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03 余命宣告 杉坂涼太 ①


「杉坂さん、落ち着いて聞いてください」


 杉坂と呼ばれた青年と同い歳くらいの医師は、演出がかったような神妙な顔付きで話を切り出す。

 三十五歳になると自動的に年一回の受診が義務付けられる“生活習慣病検診”。会社の指示で初めてそれを受けた杉坂は、早速「再検査」の通知が自宅に届くと言う不運にみまわれてしまった。

 一体自分の身体に何が起こっているのかとビクビクしながら、業務時間を割いて病院に赴き追加検診を受けた結果、今彼は……ヒンヤリとしたこの診察室で、同世代の医師と神妙な顔付きで膝を突き合わせる事となったのだ。


「大変申し上げ難い結果なのですが」


 その後にずらずらと口から出て来た専門的な言葉を、杉坂涼太はあまり覚えていない。

 ただ漠然とした感触ではあるが、凶悪事件裁判の最高潮において、主文の「死刑」が後回しにされて、言い訳じみた内容の記述がズラズラと並べられる感覚に似ていると思ったのは確か。

 何故ならば、最後に杉坂はこう言われたのである ──全身に転移が著しく、もって三ヶ月です と

 そう、杉坂涼太三十五歳は、その若さで余命宣告されてしまったのだ。


 人生八十歳の時代において、まだ折り返し地点すら過ぎていないのに と、この突如の通告を胸に涼太は帰路につく。

 折しも昨年から世界中で大流行しているガーランド・ウィルスで街は閑散としており、賑やかな街バーサス余命宣告された孤独な自分と言う対比は成立しないのだが、当たり前の話彼の足取りは重い。

 仕事において責任の範囲も増えた、後輩に頼られるような先輩になって来た。課長代理の座も見えて来たと言うのに、一体俺の人生何がいけなかったんだと自問自答に明け暮れつつ、ゾンビのように足をズルズル引きずって歩いていたのである。


“野菜ジュースは毎日欠かさず飲んでいた”

“インスタント食品も極力避けて自炊していた”

“適度な運動も心掛けて毎日ジョギングしていた”

“付き合い程度に酒を控えて、タバコだって五年前にやめたのに”

“睡眠の質を向上させるために健康マットまで買ったんだぞ!”


 そこそこ健康に配慮した生活を送っていたのに、なぜこんな残酷な結果を医師から突き付けられねばならないのか……その原因探しの恨み節はやがて、残された三ヶ月への不安に変質して行く。


“田舎の両親に何て伝えれば良いんだ”

“会社の上司や同僚にはどう報告すれば良い?”

“友人たちには何て告げれば良いんだ?


 脳裏に浮かんで来る自問もやがて、残酷なほどに安っぽい自答へと変換され、彼の憂鬱を路線の違うベクトルへと誘って行く。


“両親は妹が産んだ孫に夢中になってて、俺どころじゃねえよな”

“会社の上司や同僚は……あれ?誰にも文句言われずにあっさり退職願い出せるな俺”

“同級生のグループチャットも死んでるし。そもそも頻繁に会うような仲の良いヤツいなかったわ”


 ……改めてガックリと肩を落とす。

 周囲の通行人もそれぞれに肩を落とすのだが、それはもちろん杉坂涼太の短い人生を憐んだからではない。繁華街の交差点に据えられたオーロラビジョンがニュース速報を伝えており、ガーランド・ウィルスの爆発的感染を阻止するため、国民的自粛を二ヶ月延長するとの政府発表を流していたからである。


“こうなったら、残りの人生やり残した事をやり切るしかないのか”


 眉をハの字に潤んだ瞳で空を見上げるも、やり残した事が瞬時に思い浮かばない自分に腹を立てる涼太。


“とりあえず酒、タバコ、ゲーム、アニメあたりか。彼女ゲットと童貞卒業は……やめとこう。先の短い俺では、相手に失礼だよ”


 こうして無理矢理自分を納得させながら、おぼつかない足取りでアパートに向かう涼太なのだが、残りの人生三ヶ月を納得して過ごす事は無かった。何故ならば、彼は数日後アパートの自室で死亡が確認されたからだ。


 ──体調不良で欠勤するとの連絡を最後に、杉坂は音信不通となってしまった。連絡を受けた会社側が心配して警察とアパートの大家に通報。彼の部屋に確認に入ったところ、彼はベッドの上でもがき苦しみ暴れた状態で冷たくなっていたのだ。

 ガーランド・ウィルスによる死亡者がまた一つカウントされたのである。

 だがそれば、世界的にワクチン投与が始まったこの時期となっては、それほど重大でもないニュース。杉坂は全国ニュースにおいて、ただ単に数字としてカウントされ報道されただけだった。



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