ドクの痕跡
ロイドは話し声でゾンビが少し引き寄せられてきてしまった為ゾンビの登ってこれない大型の貨物トラックの上によじ登った。
ゾンビはワラワラと際限なくどこからか湧いてきて面倒臭いねとロイドはため息を吐いた。
「で、彼らもいつかこのゾンビ達をどうにかして外に出なきゃいけない時が来るはずなんじゃないかなって、ゾンビ避けて通れるような通路も確保していてもおかしくないはず」
『可能性として考えられるのは地下に張り巡らされた電力供給用のパイプか下水でしょうね』
すかさずAT05G3が助言を入れるとロイドはどちらが可能性として高いかと頭を捻る。
電力供給用のパイプは整備用に必要最低限の広さが確保されていたはずだと朧げな知識からロイドは思い出す。
だとしたら下水は?
ロイドは臭そうで汚れそうというイメージを思い浮かべて考えるのをやめどちらを通るか決めた。
「決めた、電力供給用のパイプにしよう」
『一応保護されてはいますが損傷部位が電力供給コネクタに触れた場合身体機能に障害が発生する可能性が僅かにあります』
「僅かにってどれくらい?』
『そうですね…宝クジの一等に当たるくらいですね、ロイドが不用意に辺りに触れさえしなければ確率はほぼゼロとなります』
「じゃあ問題ないかな、エーティ地下のマップとかってない?」
『ここから北西に二百五十メートル先に電気会社のビルがあります、そこのネットワークにアクセスしてみます……』
AT05G3が情報を取得している間にロイドは義眼の回収を行う。
ナノチップ経由で操作し手元へと義眼を呼び寄せたロイドは嫌な顔をした。
「最悪…』
丁寧に汚れを拭き取ると義眼は目にはめずに皮のジャケットのポケットへと仕舞い込んだ。
たとえ綺麗にしたとしてもトイレに落とした時計をつけたくないのと同様に腐肉の上に落ちた義眼を身につけたくなかったのである。
僅か数時間の義眼としての使用だったがただ水で洗い流すだけでは無く本格的に洗浄しないとつける気にはなれなかった。
『地形情報を獲得しました、さすが電力会社なだけあって非常用の電源がまだ生きていますね助かりました、今義眼に送信します』
「義眼じゃなくてこっちの目に映して」
そう言って残っている左目をロイドは指差した。
『義眼はどうしたのですかロイド?』
「汚いから使いたくないの」
『わがままを…』
AT05G3は渋々と左目へと地下のマップを映し出すとロイドの視界はマップで埋め尽くされた。
「えぇ…こんなに入り組んでるの?」
『最短ルートを探索中…最短ルートをマップに表示しました。』
AT05G3がルートを探索し終わると同時にロイドの視界に映るマップに赤い点が二箇所とそれを結ぶ青い線が表示された。
『ルートをナビゲートもしますから安心してください、入り口は右手十五メートル先の電気系統の整備用ハッチからです、開閉には多少の力が必要となります』
「ありがとうエーティ」
ロイドは感謝を伝えながらトラックから飛び降り、ハッチまで行くと力任せにこじ開けた。
薄いハッチが少しひしゃげたが気にせずロイドは地下へと続く梯子を降りて行く。
『ロイド、気をつけてくださいね?暗闇に環境適応した変異種のゾンビが潜んでいる可能性は高いです』
『うわ…それはやだなぁ』
割と最近変異したゾンビを間近で見たロイドである。
それはグエスと再開するときに救急車から飛び出してきたゾンビである。
あのゾンビは鎮静剤を打ち込まれ反応が鈍くなっていて半ばトラップ染みたゾンビで割と病院関連の車や構造物で見かける事がある。
暗闇だと音に敏感になっているゾンビがいる可能性がある為ロイドは思考での会話に切り替えた。
『とりあえず真っ直ぐ進んでください、しばらく進むと小さな小部屋が見えてきますのでそこに入ってください』
『小部屋?地下に?』
『どうやら作業員の休憩スペースとマップ情報に記されています、そこの通気ダクトを使えば大幅にショートカット可能です』
『おっけー』
しばらく歩いているとようやくドアを見つける事が出来たロイドは駆け足でドアに近寄った。
ホルスターから愛銃を取り出し構えながらドアをゆっくりと開けると錆び付いていたドアが大きな異音を地下に響かせた。
「ぐぎゅぇえぁあ!」
「ぐるるぁあ!」
ゾンビの叫び声がロイドの耳まで届いた、割と近くに数匹いたらしく水っぽい足音を響かせながらこちらへと近づいてきているようだった。
「うん…ちょっとやらかしちゃったかも」
『部屋へ!早く!』
慌ててロイドが部屋に入り込みドアを閉めると同時にゾンビがドアを叩き始めた。
「なんかすばしっこいね」
先程のゾンビの異常な足の速さを思い出し驚きながらロイドはつぶやいた。
『聴力に加え脚力まで能力が上がっているのは予想外でした、ここは通常のゾンビとはかなりかけ離れたゾンビが存在しているようですね…おやこれは』
「ねぇエーティ、ここ最近まで人がいたんじゃないかな」
『そのようですね』
ロイドは生活感の残る部屋を見回した。
小型の壊れた浄水器に空き缶に入っている何かの小動物の骨。
強い匂いを放つ使い古した衣服にヨレヨレのソファ。
壁にはナイフを長い棒につけた簡易的な槍が立てかけられその付近の机の横のゴミ箱には骨が大量に入っていた。
部屋の中央には白骨死体が折り重なるようにして力尽きていた。
部屋の各所を見るとどうやら二人で過ごしていたらしくそれぞれ二つずつ食器や生活用品が残されている。
そして部屋の入り口から中央辺りだろうか、床に積もった埃に真新しい足跡が残っていた。
『数日以内、人数は一人のようです、靴底のパターンはドクの履いていたものと一致します』
ふと埃の上に何かメッセージが書かれているのを見つけたロイドはしゃがみ込みその文字を読んでみる。
[誰かに追われている、助けてくれ
ドク]
「ドクがここに…」
『先を急ぎましょう、部屋の奥の仮眠用ベットをどかせばダクトへの入り口があります』
「そうだね、待っててドク」
やっと一人目だ、それももう目前だという状況にロイドは気持ちがモヤモヤと落ち着かない感じになっていることに気がついた。
それが会える嬉しさから来る物なのか、仲間をほとんど死なせてしまうような判断をしたリーダーとしての申し訳なさや不甲斐なさから来るものかロイドにはわからなかった。
そして変わってしまった自身をロイドだと信じてくれるのかと考えだしたロイドはダクトの中で一瞬這うのをやめて考え込もうとしてしまった。
『どうしましたロイド?』
『なんでも…ないよ…少し考え事してただけ』
『あまり思い詰めないでくださいね』
『ありがとうエーティ』
AT05G3の優しさが身に染み込むのをロイドは実感しダクトをまた這い始めた。