ…うぅぅうぅ…ッ…」


そこでアリスティアちゃんの我慢は限界を迎え、母の胸に泣き伏した。


「貴女を守る為には…仕方がないのです…。今日は最後の夜、わたくしの我儘を沢山聞いてくれて本当にありがとう、アリス…私の愛し子」


「おがぁさまぁ…ぉかぁっ…ぁぁうぅぅ…」


『あぁ…、本当に…別れの…、でもどうして…』


オリフィアさんの体はかなり辛そうだけれど直ぐに死んでしまうという感じでもないのに…。


「魔族が侵攻してきて何もかも失いましたが…、貴女とこうして過ごすことができたことだけは感謝してもいい位です、旦那様は教育の為と5歳から貴女をわたくしから取り上げて…会う事もできませんでしたからね…、ですからもっと…ッ…可愛いお顔をみせてください、ねっ…」


涙でボロボロの顔を上げたアリスティアちゃんのオデコと頬に何度もキスし涙に揺らいだ瞳で娘の顔を刻み込むように見つめる。


「ずっと貴女にキスをして…こうしてお話しをしたかったのです…、たった5節の短い期間でしたがそれが叶ったのですから悔いはありません」


「わたくしもっ…ずっとっ…ッゥ…ズっとお母さまの事を想っておりましたっ…、大きなお茶会では一目でもお姿を見ることが叶えばといつも探してッ…、っ…、年二回アンナが隠し持ってきてくれるお手紙のお褒めの言葉を何度も何度も読み返えすことで耐えてきたのですっ、やっと一緒に過ごせて…沢山お話できましたのに……それなのにっ…うぅぅぅ…」


アリスティアちゃんの瞳から大粒の涙が溢れる…。その涙にキスをするとオリフィアさんは端切れの人形を取り出した。


「アリス…これを、今節は貴女の誕生節でしょう、先ほどは大人として振舞うように言いましたがどうしても苦しい時はこの人形に頼りなさい。当家で一番大きな魔石が中に入っています…その中にわたくしの声を沢山入れておきました。辛いときはわたくしの声を聴いてまた頑張るのですよ」


「ッゥ…今まで頂いた誕生節の贈り物で…、スンッ…一番素敵ですっ…お母さま」


「心の声と…、星の報せに従いなさい…貴女はこの星を救世する皇帝が判るはずなのですから」


「はいっ…ッ…」


「さあこちらへ…寝物語に最後のお話をしましょう」


「ッ…はぃ…お母さま…ッぅぅぅ…」


発光する魔石の明かりを消し、小さなロウソクを残して二人一緒に布団で眠る、アリスティアちゃんはしがみ付くように毛皮の掛布団の中に入り、また泣き始めてしまった。


「ここに来てからアリスには毎晩沢山のお話をしましたね…。最後に何を話しましょうか…、わたくしのお母さまの事は話せるだけ話してしまいましたし…そうですねぇ」


「眠りたく…ありません…、眠ってしまえば…、次目が覚めた時には…お母さまは冷たくなってしまうのでしょう?、わたくしは…眠りたくありません…」


「ふふっ、眠ってくれなくてはわたくしが困ってしまいますよ」


アリスティアちゃんの気持ちは痛いほどわかる…、しかしなぜ二人とも明日オリフィアさんが亡くなることを確信しているんだろうか?、私にはそれが解らなかった。


「水の微睡(まどろみ)ライラベリィ、いらしてください…」


『はい…奥様』


鱗が青銀に煌めいてとても綺麗な水色で、金魚鉢よりも大きな半透明の金魚っぽい魚がフワリ空を泳いで親子の上空を旋回した。


「月が5度傾きましたらこの子に良き眠りを与えてください」


『了解いたしました』


「お母さまっ…本当に…最後なのですねっ…グスッ…ッ…」


「ええ、本当に…。アリス…それでは最後はなんでもないお話を二人でしましょうか…」


『地球と同じなら15度が1時間だから…20分…、本当にお別れ…なの?』


それから二人は好きな食べ物の話や、故郷の湖の話、本当になんでもない語らいを続けた。アリスティアちゃんの声はズット震えていて言葉を紡ぐのもやっとな様子だったけれど、最後の時間をひと時でも無駄にしないように一生懸命お話ししていた。


なんてことのない親子の語らいは。父は口下手で、母は6歳の時に死別している私にとっても眩しい位に尊い。愛しさに満ちたオリフィアさんとの心の同調以上の物を感じて、一方的ながら私も優しい時間を共有させてもらった。


