1-14【姉妹】オリフィア 前編。
◇オリフィア 前編。
泥のような昏睡から目覚め、視界が開けた時には何処かで寝そべっていた。…今日何度意識を持っていかれただろうか?、視界の先は布テントの天井、しかし先程までいた大型テントと比べて随分と低いようだった。
『まただ…、今日これで三回目だったかな』
「ハァ……ハァ……ハァ…」
『あれ?』
声に出したつもりの言葉がなぜか発声されず、荒い呼吸音だけが繰り返されていた。
『あれれ?』
状況を確認しようと視線を動かそうとしても、ただ天井の粗末な布が映るのみで周囲を見渡すことはできないのが歯痒い。
『金縛りとはなんか違う気がするけど…なんか、なんだろう……苦しい……』
意識の覚醒が進むにつれて全身が怠くなり、次にお腹辺りの内臓がギリギリと痛みだす。
『息が…苦しい……』
呼吸が上手くできず、更に追い討ちをかけるように恐怖や焦り、悲しみの入り混じった感情が湧き出てどうにかなってしまいそうだ。
『辛い…』
「辛い……、ですわね…」
思わず漏らした私の吐露に重ねて震えた女性の声が発せられた。
『誰?、知らない人の声だ…』
どうやら私はこの人の目で周りを見ているみたいだ。このお腹の痛みも…つらいのもこの声の主の感覚らしかった。
「ッ……、ンッ」
女性が痛みに耐えながら半身を起こした事で周囲の状況が少し見えた。おそらく此処は難民キャンプの一つで個人のテントだと思う。畳で言うと3畳程度だろうか?、背中の感触はちょっとチクチクしていて…、干し草か何かに布を被せただけのベットに動物の毛皮を何枚か縫い合わせた野性味溢れる掛布団で寝ていたらしい。
なかなかに獣臭い…、ウサギ小屋の臭いにも似てるね…。
横にはDIY感溢れる粗末な木製の椅子一脚と机代わりの木箱が二つ、布の掛かった小スペース(中は見えない)と、板を並べただけの床の一部分に土が剝き出しになっている石組の竈があるだけで。屋根は4本の木材を支柱にした布テント。
『周りの様子は分かったけれど…問題は私に何が起こって何を見せられているのかだよね、他人の視界と感情、感覚を共有してるみたいだけど…こんな能力あったかな?、というかそもそも私は何もしていないんだけどなぁ…』
困惑する私に構わず女性は木箱の上に置かれている籠の中から、小さな歯切れの…ドレスを着た小さな人形と針、糸を取り出した。
「あと…、少しですわね…」
そう短く言った彼女の心境はもうすぐ達成できる喜びと深い悲しみ、悔しさが同居した複雑なもので。私はその心情の重さに感情を激しく揺さぶられていた。
幼神ユピティエル様と万象の精霊よ、アリスティアをどうかお守りください…アリスを…お守りくださいっ…。
悲痛なほどの願いを魔力に乗せて針先に白い光を集中させると、女性は人形に針を通した。
『これ…一針ごとに願いを込めているの?、ッ…、…そうかこの人はアリスティアちゃんの…、ッ…、ゥッ……お母さんだ……』
体がある訳ではないのに私は泣いてしまっていた…、目の前の端切れの人形は一針一針全てに魔力を籠めてアリスティアちゃんを想って作られた物だ…。その事実に気づいた瞬間に母の覚悟に胸を貫かれてしまったのだ。
悲壮なほどの願いを込めてその後20回ほど針を刺した後に、人形は完成したようだった。どのくらいの期間をかけたのだろうか…。
「よかった…間に合いましたね」
そう言って人形を片付けると女性は意識を失い、私の視界、思考も一緒にブラックアウトしてしまった。
・・・・・・
次に目が覚めた時には周りはすっかり暗くなっていた。アリスティアちゃんのお母さんの胸には半透明で額の光ったリスが乗っていて、キュっと鳴くと姿が消えていった。その姿を確認すると彼女は懸命に起き上がり、近くにあるロウソクと魔石のカンテラに魔法で火を灯すと、顔を上げて聞き耳を立てる。すると小さな足跡が近づいてくるのが分かり。彼女の心がポカポカと温かくなっていくのを私は共感した。
とととととッ…。
小走りの足音が駆け寄るとテントを開いて、アリスティアちゃんが入ってきた。私と会った時とは髪型が違いロングヘアで、とても無防備な可愛らしい笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「お母さまっ、只今戻りましたっ!」
