1-10【姉妹】問答。
◇問答。
参道の終わり。日は完全に傾き、茜色に染まった巨石のアーチの向こうには、行くのを戸惑うレベルの人集りができていた。目算で300人くらいと思っていたけれど実際にはもっといるだろうか?、皆一様に窶れ、切迫感や焦燥感を含んだ悲壮な表情をしていて…、正直怖い。
それはそうか…、待ちに待った救世主がやって来ると聞きいて、山を見れば発光した私が降りてくるのが目に入るだろうしね…。
「陛下っ、此処はわたくしにお任せください」
繋いでいた手を解くと、アリスティアちゃんが私の前に出て傅いた。良い所を見せようと張り切っているのが声色でわかるけど、正直心配だ。
「大丈夫なの?、敵って訳でもないし、私を待ってた人達なんだから、自分で挨拶くらいするけど」
「いえ、陛下と臣民の間に立って、陛下のお気持ちを伝えるのも大切な側仕えの役目ですから」
アリスティアちゃんにお仕事を頑張ると瞳を輝かせて見上げられては止めることなんてできない…。
「わかった、無理そうな時は助けるから落ち着いてね、応援してるから」
少し屈んで頭をなでると、目線を合わせて出来るだけ優しく、失敗しても問題ないという気持ちを込めて送りだす。
「ありがとうございますっ、陛下っ」
アリスティアちゃんを先頭にして、アーチの下で立ち止まると、人々は一斉に膝立ちになる。古い大作映画の一場面みたいだ。
「陛下、どうぞ我らをお救いください…」
「陛下っ何卒っ…!」
「我らを救い給えぇっ!」
「女帝だ……光っているぞ!」
「髪が黒いぞっ、不吉ではっ?」
「陛下っ御力をっ!」
「あぁ…、ユピー教の連中が言っていた通りの神々しさだ…」
「これで救われるかもしれない…」
動画なんかで難民キャンプを見たことはあったけれど、多数の人間から対面で直接救済を求められる圧で押し潰されてしまいそうだ。
うわぁ…、こんな中にアリスティアちゃんを向かわせるの?
そんな異様な熱を帯びた難民の前にアリスティアちゃんが進み出るのを見て、私は早々に行かせなければ良かったと後悔しはじめた。
「皆様どうかお静かにっ、そして我らをお通しください。陛下はまだ我らを率いてくださるか迷われています。どうか皆さまの軽挙で陛下の心象を乱すことのないようにして欲しいのです」
アリスティアちゃんの精一杯の静止でなんとか群衆が静まる、なかなか立派な立ち振る舞いで感心してしまった。日本換算小五で考えるとかなりの優等生なんじゃないだろうか?
「アリスティア様っ、それは本当ですか?」
アリスティアちゃんの制止を聞き、少し前に出ていた初老の身なりの良い男性が口を開いた。
「はい、わたくし達が救うに値しないと判断された時は異界に帰られて仕舞われます。ですので皆様は規律を持ち、一旦お帰りください。そして距離を保って見守っていただきたいのです、必要と判断されれば陛下のほうから声を掛けてくださるかもしれませんので、それまでは各々普段通りに当番のお仕事に従事していてください」
「去ってしまわれるかもしれない…その上で、アリスティア様はこの方が皇帝陛下だと思われるのですね?」
「はい…わたくしの心に決めた陛下です」
「そうですか…ならば私も信じましょう。良く任を全うされましたな…オリフィア様もお喜びでしょう」
「ありがとうございます…ガリウス」
どうやら二人は知り合いのようで、何かしんみりとした雰囲気で話をしていたのだけれど、群衆はそれで収まる訳もなく…。
「待ってくれ!それはあんまりと言うものだよ、お嬢さんっ、我らはユピティエル様の救いがあるという言葉を信じてこれまでこの森で耐えてきたっ。漸く救い主が現れたと言うのにこのまま帰れるわけがないでしょう!」
周りから再び声が上がりはじめた。
「そうだ!、せめて陛下のお言葉を!」
「そうだっ!、お言葉を!」
「我らをお見捨てになるのですかっ!?」
「本当に帰っちまうなんて事があるのか!?」
「貴族だけ異界に逃げるつもりじゃないだろうな!」
「皆様っ、どうかお静かにっ」
「姉さん…」
凪恋が私の袖を引く、助けてあげてと書いてある顔に微笑むと。
「行こうか、凪恋っ」
短く返事をしてアーチの向こうへと2人で歩み出た。その後ろに魄騎士達が続く。
アリスティアちゃん1人ではやっぱり抑えられないよね…、小さな女の子をこのまま矢面に立たせる訳にはいかない。
「はいっ!、静かにっ!」
「こんなに可愛い子に大人が集団で迫ってどうするつもりですかっ」
「皇帝…陛下…っ」
人々が息を呑むのが聞こえる、静まり返ったのもあるけど、これだけ集団だとはっきりと聞こえるものなんだね。
「私の口から直接聞きたいようですから、簡単に状況を説明しますっ」
民衆に語りかけながらアリスティアちゃんの右側に立って肩にそっと触れた、凪恋は私の右に寄り添う
「陛下っ、申し訳っ…」
「よく頑張りましたね、とっても凛々しかったよ」
謝罪の言葉に被せる様に褒めてあげる、実際とても凛々しくてビックリした。
「ありがとうございます…ユノ陛下」
ちょっとションボリしたアリスティアちゃんの返事を聞いてから、膝立ちで囲む人々を右から左へと見遣る。皆一様に真剣な面差しだ、ここで半端な事は言えない。
「わたしの名前は祐乃、祐乃八重垣、隣は最愛の妹の凪恋っ!」
「もぅっ…姉さんっ!」
海外同様名前がファーストネームみたいだからそれに合わせて自己紹介し、ついでに妹も推しておいた…、それに対しての妹の小さなツッコミはスルーして話を続ける。
「私たちはつい先程、ユピティエル様とその友人である私の世界の神、ティータラフィス様によってこの世界を救うようにと力を授かり、この地に転移してきました。」
