『魅了』の正しい使い方
異世界転移のアラサーOL、聖女爆誕!だが魔力が少ない!
@短編その74
「力が、足りない!!圧倒的、力不足・・!!能力が・・」
大神官様が四つん這いにへたり込み、地を這うような声で仰いました。
「能力不足とは・・・能無しとは・・・しかも、こんな・・・適齢期を過ぎた女とは」
かちーーーん。
彼女は四つん這いのおっさんの後頭部をかかと落とし食らわせて、床に叩きつけてやった。
彼女は最近異世界に拉致監禁、いや・・異世界転移されたアラサーの向井美穂。
売れ残りのお局とか言われてさらに嫌われている感バリバリのキャリアウーマン。
仕事が出来ないボンクラ上司に同期を蹴り落とし、本部長にのし上がった有能過ぎる女性。
もう結婚しなくてもいいくらいの貯金。だって無趣味、いや貯金が趣味か。8桁最高。
男が寄ってきても、こいつ金目当てで口説いてるわーって、有能すぎて金目当てだとわかるこの審美眼が憎い。
でも好きになってくれた人も、私の高学歴、本部長という肩書を知るや、いじけたり自信無くしたりで去っていく。
もっと有能だったあいつは・・まあいっか。
女には『男だったらよかったのに』とか言われる。
こんな人生で終わるのか・・・と思っていたら、まさかの異世界転移。おい、どういうこった。
でも、ここにきて・・・まさかの能無しとか!!
いろいろ有能すぎてスゲーーとしか言われなかった私が、初めて言われる『能無し』!!
・・・・・・。
なんだろう。
この・・・胸がメラメラーーー!!って来た来た来たーーーー!!闘争心、キターーー!!
で、この大神官に聞いたのだ。どう言う了見で私はここにいるのかと。
聖女の役割をしてもらおうという、この世界の他人に丸投げ案件で呼ばれたと言う事が分かった。
聖女とはなんぞや、と聞けば。
なんかよくわからないが、彼女の力によって世界が安定するんだと。
魔物が狂わなくなり、人や家畜などを無闇に襲わなくなる。
人の精神も安定して穏やかになり、喧嘩や諍いを起こしにくくなる。戦争になりにくくなる。
植物も育ちが良くなる。作物の収穫も増える。
天候も大雨や豪雪が少なくなる。
などなど。
なにそれ、便利やな。
むしろ私の世界に欲しいわ、聖女。あ、私か。
だけど、聖女の力があるらしいが、少ないんだとか。
こら、呼ぶ前にそこはチェックしとけよチェック。
ほんんっと、仕事できねー奴ってこういうとこ甘い!詰めが甘すぎる!!
そしてもう一撃、大神官に喰らわせる。私の気持ちの持って行きようは、大神官の脳天だ。
でもまあ、仕事はやらなくては気が済まない私だ。
有能なところを見せつけないと気が済まない!!
「こら、大神官。起きろ。起きやがれ」
「んっ、ふはあっ」
爪先を大神官の脇腹にグリグリと擦りつけるとくすぐったかったのか、彼は変な声を漏らして目を覚ました。
良く見ると大神官、ハンサムだ。イケオジだ。
「まあ仕事だから引き受けてやる。まずは聖女の力の構造を教えてもらおうか」
こうして彼女の『オラに元気を分けてくれーーー!!』作戦は決行されたのだった!!
つまりは、だ!
『私も手伝うけどさー、自分の世界は自分たちでなんとかしなよ〜、自分たちの力を使おうよ〜』って事。
翌日・・なんと!彼女にこの世界の事を教え、身の回りの世話もしてくれる可愛らしい侍女が付きました!
モッサちゃん16歳!可愛い!!
「モッサちゃん、私の娘にならないかい?」
「え?!娘ですか?聖女様はお若いので、わたしのおねーさんですよね?」
ゔっ、なんて可愛いの何だこの子、これが尊いってことか・・・?
うわーーーん、うれしいよぉーーー!!おねーさんだって!!
