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マクガフィン

作者: 中里魚棚

重要なのは『スパイが敵の基地から何かを盗む』という筋書きであって、その何かが手紙でもデータでも爆弾でも大きな問題は無い。

 悠々と聳える山と、澄んで広がる海原。その間を流れる一本の川は、一つの国を貫いている。

 豊かな自然に活気ある街、畑、港、酒場、そして何よりも、人々の笑顔。"幸せな国"という概念の最小単位かのようなその場所で、今日も様々な営みが繰り広げられる。

 この物語は、そのうちの一つ……国の四方を囲う石壁の外側で旅人を待つ、二人組の門番のものである。

 天頂に差し掛かった太陽が矢のような光を地面に降り注がせている、その下で。巨大な門を挟んで武装した軍服の男が二人、国から続く長い道を見つめていた。

 門に向かって右側の男が、左側の男に話しかける。

「……メートリヤッポイナー」

 左の男が答える。

「セヌテニテロメポポポ」

「……おい」

 返答を聞いた右側の男は、不満そうな声を出して相方を睨んだ。

「お前それ、さっき言ったやつだろ」

「いや。オレがさっき言ったのは『セヌテニテロメポポ』だ。ポの数が違う」

「ああ? でも今言ったのはポが……何個だ?」

「……四個じゃなかったか?」

「どっちにしろ覚えてないじゃないか!」

 右側の男は呆れたように叫ぶと、一つ大きなため息をついて前に向き直る。

「やっぱ無理だ、『存在しない言葉を言い合うゲーム』なんて」

「言葉の奥深さを思い知らされたな……」

 言い合うと、今度は二人揃って息を吐く。

「暇だなあ……」「暇だ」

 人の出入りがない限り、何もすることのない門番という業務。彼らは退屈しきっていた。

 右側の男は、他愛のない世間話で暇を潰す方向へと状況を変えようと試みる。

「お前、今まで何匹仕留めた?」

「マクガフィンをか?」

「ああ。俺は五匹」

「オレも五匹だ。四匹は銃で、一匹はガキの頃に見つけて通報してやった」

「いやいや、最後の奴はノーカウントだろ。俺の方が高スコアだ」

「待てよ、それじゃあ——」

 するとそこで、左側の男が何かに気がついて言葉を止めた。その視線は道の向こうへと向けられている。

「誰か来てるぜ」

「誰か来てるな」

 二人が暫く待っていると、遠くからやって来た影がはっきりと見えるようになった。

 一人の男だった。遠目にも分かるほど疲弊した体を引き攣って、ゆっくりと城門まで進んで来る。良く見れば、その背には男の子が背負われていた。

「ヤバそうだぜ」

「ヤバいだろうな」

 とはいえ、職務上門の側から離れるわけにはいかない。二人は緊張した面持ちになり、蝋で固めたような姿勢でその到着を待った。

 いよいよ近づいて来た男が顔を上げ、二人を見つめる。それと同時に、左側の門番が口を開く。

「どのような御用でしょうか」

「何か、危急の事態でしょうか」

 右側が引き継いだ言葉を耳にした男は、今までその身体を動かしていた糸が切れたかのようにその場にへたり込む——しかし、その背に負った少年が落ちないように。そして三度大きな呼吸をして、やっと言葉を発する。

「む、息子が……一緒に旅をしてた息子が、病気で……タチの悪い風邪を拗らせて、早く、治療しなければ……いけない。頼む、国に入れてくれ」

 二人は顔を見合わせた。何かを言う前に、左側の男が踵を返し、大きな門の隣に備えられた緊急用の小さな扉を潜る。

「お医者先生を呼んで来る!」

「頼んだ!」

 会話が終わる頃には、脱兎の如く駆け出していた男の姿は消えていた。

 それを確認した右側の男は、その身をかがめて旅人と顔の高さを合わせる。彼の呼吸が落ち着くのを待ってから、言った。

「すぐに担架を持って来させます。その間に入国審査を、略式で済ませてしまいましょう」

「い……良いのか? 旅人と病人を、略式審査で入国させて……」

「……ええ、問題ありませんよ。緊急事態ですから。旅人には最大限のおもてなしをするのが、我が国の流儀です」

 右側にいた男は、内心の焦りを勘づかれないような声音を出した。旅人の表情が明るくなる。

 正直なところを言えば、彼の行動は規則を逸していた。本来旅人には犯罪歴の確認や入国の目的の確認、人間審査、手荷物の検査などを行った上で入国を許可しなければならない。病人の場合、更に審査事項は増える。

