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司祭長猊下の輝かしき勝利

 人々の視線が集まる壇上に登ってきたのは、白い骸骨であった。

 若い女神官は、怯えることなく歩み寄り、握った棒を骸骨に向ける。

「おおっ、白いですね、ホネホネですねー。これは、何の仮装かな?」

「スケルトンです!」

 元気のいい子供の声が返事をする。

 よくよく見れば、黒い布に白い塗料で骸骨の絵が描かれていて、それを子供が被っているのだ。本当ならば虚ろなはずの眼窩の奥に、とび色の瞳がきらめいている。

「スケルトンは、死者の骨が異端の魔術で動いている魔物です。一人だとそんなに強くないけど、たくさん現れると大変だし、近くにスケルトンを作った異端者が隠れているかもしれません。油断のできない魔物なんですよぉ。じゃあ、ティム君に拍手を!」

 解説を終えた女神官に促され、観衆たちは壇上の少年に拍手を送る。ひときわ激しくしているのは画家のマーチン、ティムの父親であった。

骸骨の絵を描いたのも彼なんだろうな、と考えながらミエラはジョッキのエールを口に含む。隣の連れ合いにも目で勧めてみるが、それよりも、と壇上を指さされた。

 ティムに代わって壇上に上がってきたのは、赤いワンピースの少女だった。フリルのたっぷりついたそのワンピースは彼女のお気に入りで、それを着ているときの彼女は5割増しでかわいい事をミエラはよく知っていた。だって、自分で生んだ娘なんだから。

「んー、あれ? かわいい格好だけど、何の仮装かなぁ?」

「これを広げて見せてください」

 少女から渡された丸めた布を広げた瞬間、女神官の顔に理解の色が浮かぶ。

 濃紺の布の中央に、丸くて黄色いフェルトが縫い付けられている。

 布を向けられると、少女の柔らかな金髪をかき分けてピンと尖った耳が突き出てきた。

「がおー、食べちゃうぞぉ」

 そう言うと少女はくるりと回って見せる。スカートのお尻についているふさふさした尻尾をアピールするためだ。

「うわぁ、びっくり! 人狼の仮装だったんですね。よく出来てるー」

 女神官も、思わず突き出たオオカミの耳を撫でている。

 隣で、連れ合いが小さくこぶしを握るのが見えた。司会の反応を見ても、この仮装大会の優勝はもらったようなものだ。

「人狼は、普段は人間と同じ格好だけど、オオカミに変身できる魔物です。彼らだけの異端の邪神を信仰していて、その力が強くなる満月の夜にはどうしても変身してしまうのだと言われてますね」

 撫でながらもちゃんと解説はする女神官。ミエラは心の中で彼女の評価を一段上げた。明らかに普段と異なる仮装大会の司会という業務を卒なくこなしている。ミエラの部下らではこうはいかなかっただろう。貴族出身を鼻にかけて庶民の子供を見下すか、いつもの説法の調子で盛り上げも何も考えない堅苦しい司会になっていただろう。

(上司はあんなに尊大で堅物なのにね)

 舞台を降りる娘の背を見送りながら、ミエラは数日前の事を思い起こしていた。



 投げ出された紙束は、机の上で遠慮がちな音を立てた。

「たかが遊びでしょう?」

 そう言って、紙束の題字をなぞってみせる。

 収穫祭。そう、収穫祭だ。

 石畳の敷き詰められたこの帝都で、本当の意味で収穫をする者はいないが、それでも多くの民が祭りを楽しみにしている。

 他ならぬミエラ自身がそうだった。大神殿の司祭長というお堅い肩書がついていても、根っこのところは帝都っ子なのだ。

「遊びにも、一定の倫理は必要です」

 早くも秋が終わりかねないほど冷たい声で、男が反論する。

「この帝都で、異端の真似事をしようというのは遊びの範囲ではありません」

 男の指が、題字の続きを指す。

 ――収穫祭における異端の仮装集会に関する調査報告書――

 毎週の祈りで朗読すれば、眠りの魔術と同じぐらい効果があるに違いない。そんな馬鹿な想像をさせるほどに堅苦しいタイトルだ。

「仮装集会の話は神官たちから何度か報告が上がっていますが、特に問題になるほどものではないと結論しています」

「我々から報告をするのは初めてのはずです」

「そうですね。異端審問局の報告をないがしろにするつもりはありません。報告を聞きましょう」

 異端審問局は最高司祭の直属。司祭長とはいえ無視をすることはできない。いや、しても良いが、それは「異端を庇おうとした」などと難癖をつける機会を与えることになる。そうしたうかつな言動をしなかったからこそ、40代で司祭長にまで上り詰めることができたのだ。