聖女は大喜び、豪涙です!
侍女モッサちゃんに、彼女はこの世界の歴史とか、聖女のすることを教わった。
この世界では、おおよそ100年に一度、聖女を召喚して世界を安定してもらっているのだとか。
その儀式というのが『聖光拡祭』。
大きな魔法陣の中央に立ち、儀式の祝詞を謳い祷るのだそうだ。
すると聖なる光が世界中に広がり、浄化されて安定するのだとか。
すごいじゃん。
能力不足だけど、選ばれるだけで私もすごいじゃん。
でも圧倒的力不足だそうで。
なら力を増やせばいいじゃん?
そして彼女は真夜中なのに大神官の寝室に突撃した!!いやがらせです!!
「な、な、なんです聖女様!」
「私は今までの聖女のどれくらい力不足なの?」
「・・え?」
「私を1とすると、今までの聖女はどれくらいなの?」
「・・いち?」
「分かれよぉ〜〜〜。じゃあ、私はりんご1個分の力しか持っていない。今までの聖女の力は、りんごどのくらいなのか!」
寝ぼけていた大神官は、やっと彼女の言いたい事が分かったらしい。
「りんご・・・1000個以上です」
1000個、だと?
「ぐはっ!!そ、そこまで少なかったの?」
「・・・はい」
「ごめん大神官、申し訳なさ過ぎて、本当・・・圧倒的力不足だったわ・・・でもなんで私を呼んだんだよぉ」
「つまり・・その時あなた以上の力を持った聖女様がいなかったのでしょう」
「聖女諦めて、聖者はダメだったのかぁ〜〜?」
大神官、ピタ、と固まった。
「その発想はなかった・・・ずっと聖女様にお越し頂いていたので・・」
「お越し頂くじゃないじゃん、強引に拉致監禁じゃん」
「ええい、世界の安寧のためには、犠牲はつきものなのです」
「この悪のイケオジめーー!」
「ぐえ」
そしてベッドのスプリングを生かし、かかと落としを食らわせたのでした。
翌日。
未だベッドから起きない大神官・・首が調子悪いとか、安静にしている彼に、また聖女が突撃!
「聖女様のせいで、首の具合が」
「なにをいうか、この悪のイケオジめ。で、聖者召喚するの?」
「する為の用意・・・召喚には膨大な魔力が必要なんです」
「ふーん。その膨大な魔力は、りんご何個分?」
「・・・100個分ですかね」
「私より力があるーーー!!」
「という事で、すぐには召喚出来ないのです」
「かと言って、私では任務遂行には無理な力しかないですよー」
「そうですね・・どうすればいいでしょう・・」
大神官はまた寝てしまった。しまった、やりすぎたか。
反省しそうになるが、はっとなる。
いやいや待て待てぃ、こいつは私を勝手に異世界転移したんだぞ。
やらんでいい仕事と責任を丸投げしようとしているんだぞ。
もう一発、いや二発、かかと落としを食らわせてもいい輩だぞ。
イケオジは寝ているので、かかと落としではなくエルボーをぶっ込んでおいた。
布団の上から食らわせたんだ、ダメージは少ない!!
部屋に戻ると、可愛い侍女がお茶を用意してくれていた。
「さあて。私の力がとても少ないそうなんだ。世界の安定、安寧はやってやりたいが力及ばず。どうしたらいいかしらね」
聖女の様子に、侍女ちゃんが涙ぐみます。
「聖女様は素晴らしいです!わたしがもしも同じ目にあったら、踵で蹴るだけでは済ませませんし、世界を救おうなんて思いません。聖女様は、本当に素晴らしいです!」
あー、侍女ちゃんに褒められるだけで幸せですわ・・・
まあ、侍女ちゃんのために、頑張ろうかしらね?そしたら褒めてね。
聖女は自分のステータスを見てみる事にした。
ピロリンっとな。
向井美穂 34歳
技能・ 魅了 回復術 聖女
魔力・りんご一個
「うわあああ!!昨日例えでりんごを使ったからか?!」
でも分かりやすい・・・そうじゃない。
そして現在進行形で大問題が勃発!!