「おかえりなさいアリス、こちらに来てお顔を見せて」
「はいっ、お母さま」
手に持っていた小瓶を木箱の上に置いて駆け寄ったアリスティアちゃんの両頬にキスをしてからオデコにもキスをして抱き寄せる。
「今日もお疲れ様でした、何事もありませんでしたか?」
「はいっお母さま、皇帝陛下は今日もいらっしゃいませんでしたが、それ以外は万事恙無くこなしてまいりましたっ、見てくださいっ、今日はベリナの実一袋と少量の蜂蜜を交換することができたのですよっ、お母さまの分のベリナもありますからね」
『私がまだこっちに来ていない時の映像ってことだよね、どのくらい前なんだろうか?』
「ふふっ、大戦果ですねアリスっ…ッゥ…くッ」
「お母さまっ!、お腹がっ…お腹が痛むのですねっ?」
感覚共有された腹部の痛みは尋常じゃない、しかしそれ以上にアリスティアちゃんの表情が曇ってしまったことに辛さを感じているのが痛いほど伝わってきた。
ああ…アリス、そんな顔をしないで…貴女には笑っていて欲しいのに…。
「少し…痛みましたけど平気ですよ、さぁ、アリスがお仕事を頑張って得た成果を頂きましょう」
「はい…お母さまっ、すぐにっ…すぐに準備致しますっ。蜂蜜は身体に良いと聞きましたから…木苺と一緒に煮込んでお出ししますね」
アリスティアちゃんは簡易の石組の竈に何本かの枝と薪というには細い木を入れて魔法で火を灯し、小さなお鍋で料理を始める。下を向く時に零れた涙を密かに拭っていたことを彼女は見逃さず…。締め付けられるような胸の苦しみを私は共有した…。我が子を泣かせてしまっている自分を責め、不甲斐ない身体を呪う。
・・・・・
すると私の視界が切り替わる。
目の前にいるのはなんとガリウスさんだ、彼女の腕の内側に里芋のような皮の厚そうなお芋を半分に切った断面をポンポンと当てると、真っ赤に腫れた腕を見てため息をついた。
何となくだけどガリウスさんが着ているものが小奇麗な気がする、ここに流れ着いてあまり時間がたっていない頃の…過去の映像なのかな?
「やはりモイラですな…。何度かこういった症例を聞いたことがありますが…ここまで拒否反応が出ては腹の中は焼け爛れているやもしれません…癒し手は?」
『食品アレルギーだろうか?、あの里芋がさっき食べたザラザラ芋のモイラらしい。癒し手っていうのはなんだろうお医者さんかな?』
「癒し手はパウルスク家が牛耳っています…きっと癒しには来ないでしょう…」
「なぜですかっ…クアティウス家は侯爵なのですよ?」
『侯爵…、聞いた感じだと伯爵より偉いのかな?』
「旦那様は恐らく戦死されています…先妻の二人のご子息も。…家財も殆ど持ち込めず、使用人ともはぐれ…、馬車も途中で奪われてしまいましたから…侯爵夫人と言っても平民と変わりありませんもの」
『アリスティアちゃん…お父さんにお兄さんも…。そして…多分この人も…』
「しかし…パウルスク家はクアティウス家に随分と援助してもらっていると商人連合会では聞いていましたが…」
「ええ…確かに飢饉の際には随分援助もしたのですが…、今回の魔族侵略の時の救援依頼も聞き入れられず…」
「そうでしたね、真っ先に兵を確保してここに逃げ込まれていましたな…、そこまでの不義理をなさるとは…、その上癒し手さえ寄こさぬとは…あまりにも」
「彼らにはどうしても手に入れたいモノがあるのですよ、それにわたくしは邪魔なのでしょう」
「なっ?、不義理を働いてまで手に入れたい物とはなんなのですか?」
驚くガリウスさんにアリスティアちゃんのお母さんはふふっと不敵に微笑んだ。
「アリスティアです…、あの子は特別な子なのだそうですよ…、旦那様がそう仰っていました」
「特別な子ですか?アリスティア様が?」
『特別な子?…アリスティアちゃんには確か因子があったけど、それのことかな?、えっと…今って『臣民管理』見れるのかな?』
そこで試してみた所『臣民管理』だけでなく『思考加速』も発動できることに気が付いた、視界やらは動かせないけれど映像を一時停止するように目の前のガリウスさんが固まる、どうやら思考領域を使った一部のスキルは発動できるみたいだ。