「最初に仮装集会が確認されたのは4年前。最初は本当に数人でしたが、徐々に規模を大きくしている、というところまでは一般神官から話が上がっているはずです。昨年からは帝都以外、モルケアナ港やロスティリアでも小規模の仮装集会が確認されていることはお聞き及びですかね」

 異端審問局長は平板な口調で報告を始める。

 実際、帝都以外への広がりは初耳であったが、さも知っているような顔でミエラはうなずいた。知らないということを、帝都大神殿の司祭長とはいえその程度の情報収集力しかないことをわざわざ教えてやる必要は無い。

「そして今年は、いくつかの町内会が合同で仮装大会の実施を画策しています。1年目にしては規模が大きい。誰かが糸を引いています」

「仮装のための小物を売りたい商人たちじゃないの?」

 ミエラの反論を、局長はうなずいて受け入れる。

「しかし、その裏に異端への忌避感を薄めようとする陰謀があることも否定できません。たとえその意図がなくとも、結果的にそうなりえることを考えれば、事前に手を打つ必要があります」

(つまり、私に仮装大会を止めさせろと言いたいわけね)

「ずいぶん貴重な報告をありがとう」

 皮肉を混ぜた相槌で思考の時間を稼ぐ。異端審問局自身で動くつもりはない、ということは実際の証拠など無いのだ。

「しかし、仮装は魔物のものでしょう。異端とは邪悪な信仰。信仰という形なきものに仮装することはできません」

「その通りです。さすがは司祭長猊下。しかし、異端と魔物は深く結びついています。知性ある魔物はしばしば異端信仰をしますし、異端が強大な魔物をあがめたり、魔物を作り出したりすることもある」

 初級神官向けの教本に書かれている内容を司祭長に説くとは笑止千万、といってやりたいところだが、すんでのところで自制する。

「そして、魔物の脅威は現実なのです。特に、帝国外では」

 帝国外にいる誰かからの指示なのだということだろう。そもそも仮装大会で異端信仰が広まるとは思えない。厳格を好む最高神殿の老人らの眉をしかめさせるのがせいぜいだ。

 つまり、最高神殿の意向で仮装大会をやめさせたいが、証拠も無いのに異端審問局を動かせないから、現地の司祭長が何とかしろと言いに来たのだ。

「対応は来週の会議で検討しましょう」

あまり露骨に最高神殿に逆らうのも良くはない。しかし、局長の点数稼ぎを手伝うのも癪だ。その判断を、先延ばしにするための返答だった。



 ミエラがそっと扉を開けると、思った通り居間にいるのは一人だけだった。針仕事をしていた男が唇だけでおかえりを告げてきたので、ただいまを投げキッスにして上着を脱ぐ。

「小さなディーネはもう寝ちゃった?」

 わかりきっている質問を音にしたのは、男の隣の椅子に腰を下ろしてからだ。一人娘の安眠は最優先事項だ。ちょっとした物音で夜泣きをする年ではなくなっても。

「いつまでも小さいとは言えないな」

 彼が示したのは、ディーネの祖母から送られたフリルのたっぷりついた赤いワンピース。丈を直されるのはこれで3度目だ。

「器用なものよね」

 針仕事に限らず、家事全般は彼、コットの仕事だった。ミエラは神殿内の出世争いに忙しく、腕を鍛える暇がなかった、ということにしている。

「やれば慣れるよ」

「ディーネに血染めのドレスを着せる気はないの。いくら元から赤くてもね」

「今回に限ってはアリかもね。それを相談したかったんだ」

 コットは針を針山に刺すと、椅子をミエラの方に詰めて肩を抱く。

「仮装大会に出たいんだってさ。だから、このワンピースとうまく合う仮装がないかなーと考えてて」

 要は仮装するのにいい魔物を思いつかなかったということだろう。帝都住まいの一般庶民にとって、魔物はおとぎ話か遠い土地の噂話だ。司祭であるミエラの知恵を借りるのは妥当な選択である。

