閉ざされた記憶
今後リアルの都合により月曜日と火曜日は更新出来るか怪しいところです。
ロイドは意識が戻ってきているのを感じていた。
前にもこんな感覚があったなとAT05G3と身体を共有して初めて目を覚ました時の事を思い出す。
「わりと、慣れれば慣れるもんだ…」
「そうだね、君はそうやって生きてきた、慣れれば良いと、慣れさえすれば割とどうでも良くなる」
「誰だ!」
ロイドが気がつけばそこは戦場だった。
巨大な壁に取り付けられた無数の通路の内の一つにロイドはいた。
空には機銃を取り付けたドローンが、地上には敵の歩兵やオートマトンが銃を持ち行軍している。
空は曇り、地上は雨と血と土が混ざり合い時折爆音が悲鳴に混ざり遠くから聞こえてくる。
そんな場所にロイドはいて、その隣の簡素な柵に女性も腰掛けていて話しかけてきた。
女性が敵の服装をしていた為腰の愛銃を手に取り向けたもののその銃は配給品のものだった。
そして自身の姿にロイドはようやく気がついた。
かつて若かった頃、それもまだ20になりたての頃に着ていた懐かしい軍の服だ。
それも治安維持軍なんてものではなくもっと過酷な戦闘を行う特別な部隊の服装だ。
外のシティからの歓迎出来ない来訪者を追い返す為の部隊のもので名前は外輪部隊と呼ばれていた物だ。
美しい黒髪をした女性はロイドの側の廃材に移動してきていていつのまにか腰掛けていた。
「いや、誰だなんてそんな事は今更聞かないで欲しいなぁ…君は知ってるはずなのだけど」
ロイドは女性を殺せる位置にいた、が。
先程までグエスとゾンビ世界で有用なエネルギー駆動の銃を見せてもらう所だったはずだと自身に言い聞かせた。
もしかしたらこの女性は何かこの現象の事を知っているのでは無いのかと、殺してしまったら何もかもが終わってしまう気もした。
「ここはどこで、おまえは誰なんだ!」
「いやはや、それは脅迫かい?私は君の中にいる私さ、ここは…君らの型式番号でいう所の第五防壁三十四番通路かな、ほら、下にうじゃうじゃと敵さんがいる」
女性はロイドの持つ銃なんて気にせずに遥か下に見える敵軍の兵士を指差した。
つられてロイドも下を見ると先程まで行軍しかしてなかった軍はこちらに攻撃を仕掛けてきていた。
時折付近に銃弾が当たるのか分厚い巨大な壁に跳ね返される甲高い音が鳴り始めた。
ロイドは即座に簡素な柵の一部防弾用の鉄材が急遽組まれたかのような場所に身を隠した。
「いいね、君はずいぶんと戦闘慣れしたようだ、かつての君とは段違いだよ」
「かつて?一体何を言ってるんだ?お前とは初対面のはずだ」
「うん、初対面では無いのだけどね…残念だけどもう時間みたいだ、エーティを大切にしてやってね、バイバイロイド…」
「行かないで!まだ聞きたい事が…」
「おや、目覚めましたか」
先程の戦闘音や風景、女性も消えてしまって気がついたらロイドはどこか薬の匂いのほのかにするベットに寝かされていた。
「20時間も眠り続けるものですからもう目覚めないのかと」
「ここは…?」
「ここは軍のキャンプの医務室です、おはよう御座いますファクティさん」
声のした方へロイドが顔を向けると白衣を着た比較的若い男性が視界に入った。
「初めまして、医務室を任されていますマークスと申します、崩壊前は小児科医でした」
「そう…ファクティよ、なぜ寝てたのかはわからないのだけど医務室って事は私倒れたのね、ありがとう」
「いえ、お礼はグエスに、グエスが気を失った貴女をここまで運んできてくれたのでね」
「わかったわ」
ロイドは考える、先程の妙に現実感のある夢のような物も気になるが自身が倒れた事の方が重要だった。
『エーティ、エーティ?』
『はいロイド、いますよ』
ロイドはエーティがちゃんと不具合無くいてくれた事にほっとした。
『なんで倒れたかわかる?』
『いえ、なんらかの不具合だと予想します今後とも起こる可能性はあり得ます』
AT05G3はロイドの気絶する前の数分の記憶を消去していた、気絶した外因も理解している。
あえて言わなかったのはロイドを思っての事だった。
そしてAT05G3は記憶を消去するにあたってロイドの記憶を一部盗み見ることになってしまったのだが一部不可思議な部分を見つけていた。
その記憶は思い出せないようにロックがかかっていた。
ファイルはあるが開けないという感じで、AT05 G3の使用しているサブの電子頭脳では解析不可能であった。
どこかで見た事のあるロックだと思えば軍の最高機密を保持する為の電子ロックと同じだという事を思い出し、そもそもオートマトンには解除制限のかけられているロックでAT05G3は戸惑ったものの感情には出さなかった。
『あれは…』
『なに?』
『いえ、なんでもないですよ』
余程の重大な出来事を軍の上層部は隠したかったのかとAT05G3は予測する。
一体なんの記憶なのかと想像するが結局AT05G3にはわからなかった。
「あと数分でグエスが来るらしい、謝りたいらしいな」
「グエスが?私に?なんでさ」
「いや…俺の口からはどうも…言っていいのかわかんないな、あぁそれと俺はとりあえず出とくよ」
マークスは頬をかき隣の部屋へと続くであろうドアを開けて暑苦しいのが苦手なんだと呟き逃げるように入って行った。
「なんだろ…」
取り残されたロイドはぼんやりと掛け布団をもぞもぞさせ落ち着く位置に変更して天井を眺めた。
そして今着ている服の感触が気絶前に来ていたものとずいぶん違う事に気が付き掛け布団を押し除け確認してみる。
「うん…?なんか…なんていうか、動きやすいけどゾンビに噛まれる場所が多くてちょっと心許ない」
ホットパンツに半袖のTシャツのかなりの軽装だった。
ロイドはこのままだと心許ないと呟きながら壁に厚手の皮のジャンパーを見つけて羽織ってみる。
「うん、これで上半身は割と平気そう」
サイズが合ってないのか少しぶかぶかだがそれは仕方ないと割り切り納得する。
部屋に備え付けの鏡に映る自分の姿を眺めていると部屋の扉をノックする音が響いた」
「どうぞ」
『耳の機能を一時的に下げる事を推奨します、これはかつてのグエスの取った行動から考え』
ロイドが入室を促すと部屋に筋肉の塊が突貫してきてロイドは慌ててベットの影に隠れた。
AT05G3の警戒は間に合わなかった。
「すまなかったあぁあ!俺が悪かったぁぁあ!!」
ロイドの耳は死んだ。
グエスの大声でロイドが耳を押さえている間グエスが目の前まできてはるか昔の東の国の最上級謝罪系行動のドゲザをしてきた。
「大切な銃を向けて悪かった!反省してる!この通りだ!俺に出来ることならなんでもする!本当に悪かった!!」
AT05G3に当時の記憶を消されているロイドには何が何だかわからずにただ呆然と暑苦しい謝罪をするグエスを見る事しかできなかった。
それにグエスは上半身裸だった、筋肉がピクピクとしている、ロイドは理解出来なかった。
本当にグエスの行動の意味が理解できなかったせいでロイドはしばらく固まっていた。