『臣民管理』のアリスティアちゃんの項目を見てみる。
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2 アリスティア・エミリウス・クアティウス 女性 11歳
◇所持因子:貴玉姫
◇魔力操作 Lv1
スキル
初級炎魔法
初級水魔法
初級風魔法
初級土魔法
◇召喚魔法 Lv1
スキル
伝令鳥[ヒースライヒィス]
〇状態 精霊の加護 最上位炎精[逆巻く炎獅子:ドォイニクス] 10年
上位睡精[水の微睡:ライラベリィ]永年
中位風精[疾風:ハーティ]永年
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『そうそう、『貴玉姫』だ…因子の説明って見たことなかったけど見れるのかな?。…っと見れるみたい…ええっと。』
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因子:貴玉姫
□身の内から甘い芳香を発し、誰をも魅了して己がモノにしたいと思わせる女性。
□自身は唯1人の相手を星の報せによって選び、生涯愛し想い続ける。
□愛された相手はどんな望みも叶える事が可能。
□野心の強い者は本能的にその事を感じ取る事ができるが、意に沿わない相手と結ばれた場合は双方が悲劇的な最期を遂げる。
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『あっ…、あぁー、…なるほどねぇ、悪役のテオストさんはとんでもないロリコンだと思っていたんだけど…、こういう事か…。本人もなんで惹かれたのか分からなくて戸惑っていたかもしれない。もしかして頭撫でたくなる欲求もこれなの?、私そんなに野心はないと思うんだけど…』
アリスティアちゃんの因子を見るついでに、自身の色々なスキルを調べてみると、この現象は『記憶管理』内の『記憶再生』ではないかと思われた。
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『記憶再生』
□『記憶管理』の派生スキル。星に刻まれた魄の人生を追体験できる。
□指定することでその魄の持ち主の情報を読み取ることができ。指定が無ければ半生をダイジェストで追体験することになる。
□映像の早送り停止、終了はいつでも可能。
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『多分このスキルで間違えない…のに終了できないのはオカシイよね、つまり誰かが私に強制的に見せているんだ…。そんなことができるのは…、ハァ…』
身体もないのに深いため息が出る…。
『まぁ…あの神様だよねぇ…』
これは間違えないと思う。私の力は管理者級だとユピーちゃんが言っていた、その能力を勝手に発動させるなんて芸当ができるのは管理者しかいないだろう。
『皇帝になる側に傾いているのを察して攻めてきたのかな?、これは流石に抗議しないとだね…。そしてひとつ悲しいことが分かった。この能力は星に魄を刻んだ人…つまり故人の記憶を見る能力だから。やっぱりアリスティアちゃんのお母さんは死んでしまっているんだね…』
項垂れた気持ちで私は『思考加速』を解くと、止まっていた記憶の再生が再開された。
「ええ…生まれた時に帝都で一番の先見に見せたのですが…『あの子が選んだ人が新たな皇帝となり、その人の願いを叶える特別な子』なのですって、でも皇帝となるだなんて叛意を疑われるかもしれませんから、帝都の酒会では『添い遂げた者の願いを叶える子』として自慢して回ったそうです…。恐らくそれを知っているのですわ、…意に添わぬ相手では願いは叶いませんのに…」
「なんと…あの子が…、それで貴女はどうなさるおつもりなのですか…」
「恐らく先見の言う娘の特別も、星語りの巫女が言うこの地に降り立つという新たな皇帝も真実なのでしょう、なれば新たな皇帝に娘を保護してもらう他ありません」
「新たな皇帝陛下を頼られるのですか…しかし良き皇帝がいらっしゃるとは限りますまい」
「良き皇帝ですよ…、この世の誰よりお優しいユピティエル様が連れてこられるのですから」