魔力が世界中で単位が『りんご』になっていた!!!
ちょうどギルドにいたエドールさんが、ステータスを見て叫んだのだった。
「なんで魔力単位がりんごなんだーーー?!」
彼のステータスの魔力表示が、『魔力・りんご5500/5022個』になっていた。
全世界の魔力ゲージがこう表示されるようになっていた。そりゃ絶叫するわ。
やはり聖女の力は凄いのだった。
「うかつになんでも言えないのね」
聖女様は大いに反省しましたが、今更りんごを修正するのも変かと思い、魔力はりんご表示のままです。
さて、その『聖光拡祭』とやらですが、聖女を召喚してから1年後に通常は開催されるそうです。
召喚して1年の間、力を発揮するように訓練したり、式典場所を整備したりと色々の準備期間とか。
そうか。
一応、儀式までは約1年ほど時間があるのね。
圧倒的すぎる魔力不足が1年でりんご1000個になるとは思えない、思わない。
「だが!!大手世界規模スーパーとの事業案件を、何度も達成してきた私に出来ない事はない!!」
私が力を使うと、この世界隅々まで行き渡らない。
行き渡らせるには、魔力が足りない。
足りないなら・・・・
みんなで補えばいいんじゃない?
ここからが、私の真骨頂だ。本部長の本気だ。
隅々まで行き渡らせる、からの発想の転換。
私の微々たる力を、送り込むにはどうすればいい?
聖女の力はあるんだ、あとはパワーだ。魔力だ。そう、人海戦術だ!
伝達方法をイケオジ大神官に相談すると、この世界での伝達方法は、魔法陣ケーブル。今私が名前を付けた。
魔法陣で私の世界風に言うと、ワープとかテレポートさせて希望の場所にある魔法陣に繋げるとか。
なにそれ!現代に持っていきたい!!エコじゃん〜。施工費用が少ないじゃん〜〜、便利じゃん〜〜!
というわけで、この1年、『聖女』として全世界行脚をし、各地に魔法陣ケーブルを設置する事にしたのであるっ!
で、そこに住む人々と対話し、不満な事をアンケートする。そして・・・
聖女は『魅了』を撒き散らすのだ!!
で、式典当日、私の指示に従って動いてね!!って頼みこむのだ!!
『うるせー、面倒だ』『なんでそんな事をしなくちゃいけないんだ』とか、言われないようにね。
『しかたねーな、おばちゃんの言うこと聞いてやるかな』って、快く協力してもらうためですよ!
道中は危ないと言う事で、聖獣が移動手段となりました。同行するのは、可愛い侍女ちゃんと魔法が使える冒険者、先ほど出てきたエドールさんです。彼は護衛も兼ねてます。
ペンギンに似た聖獣エンペルトに、3人は各自一体に乗って滑空します。
ちょっと楽しい。
聖女様はご満悦です。可愛い聖獣に乗っての旅で、侍女ちゃんも嬉しそう。
唯一不満げなのは、エドールさんです。成人男性には可愛すぎるからでしょう。
こうしてあちこち国内を巡り、魔法陣を設置して、人と楽しくお話をし、調子に乗って昔大好きだったアニメの主題歌を歌って大喝采を受けたり。勿論、魅了は欠かしませんとも。結構楽しく全国行脚をする聖女でした。
2ヶ月掛けて国内の主要都市と街を巡ったら、次は海外です。
ここでも彼女は大歓迎されます。だって、聖女ですもの。
おしゃべりをし、不満をアンケートで調査し、聖女と侍女ちゃんが人々とコミュニケーションしている間に、エドールさんが魔法陣を設置します。
「来年の『聖光拡祭』、式典で私の姿と声を皆様にお届けします!是非、来てくださいね!」