しかしそれも終わりを迎える。天井を回遊していた魚の精霊がゆっくりと降りてきたのだ。


『奥様…そろそろでございます…』


「ありがとう…ライラベリィ…」


「あぅぅ…おかぁ…さまぁぁ…うぅぅ…」


「さぁ、アリス、最期にキスをしてくださいませ、それでわたくしは世界で一番幸せな母になれますから」


「はいっ…、…ッうぅ…」


アリスティアちゃんが震える手でお母さんの頬に手を当ててキスをすると、オリフィアさんはにっこりと笑って娘にキスを返して別れの挨拶は終わった。


「ありがとうアリスティア、貴方は私の誇りです。ずっと貴女を想っていますよ…どうか幸せな夢を」


「わたくしもっ…ずっとっ…、ずっと想っていますっ…おか…さま…。だい…す……き…で、すぅ…すぅ…」


精霊から光の粉が降り注ぎ、アリスティアちゃんは静かに眠りに落ちた。


「おやすみなさいアリス、大丈夫です貴女はエミリウスの炎の獣とわたくしの情念が必ず守ります」


ふぅと小さくため息をつくとオリフィアさんは寝息を立てるアリスティアちゃんの髪を撫でなでると周囲に視線を巡らせて静かに語りかけた。


「皆…出てきてください…わたくしの最期の魔力を分け与えます…」


彼女の呼びかけに応えるように周囲に半透明の様々な動物が現れる、中には人型もいた。


「ヒースライファ…これまで伝令ご苦労様でした、風にお帰りなさい…貴方の藍色の翼はわたくしのお気に入りでした」


手の甲に止まった小鳥が小さく鳴き、そして霧散していく。次いで先ほど見た小さなリスのような精霊が肩に登り頬に顔を擦り付ける。


「あなたの報せは多くの幸せをわたくしに運んでくれました、ありがとうケリヒ…」


この子もキュッとひと鳴きして霧散しいく。


その後もネズミやクラゲなど次々と精霊が霧散していき。最後に残った二体…、先ほどアリスティアちゃんを眠らせた金魚と、黄緑色の尾の長い燕のようなフォルムだけれど、鷲のような大きさの鳥がオリフィアさんの前にやってきて頭をちょこんと下げた。


『奥様…わたくしはアリスティア様をお守りしたいと思います』


『オリフィちゃん、ハーティもアリスティアちゃんを守りたいよっ』


「ライラベリィ…、そしてハーティ…とても嬉しいのですが、わたくしには貴女達に差し出すものがもう…何もないのです」


『エミリウスの娘を見守ることができるならば…それがわたくしにとって何よりの対価でございます』


『何もいらないよ…大好きなオリフィちゃんの為だもん』


「…ありがとう、存じます…、ライラベリィ…わたくしの艶やかな詩友達、ありがとうハーティ…わたくしと初めて契約しくれた優しい風、これまでわたくしを支えてくれた事を本当に感謝します。そして…娘のことを頼みます…」


オリフィアさんの心が震え、涙が溢れる。


『うん…オリフィちゃんの娘は私達が守るよ』


『後の事はお任せください…我らは友誼によってアリスティア様お守りし、アリスティア様がわたくしたちを扱えるほどの力をお持ちになれば改めてこの子の前に姿を現しましょう』


「ええ…お願いね…。水の微睡ライラベリィと疾風のハーティ、わたくしとの契約を解除しアリスティア・エミリウスの守護を命じます」


『さようならオリフィちゃん、星に綺麗な想いを刻んでね』


『奥様との遊戯は得難き物でした…星の揺り篭で安心してお眠りください』


スッと…二体の精霊の姿が消え、アリスティアちゃんの体が少し光ったのを確認してからオリフィアさんは、小さく息を吐いた。


「ドォイニクス…いらしてくださいますか?」


視界の端が揺らめき、そこからノソリとライオンが現れて座り顔を上げると。


『ドォイニクス…参りました』


低い男性の声で炎の獣が応えた。


「最終確認です、わたくしの今の価値はどの程度ですか?」


『やはり10年といった所だろう…先日言った通り明日以降大きく崩れる、故に価値は下がり5年、来週には2年になる』


『価値…?、…10年?』


「やはり…、今日がギリギリですか…」


身体が震えはじめたオリフィアさんは、胸の中で眠るアリスティアちゃんを抱き締める、その瞳には涙が伝った。


 …怖い…。命を差し出すのはこんなにも怖い物なのですね…、それでもやらなくては…、陛下は何時いらっしゃるか分からないのだからっ。五年では短すぎる…。アリス…わたくしに勇気をくださいね…。