「それは…そうですな、私達もその皇帝を頼りにここに集ったのです、信じる他ありませんな」
「ふふふ…ええっ、信じましょう」
『まだまだ迷ってるダメ皇帝でごめんなさいごめんなさい…』
なんだか居た堪れないのだけれど、『記憶再生』の能力は解除できないので見続けるしかないようだ…。
・・・・
視界が再び変わる、今度はいきなり凄い怒りが私の意識を満たした。
「お帰りください!、ダオレスト…貴方などとお話することは何一つありません!」
逆光で少し見えにくいけれど、テントの天幕を左右の兵士に持たせ、その中央に踏ん反り返った男が立っていた…。この人がダオレスト・パウルスク伯爵か。それほど悪役顔という感じではない50代くらいの普通のおじさんだ。
「そう仰られますなオリフィア様、お加減が悪いのでしょう?」
アリスティアちゃんのお母さんはオリフィアさんって言うんだね。まあ別に良いんだけどダオレストさんのおかげで判明したのはなんか複雑な気持ちになる。
「貴方には何の関係もありません」
「私は貴女を心配しているのです、この通り当家の誇る癒し手も連れてまいりました。貴女さえ宜しければいつでも癒して差し上げましょう」
「アリスティアは渡しませんよ?」
「…ッ、しかしそのままでは快方は難しいでしょう?、貴女が亡くなれば同じこと、お嬢様は私共が保護する事となりませんか?」
「ふふふ、その必要はありませんよ…あの子は立派にクアティウスの、そしてエミリウスの直系足るでしょうから」
ドォイニクス、出番ですよ…。
オリフィアさんは心の中で誰かを呼ぶと、周囲の温度がグッと上昇し、チラチラとした火花が舞い始める。
『ドォイニクス…確かアリスティアちゃんのステータスに書いてあった…、えっと…精霊だっけ?』
「なっ…なにをなさるおつもりかっ」
「エミリウスの女系が持つ力は有名ですもの、貴方もご存じではないですか?」
「エ…エミリウスの炎の獣…」
「ええ…当然アリスティアも守られています。貴方こそ考え直しなさい、望みを叶えることができるのはあの子が選んだ者だけなのですよ!」
「ふふん、戯言を、例え真実であったとしても些末な事っ、選ばせればよいではありませんか…ッア!」
ダオレストさんがそう言うと視界に揺らめく炎の幻影が幾つも立ち昇り、お母さんの前にユラリと二本の巻角を持ったライオンが現れて、護衛を含めてその場にいた全員の手の甲から炎が上がった。
『凄いっ、オリフィアさんカッコいいなぁ…』
「ひぃっ…ツっ」
「癒し手がいるのでしょう?早々にお帰りになって治して頂いたらどうですか?」
「こ…後悔なさいますな…必ずっ必ず手に入れてみせますぞ!」
ダオレストさんは走って逃げて行き、オリフィアさんが角付きライオンの頭を撫でるとその姿が消えて気温が元に戻った。
「ふぅ…、ふぅ…」
このハッタリで騙せると良いのですが…。
オリフィアさんは瞳を閉じて呼吸を整えながら、粗末な木製の椅子に腰かける。
『ハッタリ?、ん?…どの部分がハッタリなんだなろう?』
追体験はできるものの心の表層までしか読めないので私にはその意味がよく分からなかった。
それからしばらく息を整えていたオリフィアさんは天幕の向こうに人の気配を感じた。
「どなたですか?」
天幕の向こうの人物は驚いて固まったようだ。
「しっ…失礼いたしますっ…オリフィア様、あの…大変不快な思いをされたと存じます…、ですが少しだけ中に入れて頂いても構いませんでしょうか?」
「ええ、どうぞお入りになってください」
「ありがとう存じます…」
中に入ってきたのはオレンジの色の髪をポニーテールにした活発そうな女の子で、身長は凪恋より高く、若草色に金で模様を施した胴当てを付け、その下に白の袖の膨らんだお嬢様が着るような服を着て、膝上まである茶色の半ズボン、足は白タイツにロングブーツを履いていた。
『可愛い子だね、12、3歳くらいかな?。家の凪恋ともアリスティアちゃんともタイプが違う…体育会系のクラブ…バトミントン部やバスケ部に所属してそうな子だ』
「あら…貴女は確か…」
「はい…、パウルスク家の末娘でレティーシアと申します、オリフィア様とはお茶会の際に何度か挨拶をさせて頂きました」