そして、魅了をぽわ〜〜〜〜・・・
エドールさんは聖女のせいで魔法単位がりんごになったのを知っているので、能力を信じてない訳ではないんですが、 魅了が効いてるようには見えないのでした。普通、魅了にかかったら、ストーカー並に付き纏ったり、厄介なこじらせ方をするものですが、皆さん普通です。
設置完了したエドールさんが戻ると、聖獣に乗り、3人は次の街へ。
夕方や夜に到着したら、聖獣達を小さくして偽名で宿泊。身分がバレないように抜かり無しです。
収納袋という異世界アイテムから、ティーセットを取り出した侍女ちゃんに傅かれてお茶を飲みます。
これが最近の聖女様の憩いの時間です。エドールさんと侍女ちゃんも混じって、ゆっくりまったり。
彼らの話や聖女の世界の話をしたりと、楽しい夕べを過ごすのだ。
侍女ちゃんとエドールさんがいい雰囲気なので、『おばちゃん応援するよ!』と思う聖女様でした。
設置が完了しているかの確認に、神殿にいるイケオジ大神官に連絡をするのだが、彼がいない時には神官長のカンカラさんが受信してくれる。最近はイケオジは忙しいとか言って、全然話すことが無いが、絶対にサボりだと聖女はしらっとした顔で聞いている。
「さあ、デートしておいで!」
「え、聖女様、でも」
「私の大事な侍女だからね。護衛宜しくぅ!」
「全く・・畏まりました」
「ついでになにか茶菓子も買ってきてね」
「はい!行ってまいります!」
大きな街に到着して宿を先に取り、侍女ちゃんとエドールを追い出して、聖女様はゴロリとベッドに横たわりました。
ちょっと疲れたので、昼寝です。二人には夕食も食べて来いと言っておきました。
こうでもしないと、二人が心配する。ついでにデートさせるなんて、私って本当有能ね。
ふぅ・・・目を閉じ、何度かの深呼吸ののち、眠りの淵へ・・・
あれ、なんか見覚えのある・・・ここ、会社だわ
夢かな?それとも、本当に現世かな?
「向井・・・どこに行ったんだ」
誰かが私の名を呟いている
窓の外は建物の照明瞬く夜の街が見えます
窓際にはひとりの男が立っていて・・・誰かな?心配させちゃったなー
私が消えたのは、たしか6月だった 異世界では半年過ぎたけど
デスクにあるミニカレンダーは、12月だ。あまり時間差はないのね
誰ですかー 私を心配してくれてるのはー
あれ?窓ガラスに、私の姿が写ってる?
「え?」
反射した私の姿に、気付いた男がこっちを振り返るけど
男の手に持ったものに、目がいき、視線を逸らす
アレはお守りだ スギライトの腕輪
誰にあげたんだっけ
名前と同じ これ、パワーストーンだよってあげたんだっけ
そしたら、このライトは光じゃないだろうって笑って
海外でも頑張れって
・・ああ、海外に出向した、私よりも先に出世した
同期で背が高くて、猫みたいな目で・・
椙光、だ
「聖女様!!大丈夫ですか!!」
目を覚ますと、侍女が涙をこぼしている。エドールも心配げに見下ろしている。
二人は夕食前に戻ってきたようで、部屋に入ると彼女がぐったりと眠っていたと言う。
「ちょっと疲れて熟睡しただけよ。心配させちゃったわね」
返事しながら、聖女は残念と思った。腕輪が気になり、彼の顔を身損ねてしまった。
会社にいたと言うことは・・
椙は日本に帰ってきていたのだ。
で、彼女が行方不明の話を聞いたのだろう。
彼と最後に会ったのは、出向先に行く前日だ。
今どんな顔をしてるのだろう。それが残念だった。