おぉ…っと騒めき声が上がったのを手を挙げて静止させる。
「そして私はティータラフィス様と一月の間こちらで過ごして、その後元の世界に帰還するか此方の世界を救う為に残るか選択する約束をしています」
そこまで言い終えてから、再びザワつきだす民衆を抑え、集団の中から先程アリスティアちゃんに話しかけていた少し身なりの良い髭の初老男性に手を向ける。
「そこの貴方っ、多分だけどまとめ役みたいな人ですよね?、代表して質問があるようでしたらどうぞ!」
「は、はいっ、私のような者が陛下に目通りが叶い、また直にお言葉を掛けていただけた望外の幸運を無垢なる神ユピティエル様に感謝いたしますっ、またっ…」
「待って、ストップ、挨拶は短くお願い、貴方の名前と役職がわかれば大丈夫ですから」
「へ、陛下、そう申されましても…」
「いいのっ、そうですね…、貴方が普段初対面の人と挨拶する程度の敬意で構いません、長い挨拶は嫌いです」
「さ、左様でございますか、で、では改めまして」
「初めまして、イリアステで商人連合長をしておりましたガリウス・フォイドと申します…。陛下のご推察通り此処に流れ着きました平民階級者をまとめる代表のような事をしております、……その、この位で如何でしょうか?、陛下」
「はい、大丈夫ですよ、貴方の影響を及ぼせる範囲で構いませんから、過度の美辞麗句は控える様に周知させてもらえると助かります」
「ハハァっ、身命に賭してお約束致します」
うー…そういう所なんだけどなぁ…言うことが重たいよぉ…。
「え、ええ…お願い、それではガリウスさん、何か質問はありますか?」
「それでは僭越ながら皆を代表してお伺いさせていただきます」
ガリウスさんは…コホンと小さく咳払いをして一度左右の人達に視線を巡らせてから質問を始めた。
周りもジッとそれを見守っているのを見るにかなり信頼されているのかな?
「陛下は一月と、恐らくこちらの古い一節表記の月期間30日を此方の世界でお過ごしになった後、この世界を救うかを選択されると仰っていましたが、どの様な事を基準に選択されるのでしょうか?、それによって我らも行動を改めたいと存じますので、陛下のお考えを我らにお教えくださいませんでしょうか?」
基準ッ…なるほど、それは考えてなかった。実際のところ私は何を基準にするつもりなんだろうか?
天秤に掛けられた『凪恋と私の人生』と『この世界の命運』は、この世界に来てユピーちゃん、ティータさん、アリスティアちゃんにガリウスさん…、そして傅く人々と、この世界側の皿に重石がどんどん増えていくのを感じる。
たった2人で秤に掛かること自体無理があるんだよね。
「そうですね…、明確に決め事がある訳ではありませんが…、基準としては先程アリスティアちゃんが言っていた様な『この世界が救うに足るかを』見定めるのではなく。私が授かった力で『救う事が可能かどうか』という事を基準にしたいですね、期待をさせてダメでしたっていうのは避けたいですから」
問われて絞り出した物こそが、今の本心なのかもしれない。確かに最初は心から帰りたかったけれど、いつの間にか帰還が『世界を救う』と言う困難な課題からの逃避先になってしまっていたようだ。
ただ、『救わないといけない』という義務感と『救いたい』って思う願望はまだイコールではないんだよね。
アリスティアちゃんだけは心から助けたいけど…。
願望だけで言うなら凪恋を凛聖に通わせたいってほうがまだ強い。
「ですから、私から貴方がたに求める事は余りありません。敢えて挙げるならば、この世界を嫌いにさせないでほしいという事でしょうか?、ちなみに私の最も嫌な事は妹の凪恋を傷つけられる事なので気をつけてくださいね」
「姉さんっ!」
またまた小さく突っ込みが飛んできたけれど、コレは譲れない。
だって本当の事だもんね……。
「えっと……これで質問の解答になりましたか?」
「ハハァッ」
皆一斉に頭を下げたもんでビクッとしてしまった。こういうの練習したりするんだろうか?
「勅命確かにお受けしましたっ、我ら一同陛下の忠実なる臣民として陛下に付き従いまする」
「待って、さっき言ったばかりでしょう、まだ皇帝になるかはわからないって」
「はい、存じております。ですが我らは元々ユピティエル様が新たに遣わされた皇帝陛下にお仕えする為にこの地に集ってきているのです、陛下がこの世界を救えぬと選択されたならば、それに殉じるつもりにございます」
「………ッ」
この人達はどこまで追い詰められているのだろうか…。
日本で過ごしていれば、決して向けられる事のない縋る様な視線に言葉が詰まり、そこにズシリと重石となる臣民管理のカウント数が積み重なって増えていく。
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臣民 +1
臣民 +2
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臣民 +5
臣民 +2
『臣民管理』421
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このカウントは…数字は重い…、一つ一つに思いがあると考えると…、私に無碍にできるわけがない。その日の内にと言うティータさんの言葉の真意に嫌と言う程気付かされた。
「わかりましたっ、皆さんの覚悟は伝わりました…、貴方がたの気持ちを常に……、……ん?なにかな?」
正面奥が騒がしい、周囲がどんどん暗くなる中でその方向を凝視してみると。群衆の向こうから鎧の一群が膝立ちの民衆を掻き分け、押し除けながらこちらに向かって来ているのであった。