 しかし、それら全てを行えば、最低でも二十分かかってしまう。この子供も、その父親も、一刻も早い入国を必要としている……と、彼は独断したのだった。略式審査では、様々にある事柄から簡単な一つだけが行われる。

「それじゃあ、ちゃちゃっと済ませましょう。お子さんの顔を拝見します」

「ああ……ありがとう……」

 感謝の涙を流す旅人の背後に立って、背負われた子を抱きかかえ、その顔を確認する。熱を帯びた顔は酷くやつれており、薄く開いた眼からは殆ど生気が失われていた。意識も無いに等しい。

 振り返って門番を仰ぎ見た旅人に、彼は優しく微笑む。

「はい、彼は問題ありません。入国後、即座に治療が行われるでしょう」

「実は、今まで二つの国に頼んだが、駄目だったんだ。病人は受け入れられないと……ああ、貴方達は命の恩人だ」

 そう言って大粒の涙を流す彼の目も、門番はしっかりと確認する。そして子を抱える腕を左側に変えると、右側の手を腰のベルトへと伸ばした。

「この国に来れて良かった……本当に——」

「お父さん、残念ながら貴方には入国を許可出来ません」

 旅人は再び門番を仰ぎ見る。

「……は?」

「ですが、先ほど言った通りお子さんには許可されます。医療者の到着次第、すぐに——」

「いや、いや待て! なんでだ、なんでこの子が良くて、俺が……」

 旅人は唖然とした顔で、縋るような姿勢で門番に食ってかかる。言われた方は子を抱えたまま立ち上がり、面倒そうに吐き捨てた。

「それは貴方がマクガフィンだからですよ」

 そう、旅人はマクガフィンだったのだ。

「マクガフィンの入国は、一切許可されておりません。この子はこちらで預かるから……」

「待てよ、おい! な、何だよマクガフィン、って! 俺はそんなもの聞いたことも!」

「落ち着け。暴れた場合我々は……」

「落ち着いてられるか! うちの子を返せ、さもないと——」

 みっともなく暴れていたマクガフィンが、突然痙攣したかと思うと、その動きを止める。

 頭部から血を流しながら、その場に倒れ込む。その向こう側には、先ほど走り去ったもう一人の門番が立っていた。その右手では銃が、静かに硝煙を立てている。

「サンキュ」

「後で処理屋にも連絡しないとな」

 開かれた大門から、何人かが担架を運んでやって来た。

「患者は!」

「この子です」

「ふむ……成る程。単純な症状だが、悪化しています。でも今のうちに処置すれば何とかなるでしょう。で、この死体は?」

「マクガフィンです」

「そうですか。では運びますよ!」

 門番から子供を受け取った若い医者は、その身体を担架に乗せると、マクガフィンの死体を蹴り飛ばして門に飛び込んだ。

 敬礼してその姿を見送った二人の門番は、門を閉じ、定位置へと戻る。

「助かると良いなあ」

「先生は腕が良いから、きっと大丈夫だ」

 その後、処理屋がやって来てマクガフィンの死体を持って行った。道に染み込んだ血だまりも、やがて吹き抜ける風が薄めて行く。

 そうして、一挙に慌ただしくなった二人の仕事にも、そうしてようやく平静が訪れるのだった。

「──そういや」

 暫くして、左側の男が思い出したかのように言う。

「さっきのでオレの一点リードだな」

「違う、これで同点だ」

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