お守りはまだ持っているようだ。
捨てたっていいのに。私はもらった指輪は捨てたんだから。
そっちで結婚相手が出来たって噂で聞いた。
出向してもう3年が過ぎた。
私も本部長に出世した。日本を離れることが余計出来なくなった。
二人の縁はここまでだ。
・・・ああ、もうこの話はやめよう。
アンケートに書いてもらったそれぞれの街の不満を纏めながら、お茶を一服。
どの街や村も、似たような不満が多かった。
これらを各国の文官に渡して改善してもらう事にしよう。
いよいよ『聖光拡祭』の開催日も決まった。
世界行脚ももう残りわずか、いくつかの街を残すのみだ。
大神官が先週状況を見にきた。相変わらずのイケオジだ。
「どうです、聖女様。状況は」
「今の所ミスも無し。どうにかなりそうよ」
「しかし、あなたの発案には、皆も驚きました」
「私みたいな力不足な子が来ても、これでどうにか出来るモデルケースを構築してあげたんだから、有難がれ」
「聖女様は相変わらずな物言いですな」
大神官にもこの態度!不遜と言わば言え。イケオジだからって容赦はしないわよ。
「それでさ。前から聞こうと思ってたんだけど」
「なんでしょう?」
「式典が終わったら、私はどこで暮らせばいいの?」
「それはもう。お好きな所で、お好きなように。国から支給される福利厚生で永眠まで保証されます」
なるほど。で、本当に聞きたかったのは・・・
「私、帰れる?」
「戻られる方もいますが、戻れない方もいます。ここを気に入って、戻らない方が多いですが」
「戻られるってのは、どうやって戻るの?」
「・・・己の力を使って、です。戻れない方は力が足りない。戻りたいですか?」
「ちょっとね」
「ちょっとでしたら見に行くだけなら。少ししか力を使わないですので。ですが、何回も行けませんよ」
そうか。
ちょっと見ることは出来るんだ。
ちょっと戻って、様子を見て、おめでとうとサヨナラを言う。
式典が終わって、落ち着いたら、ちょっと。
それまではきちんと仕事しなくてはね。
残りの街にて魔法陣を設置。
約1年の作業は終了した。
神殿に戻り、細々とした用意をしていると、侍女ちゃんがやって来た。
「あの・・」
「うん。エドールさんと結婚かな?」
「あ、はいっ!分かっちゃいましたね」
「おねーちゃんは鋭いのです。いつするの?」
「式典が終わって3ヶ月くらい先にと」
「よかったね!おめでとう!」
妹のように可愛がっていた侍女ちゃんが、男前なエドールさんと結婚!喜ばしい!!
「でもわたし・・聖女様のお世話をこれからもしていきたいのです・・だめでしょうか」
「え?でも、エドールさんはなんて言ってるの?」
「聖女様のお住まいになる場所の側に家を作って、通いで行くのはどうかと言ってくれたんです」
「えーー!エドールさんに悪いじゃん!!よし、あんた達の家は私が離れに作ってあげるから。二人ともおいで。子供も生まれたら、構ってあげるし」
「聖女様、それは」
「私はもう子供なんか産める気がしないからね。侍女ちゃんの子供を可愛がるのもいいかなーって思うし」
うん、悪くない。
そう言う未来もいいだろう。
今更現世に帰っても、1年仕事をほったらかしたんだ。
キャリアはもうボロボロよ。
本当の事を言っても、信じるとは思えないし。異世界で聖女やってたって!
誰が信じるっての!
そして数日後。
『聖光拡祭』は始まったのだ。
魔法陣ケーブルを解放!そして全世界は一つに繋がったのだ!