「そうでしたね、アリスティアとよくお茶会をして…そうそう良く隣に座っていましたね」
「はい…作法の拙いわたくしをアリスティア様は何度も助けて下さいました。わたくしだけではありません…、パウルスク領は幾度となくクアティウス領に援助していただいた恩義がございます。それなのに…」
少女は拳をぎりりと握り込み、悔しそうに眉を歪める。
「わたくしは父が許せません…。以前から尊大なところはありましたがここまで酷くなってしまうなんて…」
「レティーシア…、親の不義理を娘の貴女が背負う事はありません、わたくしはあまり長くありませんが娘を最大限守ってから大地に心を返すつもりです。貴女はどうかアリスティアと仲良くしてあげてください」
「それは…できません、今のわたくしにはアリスティア様に合わせる顔が無いではありませんか…。パウルスク家が原因でアリスティア様は御父上やご兄弟、領地も失われてしまったのです…、その上オリフィア様までなんて…。そんな事になればわたくしはもう自分を許せる気がしません…父を殺して私も死にます」
下を向きポロポロと涙を流すレティーシアの頭をそっとオリフィアさんが撫でた。
「レティーシア…、貴女の夢は何ですか?まだまだ自分を棄てるには早いはずですよ」
柔らかく、優しく包むように問いかける。
「わ…わたくしの夢はユリフィーナ姫をお守りするエヴァーディテ様のように、アリスティア様の騎士になる事でした…、今はもう…叶うはずも…ぅ…ありません…うくぅぅ…」
夢を諦めなくてならない事に…、大好きな人に顔向けできない自分が悔しくて仕方がないのだろう、少女の瞳からは次から次へと涙の雫がこぼれた。
「まだ…諦めるのは早いでしょう、…レティーシア、貴女はアリスティアの秘密を知っていますか?」
「グスッ…ッ…手に入れた者が世界を制するのだと…父と兄が…」
「それは正確ではありません、先見はアリスティア生誕時にこう言いました、『アクィアクス帝国は壊滅する、しかし将来この子が自身で選び、添い遂げる人物はこの地を救い新たな帝国を作るだろう』と、叛意を疑われかねない過激な内容だったので旦那様は『この子と添い遂げたものは願いを叶える』とだけ周りに話していました…アクィアクスの皇帝の耳に入れば是非娘を次期皇帝の花嫁にと声が掛かりますでしょう?」
「それではユピー教の教徒が騒ぎ出す10年以上前から…」
「ええ、知っての通りユピー教の教徒達は、魔族侵攻の少し前…去年の年明け辺りから『帝国が倒れ、新たな皇帝が古き聖地に降り立たれる』と触れ回って、皇帝の怒りを買いましたね…。当家ではそれなりに備えていたのですが、それでも予言は防げませんでした。ですから間違いなく皇帝は降り立つのでしょう…アリスティアが選ぶのはその人で、そして必ず幸せになってくれますっ…。だからパウルスク家が手に入れることは決してありません…わたくしはそれで充分なのです」
「オリフィア様…」
「レティーシア…わたくしの心が地に帰ったとしても貴女は初心を大切になさい…、皇帝の妃となったアリスティアを守る騎士を目指すのです」
「ッ…わかりました…、必ずアリスティア様のお役に立てるように鍛錬しようと思いますっ、そしてアリスティア様にお許しをいただけるように頑張ります」
「ええ、その意気です、応援させてくださいね」
「はいっ」
そういった後にレティーシアは鉄製の飯盒のようなものと革の小袋を取り出した。
「オリフィア様…本日は面会を許していただき、その上素敵なお言葉をありがとうございました。これはそのお礼の品です。麦粥と…痛み止めの薬を可能な限りお持ちしました」
『お、この世界にも麦があるんだね』
「まぁ、そんなことをして大丈夫なのですか?」
「バレた時は家出してやりますっ、今は家の物を横流しするような事しかできませんが…、いずれ修行を積み、わたくし自ら狩りをして獲物を持参してまいります」
「あまり無理をなさらないでくださいね」
「はいっそれではっ!」
少女は涙の痕を拭いながらテントの外へと駆けて行った。
この子は…今何処にいるんだろうか?…などと考えていたら視界がまた母子の場面になった。なんだか映画でも見ているような気分だ。なにせ私に介入できることは一時停止しかないのだから。
・・・・・