24ブロックの医者
「ハイウェイの上から見たいけど…」
ロイドが視線を向けた先には大量のゾンビとハイウェイの柱にかかっている非常用の梯子があった。
梯子は作られた時期が古いのか既に錆びていて、手入れもこの世界ではもうされていなかったようで埃がたんまりと被さっていた。
そしておまけとばかりに梯子の途中に腐った大腸がぶら下がっていた。
「きたない」
ロイドは顔をしかめた。
『文句を言わないでください』
「だってあれ途中に飛び散った臓物がぶら下がってるよ?まだ乾燥してないから多分最近ここで戦闘をした人がいたんだよ、それも派手にね」
梯子から目線を何かが爆破したであろう歪んだ地面へと視線を向けながらロイドはここで戦闘をした人物を恨んだ。
「何か上に登るための他の手段『周囲五百メートルにはありません』そっか…」
AT05G3の即答にロイドは項垂れ渋々と梯子のふもとまでゾンビを処理しながら来ると上を見上げた。
「なんか高いと感じるのは気のせい?」
『ロイドがこの身体になってから元の身体に比べてかなり背が縮んでますからね、それに実際五〇メートルはあると思いますよ』
「へぇ、そんな高かったんだ、まぁいいや…うわぁ!」
恐る恐るロイドが梯子に手をかけるとヌメッとした粘着質な感覚が電子頭脳に流れてきた。
埃と湿気と泥とついでに腐肉でよく見ると表面がコーティングされていたのだ。
「ぬめってした!ぬめってしたよエーティ!嫌だこの梯子使いたくない!」
汚れた両手をまるで子供のようにバタバタと振り回しながらロイドはAT05G3にどれだけ辛いかと全力で伝えた。
『駄々をこねないでください、上に登りたいと言ったのはロイドなんですよ?ちなみに上に上がれる最寄りの車両用通路は北西のあのゾンビの集団の中です』
「あの量は無理」
ロイドが言われた方向を向くと音を立てないように慎重に行けるゾンビ量ではなかった。
確実に腐肉まみれにならないといけない事が目に見えてわかってるのにロイドそっちを選ぼうとは思えなかった。
『そもそもロイドは上に登りたいのではなく上からの視覚による情報が欲しいのでしょう?なら義眼使えばいいじゃないですか』
ロイドはそんな事一かけらも思いつかなかったのか思考が一時停止した。
「さきにいって!」
数秒後再起動したロイドはゾンビが集まらないように小声で叫んだ。
さっそく義眼を眼から取り出したロイドは一つ困った事があった。
それはどうやって五〇メートル上のハイウェイに義眼を届かせるかというものだ。
『ロイド、新しい高出力のバッテリーを接続すれば投げ入れる事が可能ですよ』
ロイドはリュックから
「はい、接続したよ、古いのは捨てちゃっていいかな?かさばって邪魔なのだけど」
『しかしこの方法には代償があります』
「代償?義眼かなり頑丈らしいから投げても良さそうだけど…」
『身体に仕込んだクッキーのほとんどが割れ粉々に粉砕されます、というか既に三分の一が割れているのを確認しています、これ以上割れるとクッキーのかけらによりパフォーマンスが三〇%ほど下がります』
「ウソ!三分の一も割れちゃってるの!?」
予想外の代償にロイドは焦った。
クッキーは割れてても味は同じな為割れるだけならまだ良かったが粉々になるのはダメだった。
慌てて手をきれいにする為飲料水をドバドバと垂れ流し手を洗った。
そして整備用のハッチを開きクッキーをこれ以上割れないように細心の注意を払って摘出してゆく。
ロイドはまるで世紀の大手術に挑む医者の気分だった。
やがて取り出したクッキーを空になった飲料水のボトルを自身の体内からの排熱で乾燥させた物に入れ替えるとロイドは額の汗を拭う動作をした。
ちなみにオペは一時間半をかけて行われた。
細部にまで入り込んでいたかけらのせいだった。
「これでよし」
『やっと終わりましたか』
「食べ物は一欠片も無駄にしちゃいけないんだよ?」
『でも今のロイドには不必要では?』
『必要だよ、甘味は特に…ほいっと』
上がった腕のパワーとAT05G3の補正でロイドはハイウェイへと義眼を投げた。
義眼はやまなりに飛んで行く。
最高行動に到達し速度がゼロになった時にハイウェイへと着地した。
そしてべちゃっという何かみずみずしい音が義眼越しに聞こえた。
義眼を操作して着地した場所を確認したロイドはげんなりとした表情を浮かべた。
「最悪、もう二度とあの義眼は眼にはめたくないかも」
義眼は倒れ息絶えたもう動かない死体の上の腐った肉に着地していた。
『申し訳ありません、上がどうなっているかは未知数でした』
「いいよいいよしょうがない、とりあえずこれなら医療センターがよく見えるよ」
ロイドはズーム機能やサーマルモードを駆使して医療センターをしばらく覗き見することにした。
それから半日たっただろうか、サーマルモードで眺めていた医療センターの三階部分で動きがあった。
『ロイド、三階にて動きありです』
ロイドは暇つぶしにとその辺の廃材をバランスよく積み立てていた手を止め義眼から送られてくる映像に意識を移した。
送られてくるサーマル映像は少し解像度に荒さがあるものの4人の人影を捉えていた。
三人がアサルトライフルだろうと思われる銃を持ち残りの一人は後ろで手を縛られているようだった。
三人と一人は言い争いをしているのか時折銃を縛られた人物へと突きつけているのが確認できる。
「ここからじゃいくらエーティの身体でも聞こえないかな…通常の望遠モードに変更して、と…うわぁ」
サーマル映像からは個人の判別がつかなかった為通常の望遠モードへと変更した。
しかし部屋のカーテンに阻まれ視認する事は出来なかった。
「どう思う?エーティ」
『縛られている人物ですが、シルエット、それに背丈や動作から予測するに四十三%の確率で仲間のドクだと思われます』
「高いね、とても」
『えぇ、なんとかして確認を…おや』
「あ…」
室内で銃声がなり窓に当たった弾丸が一瞬だがカーテンを捲り上げ銃に怯える見知った顔が見えた。
『百パーセントドクのようです、良かったですね』
「嬉しいね、出来れば他人の空似でいて欲しかったよ?このゾンビの大群の中、綺麗な身体のままたどり着くのは難しそうだよ…」
『割とピンチのようですからしのごの言わずに救出作戦を考えてください、それとも作戦なんて考えずに正面突破しますか?』
「えぇ…隠密でなるべく綺麗な身体を保持して行くよ、いやだなぁ…」
絶対絶命な状況のドクの知らないところでロイドは自身の汚れを気にした作戦を計画していた。
割と生きるのに必死なドクにはそれを知らないのが優位の救いだった。