「仮装大会ってうちの町内も参加なんだっけ」

「むしろ主催です」

 家事に限らず、町内会を含めたご近所付き合いもコットに任せっきりだ。というか厳密にはミエラはこの家の住人ではない。そんな厳密さを気にするのは異端審問官しかいないだろうけれど。

「その辺の皮肉もあったのかな」

 仮装大会をやろうとしている町内会を具体的に挙げなかったのは、すでに知っていると思っていたからだろう。

「皮肉?」

「今日、局長に仮装大会をつぶせって言われてね」

 コットは苦虫を噛みつぶしたような顔を作って見せる。

愚痴を何度も聞かせているので、コットの中の局長のイメージは悪魔一歩手前だ。中身はそう間違っていない。見た目は30代後半の目立たない顔つきの男なのだが。

「局長って異端審問局長だよね? 問題あるイベントなの?」

「大丈夫よ。彼らが本気で問題にする気なら、今頃町内会長は息してない」

 厳密な意味では夫ではない男の肩に頭をのせる。

「言われたとおりにするかどうかちょっと悩んでいたのだけど、ディーネが出るなら決まりだわ」

 神官のうちならともかく、司祭になってから結婚するのは「神にすべてを捧げていない」として推奨されない。しかし不可能ではないのだから、結婚しないことを選んだのは自分だ。その負い目が、ミエラの家族愛を強くする。

「でも、異端審問官が相手なんだよね」

「そうよ」

 方向は定まった。異端審問局は強大だが、本気でないなら煙に巻くぐらいのことはできる。

不安げな夫を黙らせるために、ミエラは彼の口を唇でふさいだ。



「いやはや、まさか神殿から仮装大会への支援のお話とは。願ってもない事です」

 ミエラの訪問目的をいぶかしんでいた町内会長だったが、支援を口にした瞬間に顔が緩んだ。

「でも、条件があります。そもそもこの仮装大会に関して、一部のお堅い方々から懸念の声が寄せられていておりまして」

「それはあるでしょうな」

 一度緩んだ顔がまだ渋くなる。どうやら、すでに色々言われているようだ。

「でもね、逆に考えてみたんです。これは良い教育の機会だろうと」

「教育、ですか?」

「そう。帝都の民、特に若い子たちは異端や魔物の恐ろしさに触れる機会がありません」

 地下迷宮から最後に魔物が溢れたのはもう30年は前の事。帝都周辺領域では地上の魔物もおおよそ駆逐が終わっている。

「ですので、司会を神官にやらせていただいて、仮装の解説をしながら異端や魔物は恐ろしいものなんだよと子供たちに教えてあげられればなと思いまして」

「なるほど」

 町内会長はそこで一旦言葉を切る。神殿の支援があれば、異端でないか、不謹慎ではないかと騒ぐ人々も黙るだろう。その代わり、仮装大会はただのお遊びではなくなり、お堅くなってしまうかもしれない。

「司会の神官はどなたでしょう」

「なるべく子供受けの良さそうな、若い神官を行かせますよ」

 特に誰か当てがあるわけでもないが、そう答えておく。本気で教育イベントをしたいわけではないのだから、それなりに喋りが上手い若手なら誰でもそれなりにこなせるだろう。

 町内会長にもこちらがイベントをガチガチにコントロールするつもりでないことはわかったらしい。

「わかりました。よろしくお願いします」

 差し出された手を軽く握る。これで目的の半分は終了した。

「それと、もう一つ個人的な頼みがありまして」

「ああ、司祭長様の、ええと、懇意にしておられるお子さんの事なら」

「いえ、そうではなく」

 ディーネの八百長を頼みたいわけではない。ディーネなら八百長なんて必要ないとミエラにはわかっている。しかし、ほかの子供たちがどういう路線で来るのか、情報収集は必要だ。