『命を…差し出す…、命の価値、そんな…これって…待って!、この後何日後かは分からないけれど…っ、何年もは待たせないからっ!』


私の声は届くはずもない、それでも叫ばずにはいられなかった。


『待って!、ねぇッ!』


「ドォイニクス、貴方が欲するのは魂で…思いは…、心は地に帰るのでしたね」


『そうだ、死した者の想いは星に刻まれる、これは真理が定めた法で我らにも干渉できない』


「わかりました、わたくしの魂を使ってアリスを守り、星に想いを刻んでアリスに寄り添いましょう」


『では、契約を…』


「アリスッ…幸せに…それだけが私の願いです」


オリフィアさんはアリスの額にキスすると…その瞬間からピタリと震えが止まった。決意を固めたのが私にも伝わる。


『…待って…、ねぇ…お願いだから…、待っていてよぉ…』


私は心の中で涙でグチャグチャになりながら懇願していた…。勿論これは過去の記憶で、私は干渉することができない…それでも願わずにはいられなかった。


「ドォイニクスっ…わたくしの魂を対価に契約を更新いたしますっ、守護対象をわたくしからアリスティア・エミリウスに、この子が選んだ人以外がこの子を手に入れようとした時は焼き殺しなさい」


(おう)…、ここに契約は成った!、オリフィア・エミリウスの魂の対価として、逆巻く炎獅子のドォイニクスはアリスティア・エミリウスを10年の間守ろう』


『そんな…そんな事ッて…ツゥゥ…』


ライオンの額がテント一杯に輝き契約の成立を告げる…しかしオリフィアさんはまだ死んでいないようだった。


「…ッ…、まだ?、…なのですか?…ドォイニクス?」


瞼をキュッと閉じたオリフィアさんが焦れて瞳を開いた。


『10年分の価値が失われるまではまだ暫くあるのでな…、そこのロウソクが燃え尽きるまでは娘と過ごすがよかろう…』


「ふふ…、オマケをくれるのですね」


『貴女は稀有なほど気高い魂の持ち主だ…それに敬意を示させてもらう…』


「ありがとう存じます。ドォイニクス…」


お礼を言われたドォイニクスはうっすらと姿を消し、二人が残された。


「…お母さま…わたくしは立派に生を全うできたでしょうか?」


オリフィアさんは力を抜いてベットに娘と沈み込むとその安らかな表情に新たな涙が伝った。


「アリス…頑張った母を褒めてくださいますか?」


そう言って熟睡しているアリスティアちゃんの前髪を梳いてキスをした。


「ふふふ…、可愛い寝顔…、赤子の頃から貴女はグッスリと眠って手間がかかりませんでしたね…。そうでした…あの時歌った子守歌をアリスに教えるのを忘れていました…、伝えたいことは全て話したつもりでしたのに…不覚ですね、あの歌…今でも歌えるかしら…?、久しく歌っていませんでしたからね…確か…そう…」


「ラ、ラァァラァ…、星の想いがこの子を(いだ)くよ♪、…優しい心が…芽生えるように♪、いつも…いつまでも♪、星の…想いがこの子を(いだ)くよ♪、…健やかなれと…願いながらぁ♪、いつも…いつまでも♪…ラ、ラァァラァ…」


小さなロウソクが燃え尽きるまで、オリフィアさんは繰り返し子守歌を歌い続けた…ぐっすり眠る娘の心に残せればと願いながら…。


『もう…、…わかった…、わかりましたよっティータさんッ!』


その子守歌と純粋な願いが私への最後のトドメになった…。


『わかったから…降参するからっ!…皇帝に成ればいいんでしょう!、そして守りますよッ…この子を…この星をっ!』


子守歌をBGMに私は喚くように降参宣言をした。こんなの見せられたら救うしかないじゃないか…。


やがてテントに暗闇が訪れると同時に私の感覚もブラックアウトした…。



オリフィアさんが12歳の時に契約したハーティは名前もない梢を揺らす微風でした。

明日もこのくらいの時間で。

ツイッター https://twitter.com/kamiorisakana

ピクシブ https://www.pixiv.net/users/73679539

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