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魂の存在


 一瞬前まではロイドの若い頃の姿だったロイドは驚いた。


 「なんでこの姿になっているの?」


 「それは君がもうその姿が自分自身だと認めて変化しているからじゃないかな、違う?」


 女性は戯けたようにそう言って空になったビンを放り投げた。

 少し離れた場所からビンが割れる音が聞こえてきて気がつくとロイドは何処かの建物の屋上にいた。

 ロイドの頬を風が強く吹いた。


 「今の君はそうだね、コレだよ」


 そう言って女性は先程とはデザインの違う小さな細い空っぽのビンを取り出した。


 「ここにジャムを入れてもさっきのビンの中とはまるで違った形に収まる、もちろん容量も減っちゃうね」


 またもや女性はどこからか取り出した瓶に詰められたジャムを空のビンに注ぎ始めた。


 「容量は問題ないはずだけど?電子頭脳にはちゃんと収まる」


 「そうだね、でも魂はデータ化出来ないしコピーはおろか移動すら出来ない、魂は唯一無二のそれしか無い最も貴重なモノだよ、壊れたらおしまいだしそれが無いとその人自身だと言えない」


 「壊れたらおしまい…」


 「安心してくれよ、君の魂はエーティが記憶を移動する時に私の方で一緒にデータ化してコ…あー…移動しておいたからさ、少しこぼれちゃったけどね」


 女性が下に視線を向けると溢れ溢れたジャムが床へと落ちていく所だった。


 「魂...さっきから言ってるけどそんな眉唾なモノを信じろって考え?笑えない冗談、信じる根拠も理由もないよ」


 ロイドは否定した、あまりオカルトじみた話は元々信じないタチだった。


 それにその話が事実だとすれば自身の魂はだいぶ減っていそうだった。


 溢れ出したジャムが落ちて染みを作った床をロイドはじっと見つめた。


 「悲しいよ私は、君にそう言われるとどうしてもやるせない気持ちになっちゃうな」


 ヨヨヨと嘘泣きをし始めた女性にロイドは呆れた。


 「なんであなたが悲しむのさ」


 「この考えはかつての君が言っていた事だからね、封じられた記憶がこれほど厄介だとは君自身も軽視していたみたいね」


 「私自身が…?…っ!?」


 一瞬誰かがベットに寝かされている光景がロイドの視界に現れ、ロイドはよろけた。


 「あ、少し記憶のフタが開いたみたいね、もうひとおしかしら?」


 ロイドは女性が何故か悪魔の様に一瞬だが見えた。


 「なに…を…?」


 「以前現実世界で思い出しかけた時は電子頭脳が負荷に耐えられなかったけれどここなら大丈夫よ、理由を説明するには時間が足りないのよ…それはまた今度ね?」


 ロイドには何が何だかわからなかった、負荷に耐えられなかったというのも初耳だったしここなら大丈夫だと言ってのける女性を信じられなかった。


 ロイドは胸の奥に痛みを感じていた、とてもつらくて悲しい、そんな痛みだった。


 女性の言葉は聞かない方が辛くもなくそして悲しくなる事も無いと何故か分かっていたのにロイドは耳を塞ぐ事は出来なかった。


 それはたとえ辛い記憶だとしても前へと進めるはずだと、いい方向へと進めるという直感があったからかもしれない。


 世界がやけにゆっくりと流れる中女性は口を開いた。




 「そうね、エーティは模造品よ、ある人物のコピー品で代用品、まぁ失敗作だけれども」





 「模造…品…」


 「驚いているようだけどその模造品は君の望みで作られたのよ?」


 女性は顔に薄く笑みを纏わせていた。

 女性から数歩離れたロイドは頭の中でぐるぐると言われた言葉が回り続けていた。


 エーティは模造品だと。

 自身の望みで作られたのだと。


 そしてロイドは何故か悲しさがとめどなく溢れてくる事に気がついた。


 辛くて辛くてたまらなかった。


 「私…が…?そんなの!」


 「記憶に無い、そう言いたいのでしょう?本当よロイド」


 女性が優しさを含んだ声色でロイドの名前を呼ぶと同時にぼろぼろと部分的な記憶が溢れてきた。







 

 『君には驚かされるばかりだ、まさかこんな抜け道があったとはね、私に教えても良かったのかい?』


 彼女は巨木の下で嬉しそうにしていた。




 『ねぇロイドくん、どうしたらよかったかな』


 彼女が気落ちし肩を落としていた。




 『過去最高のピンチだね!どうやって突破するかねロイド!』


 何処かの戦場で彼女は楽しそうにはしゃいでいて片手には古い拳銃を握っていた。




 『ロイド…流石にもうお別れかな…ロイド…私の事は絶対に覚えていて欲しいよ…お願いだロイド、そうでなければ私は忘れ去られ誰からの記憶からも居なくなってしまう、それこそ…本当の…』