「貴方の商店で、仮装のための小物を取り扱っておられるんじゃないかと思いまして」

 町内会長の本職は雑貨屋である。仮装大会はただの祭りではなく、ビジネスでもあるはずだとミエラは踏んでいた。

「私も扱っておりますが、特別なものを扱っている者がおりまして。少々お待ちください」

 控えていた小間使いは、本当にすぐ戻ってきた。連れられて入ってきたのは、カバンを二つ肩から掛けた少年だった。

「吟遊詩人?」

 カバンの片方は、リュートを入れるための特別製だ。

「行商人でもあるとの事でしてな。こちらは大神殿の司祭長様だ」

「それはそれは。お目にかかれて光栄です、猊下」

少年はお辞儀をすると、楽器でない方のカバンを開いた。

「ある街でちょっと変わった魔法の品を仕入れたんですよ。例えばこれですとか」

 カバンの中から出した少年の手には、何も握られていないように見えた。

「からかっているんじゃないですよ。透明化の魔法が仕込まれてるんです。ここのボタンを押しますと」

 骸骨の形をした面が少年の手の中に現れる。いや、説明の通りなら元々そこにあって、魔法で見えなくなっていただけだ。

「あらかじめ顔につけておいてから、魔法を解除してやる事で、急に骸骨に変身したように見えるって仕掛けです」

「なるほど。面白いですが、びっくりさせる以外の役には立たなさそうですね」

「そうなんですよ。さっぱり売れなくてどうしたものかと困った時に、帝都の収穫祭で魔物の仮装が流行っているのを思いだしまして」

 魔法の品は当然それなりの値段がする。材料や作る側の労力が反映されるからだが、買う側は払う金額に見合うだけの性能を求める。結果、こうしたジョークグッズのような魔法の品は値段だけが高いガラクタとして売れ残るわけだ。

「いかがでしょうか?」

 銀の瞳で上目遣いに見上げてくる吟遊詩人は、幼い顔に似合わない策士であるようだ。売れないガラクタを売るために、町内会長をそそのかして仮装大会を企画させたのだろう。それが分かったうえで、ミエラは策に乗っかることにした。

「これはディーネのかわいい顔が隠れてしまうからよくない。別のは無いですか」

「顔が出ていた方が良いなら、これですかね」

 骸骨面の代わりに、吟遊詩人は三つの小物をカバンからつかみ出す。一つは細いカチューシャ、もう一つは丸いワッペン、最後の一つは丸い小石のように見えた。

「こちら、三つで一つの商品です。カチューシャは頭に、こっちの丸いのは腰の後ろに貼り付けて頂いて、このボタンを押すと」

 吟遊詩人が小石を押すと、カチューシャからはピンと立った毛むくじゃらの耳が、ワッペンからはふさふさの尻尾が飛び出す。小さく空気の漏れる音が聞こえたので、風の魔法の応用だろうか。

