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05 新たな生命 『ラルフレイン』


 長くも短くも感じる深い闇を抜けた涼太が、あらためて自己の存在を実感し直したのは、聞き慣れない単語を耳にした事から始まる。

 身体は全くもって思い通りに動かず、上半身を起こして辺りの様子を伺う事も出来ない。様子を伺うどころか、そもそも視界が酷く狭くてボヤけたままで、五感を通して得た情報を判断するだけの思考能力すらおぼつかなくなっていたのだ。


(若い女性の声、そして男性の声が聞こえるが、正直何を言っているのかさっぱり分からない。発音からして日本語じゃないぞこれ……)


 女性の腕が自分を抱き上げているのは実感出来る。そして自分を抱き上げている女性と、傍にいるであろう男性が、しきりに「ラルフ」と言う単語を連呼している。

 どうやらそれは涼太の新たな名前であり、ラルフを連呼しながらも時折二人が「ラルフレイン」と口にする事から、自分の名前はラルフレインであり、通称ラルフと呼ばれているのは何とか理解出来た。

 ただ、それ以外の言葉は正直なところさっぱり分からない。何か自分に向かって話しかけて来ているのは理解出来るのだが、日本語ではなく英語でもなく、テレビや映画や動画などで涼太の記憶にある他国の言語とも違う、全く異質な発音なのだ。


 だがここで、この時点で「元」涼太は気付いた。そして今現在自分の置かれた状況をおぼろげながら認識した。

 自分は輪廻転生を果たし、新たな人生が始まったのだと。神の采配か何かかは分からないが、自分は今日本とは全く違う環境下に置かれているのだと──


(産まれたばかりで良く目が見えない、喋れなくて自己主張は全てグズって泣くだけ。赤ん坊の脳の容量では思考も弱くて考えがまとまらない。だが、だがこれだけは分かる、乳首と母乳の感触だけは分かるぞ)


 脳細胞の電気的な生物反応で思考力を働かせるのではなく、記憶領域の奥底……深くで真っ暗な「杉坂涼太」の部屋で、何とか自己と記憶を維持する事に専念するラルフレイン。

 だが、彼は大事な事に気付いた。ありがちと言うか定番と言うか、このシチュエーションに味付けするような、新たな生を受けた主人公に授けられる「楽勝のスパイス」が全く無いのである。

 ──それはつまり『状況解説』と『ステータス表示』。杉坂涼太が散々見て来たライトノベルやアニメで表現されていたあのギミックが全く無いのだ。


 現代日本で死に、そして全く知らない世界に輪廻転生すると、大半の物語では現状の解説を誰かがアナウンスしてくれ、さらにはその身に授かったオンリーワンのスキルを説明してくれ、更に更にロールプレイングゲームのように自分のステータスが視覚に表示されると言う親切機能が付いていたはずなのだ。だが彼が感じているのは、産まれたてのおぼつかない身体で精一杯集めた拙い情報しか無いのである。


(まあ、そうか、そうだよな。賢者システムとかステータス画面とか、そんな便利なオプション付いてる訳無いよな。逆に言えば物語になるような、そんな特殊な輪廻転生でも無かったって言う証拠でもあるかもな。チート無し……当たり前か)


 表面上は空腹と身体の痒みと下半身が濡れる不快感でギャンギャンと泣き叫ぶも、深層心理下では酷く冷静に考察を続ける他称ラルフレイン。授乳の際は母乳プレイだと自分自身にくだらないジョークを投げかける余裕すらも出て来た。彼は新たな世界にゆるゆると順応を始めたのである。

 ただ、これで順風満帆の新たな人生が始まったかと言えばまるでそうでは無い。新たな人生に希望や期待だけが先走っているものの、この先で希望もへったくれも無い悲劇が待っているとは毛ほども知らない。

 当たり前の話だが、使い古された言葉で言えば「人生そんなに甘くない」。……まさに彼の辛くて長い人生が始まったのだから。


 ■ラルフレイン(姓名不明) 人間種 生後一週間



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