 身体中傷だらけの彼女は最後まで言い切る事なく腕の中で力尽きていた。




 『無理だよ、既に死んでる、そもそもソイツは俺らの敵だ』


 仮説病院でロイドは彼女を抱えて抱きしめていた。




 『もうアンタの言う魂なんて物はどこにもないさね、アレはもう別人だよ』


 どこかの研究室でロイドは項垂れ涙で滲む目で地面を見ていて視界の端には骨格だけのオートマトンが静かに佇んでいた。



 

 『貴殿の功績に免じ記憶を封じる事のみの刑にとどめる』


 威厳のある年寄りが判決を言い渡していた。




 『これを、君が大切にしていた人物の遺品だ、受け取ってくれるかい?』


 一丁の古い拳銃を手渡されて何故か理由が分からないものの視界は涙で溢れていた。

 拳銃のスライドにはI won't die as long as you remember.とかろうじて読めるほとんど擦り切れた文字が。

 君が忘れない限り私は死なない、と。









 ロイドは涙に濡れる顔をあげ目の前の女性をもう一度見直した。


 記憶に出てくる彼女は総じて目の前にいる女性と汚れや年齢などの差はあるものの、同じ顔をしていた。


 「魂は…その人自身でその人を守る壁…そしてあなたは私の大切な人だった」


 「どうやら少しは思い出せた様ね、とは言えフタは押さえつけられたままだからこれ以上は難しいかもだけど」


 そう言って彼女は嬉しそうに片手でビンの開いたフタを外れない様に上から押さえもう片方の手でロイドの愛銃を持っていた。


 「これはもうクティ、君のものなんだからほら」


 差し出された拳銃をクティはおずおずと受け取った。

 受け取った拳銃をしばらく眺めてクティは口を開いた。


 「名前はまだ思い出せないよ、それに悲しくて悲しくてどうしようも無いしあの時の記憶を思い出すたびにどうしようもない気持ちになる」


 クティは涙が止まらなかった。

 次から次へと溢れ出した涙は頬を伝い地面を濡らしていた。

 そんなクティへと彼女は優しく語りかけた。


 「これ以上思い出したくない?多分もっと辛くて悲しい記憶が蘇ってくる」


 「ううん、向き合わないと、それにまだわからない事が沢山あってエーティが貴女のコピーとか、どうやって思い出せばとか、問題は山積みだよ…それに魂は移動しないなんて、その考え改めるよ、現に今目の前にあなたがいるから」


 「移動…うん、擬似的にだけれど出来ている、君だけの新しい私は今ここに生きているって言っても過言じゃない、正確には少し違うけれども」


 「正確には…ね、まだ私は完全に理解出来てないのかも」


 「それは当たり前よ、それとこれ以上思い出すなら中央政府のデータバンクから記憶の解除をしないと」


 「なんでそれを知ってるのさ…それにさっきも」


 解除方法なんてそう易々と知られている物じゃない筈でクティも知らなかった為呆気に取られた。

 それにさっきの話ぶりからすると魂の擬似的とはいえ移動までやってのけた彼女にクティは驚くことしか出来なかった。


 彼女は満面の笑みを浮かべ得意げに語る。


 「それは内緒だよ、言ったらつまんなくなっちゃうしそろそろ時間だ、エーティと似た物同士仲良くやるといいよ」


 「それってどう言う…」







 言い終わる前にクティは意識が覚醒していく感じがし始め目を覚ました。

 

 『おはようございますロイド、問題は無さそうですか?』


 目覚めると同時にAT05G3からの安否確認にクティは少し暖かさを感じた。


 ふと横を見るとドクがライフルを支えに睡眠をとっていてドクもずっとそばにいてくれたことが容易に想像できた。


 『ねぇエーティ、私はもうロイドじゃなくてクティだよ、それとどうやら記憶が無くなったりはして無さそうだったよ、魂の容量だったみたい』


 多分魂の入りきらなかった分が溢れちゃったんだとロイドは結論付けた。


 そんなクティを見てAT05G3はどう返したらいいのか分からず戸惑いがクティまで若干伝わってきていた。


 AT05G3のデータベースには魂の記述は無かったのだからしょうがないとも言えた。

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