「犬、ではないですね。人狼変身セットということですか」

「さすが、ご名答。手触りもいいですよ。本物を参考にしてますから」

 確かに、ひんやりとした柔らかな毛の感触が指に心地よい。これなら、ワンピースに仕込むのも手間ではないし、ちょうど良いだろう。

「じゃあ、これにします」

「毎度ありがとうございます。じゃあ、おまけにこちらも」

 吟遊詩人が手に押し付けてきた小袋からはほんのり甘い匂いがした。



「さぁて、ついに優勝者の発表です!」

 司会のはじける声で、ミエラは我に返った。

「審査員全員一致の優勝者は、もちろんこの子。人狼のディーネちゃんです!」

 慌てて拍手をするが、ジョッキを握ったままなので上手くできない。途中であきらめてディーネに手を振ることにした。

「優勝おめでとう、ディーネちゃん。この耳と尻尾はどこで手に入れたのかなぁ?」

 司会の手はまたディーネの耳を撫でていた。よほど気に入ったらしい。

「かいちょーさんのところでママが買ってきて、パパが準備してくれました」

「そっかぁ。良かったねぇ」

「うん。パパもママもだーいすき!」

 ミエラとコットの顔が笑みに溶け崩れる、とすぐ横で不快そうに鼻を鳴らす音がした。

「何をしに来たの?」

 収穫祭の間は視界に入れたくなかった人物がそこにいた。

「休暇を取りましてね。部下の晴れ姿を見に来てはいけませんか」

 局長はそこで言葉を切り、ジョッキを傾ける。

「十分とは言い難いですが、それなりに異端の脅威はアピールできた、と報告します。ご老人方も、及第点を付けざるを得ない程度に」

 祭りの空気にも酒にも酔わないらしく、局長の顔はいつもと同じ硬さを保っていた。しかし、目はずいぶんマシになったと言えるだろう。会議の時に規制案を出そうとする局長を遮って仮装大会の支援を発表した時の目は、本気で刺し貫かれるかと思うほど硬いものだった。

「じゃあ、頑張って報告書を書く異端審問局長に差し入れよ」

 ポケットに入れていた小袋を局長の手に押し付ける。

「これは?」

「ラムネとかいう菓子だそうよ。この仮装大会を企画した胡散臭い行商人からもらった物」

 せっかくいい気分なのだから、邪魔者にはさっさと菓子を与えて退散してもらうに限る。

 局長は袋の中からラムネを一粒つまみ出し、いぶかしげに睨みつける。

「毒とかは大丈夫よ。魔法で確認したし、二人分実食確認済」

「え、毒見だったの?」

「なんでディーネから隠してたと思ってたの?」

 得体のしれない行商人からもらった物をいきなり可愛い娘に食べさせるわけがない。

 そのディーネも、今や優勝賞品としてラムネ菓子がたっぷり詰まった袋をもらい、ミエラとコットめがけて走り出したところだ。

 観衆たちも気を利かせて道を開けてくれている。ミエラはコットの手を引いて歩きだした。かわいい優勝者を抱きしめるために。



「「トリックオアトリート!」」

 二人組の少女は、酒場だというのに書き物を続けている男を次の獲物に定めた。

 男はペンをインク壺に差し、少女らに向かって座りなおす。

「大事な報告書にイタズラされちゃかなわない。ほら、お菓子だよ」

 ポケットから出てきた小袋には、ラムネが4つ残っていたので、二つずつ少女たちに握らせる。

「で、何の仮装なのかな?」

 少女たちは骸骨の面をつけており、その頭からは犬のようなピンと尖った耳が突き出ている。

「がいこつー」「だよー」

 少女らが面をいじると、骸骨が現れたり消えたりを繰り返す。

 男は柔らかな笑みを浮かべて、少女らの頭を撫でてやった。血の通った温かい手触りの耳が手にくすぐったい。

「いいお面だね。良い収穫祭を」

「ありがと、おじさん」「ありがとー」

 また次の獲物を狙いに行く少女らを見送ってテーブルに向き直ると、いつの間にか相席者がいた。

「異端にそんな甘い顔を見せていいのかい、審問局長どの」

「たまたま人狼に生まれただけの子供を審問しても意味はないさ」

 笑いかける銀の瞳に、口角を釣り上げて答える。実は表情豊かな方だということは、彼の二番目に大きな秘密だった。いつもの鉄仮面を見ている神殿の面々なら、今の彼を見ても似ている別人だと思うだろう。

「思ったより上手くいったよ。若干複雑な気分だがね」

 司祭長に好かれていないことは分かっている。その反発を利用する方が、異端審問局が突然仮装大会を公認するより自然だと考えたのも彼自身だ。

「誇りに思いなよ。君が嫌われ者なおかげで、収穫祭の間はちょっとばかり獣耳や角が生えた子供たちがいても、誰も気には留めない」

 不審な吟遊詩人兼行商人は、嫌われ者の異端審問局長に二つ握っていたジョッキの片方を押し付けた。

「乾杯しよう。審問局長どのの陰謀に」

「それと、司祭長猊下の輝かしき勝利に」

 木のジョッキ同士が触れ合って、ぽこんと気の抜けた音を立てた。

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