聖女の姿が、声が、魔法陣によって中継される。
『皆様、ミホ・ムカイです。お元気でしょうか。今から『聖光拡祭』が始まります。皆様、私と共に祈りましょう。世界の安寧を。素晴らしい世界を想像しましょう。あなたの未来が輝く日々でありますように。深く、深く、心深く祈りましょう。そして、皆様のお力を私にお貸しください。もっともっと、もっと!この世界を、皆の力で!!強く祈りましょう!!より良き世界を作るのは、貴方方なのです!!私一人では成しえません!!さあ、皆様!!祈りましょう!!そして、歌いましょう!!声に出して、皆と一つになって、世界をより良くしていくのです!!』
聖女の声と共に、魔法陣を通して力『りんご一個』が拡散していく。
聖女の声と共に、聖なる力と魔力が優しく交わって、光の帯となる。
世界中の空に、夜空に、朝焼けの、夕焼けの、空には光る帯がクルクルと回り、繋がっていく。
そして光る帯は空に巨大な魔法陣を描いていく。
人々は聖女の言葉を胸に、神殿の賛美歌を謳うと、身体がほんのり光り、ふわりと空に浮かんで帯になる。
聖女は『聖光拡祭』の呪文を詠唱し、印を結ぶ。
そして世界中の空に浮かぶ魔法陣が輝き、弾けるとキラキラと光の粒が舞い落ちる。
魅了は成功していた。
彼女と会った人々だけではない、会った人から話を聞いた人々も、聖女の魅了に掛かったのだ。
そして『聖光拡祭』に、皆は協力して魔力を貸してくれたのだった。
キラキラと瞬く粒が舞い落ちる中、聖女は音を立てる事なく魔法陣の中心で倒れた。
喧騒は彼女の耳に入って来なかった。
・・・・?
あ
まただわ
ここ、現世ね。また会社だわ
でもあいつがいるところは分からない
探す時間もない
デスクはあるかしら
腕輪が机に置いてある
ここがあいつの席か
・・・・・
腕輪、もう身に付けていないんだね
いいや、もう
ああ、メモがある。書けるかな
ペン、持てた
さ・よ・な・ら、と・・・・・・・・・
よし、書けた
カレンダーは・・・ああ、もう春なんだ
「向井?」
後ろから声がした
だけど、もう振り向かない
私の足が、膝が、下からすーーっとね、消えていく
「待て!」
肩を掴まれた。でもすり抜けた
・・私は目を閉じた
『聖光拡祭』が終わって1ヶ月。
「聖女様、お食事ですよ」
「あまり食べたくないの」
「だめです!最近全然食べないじゃないですか!」
侍女ちゃんはお腹が少し大きくなって、数ヶ月後にはママだ。
結婚は本当はあと2ヶ月後だったのに、私を看病するために早めてくれて、夫婦揃って私について来てくれた。
なんと有難い事だろうか。聖女は妹分の愛情と献身に感謝しかなかった。
そして、妻の気持ちを汲んで共に来てくれたエドールさんにも感謝していた。
聖女は『聖光拡祭』の後、力の使いすぎで虚弱な体になってしまった。
長く歩く事も出来なくなって、毎日ベッドで過ごしている。
聖女の報酬として、何処かの小綺麗な屋敷を貰い受け、離れにはエドール夫婦が住み、世話をしてくれるのに甘えている。この分だとそう先ではない時期に、彼女は天に召されるだろう。
今のうちに貰えるものは貰い、面倒を見てくれたエドール夫妻にこの家等を遺産として渡す気だ。
聖女はぼんやりと、青い空を窓越しに見つめる・・・
うん。
私にしては頑張ったかな?
空にはたったひとつだけ、弾け散らなかった巨大な魔法陣が浮かんでいる。
あれが消える頃には、聖女の効果が切れる。
いい目安だ。
消えそうになったら、また召喚するといい。
この世界で私が死んだら、私はどこで転生するのだろう。
今度はもっと素直になって、好きな人から離れないようにしよう。
そして出来すぎる能力をあまりひけらかさない、負けず嫌いな所も直そう。
彼女は目を閉じて・・・
『帰ってこい!!!』
「大丈夫か」
え?
「まったく、お前は・・・」
なんで私はここにいるんだ?
現世?
「もう俺の側を離れるなよ」
強く手を握られた。
ここは、会社内にある医務室のベッドだわ・・・
二度とも顔を見なかった彼の顔が、目の前にあった。
目尻に少しシワが増えてる。貴様もアラサーだもんね。
私が帰って来た事で、この世界は辻褄合わせ、時空の改変を行ったらしい。
私が消えたことが『無かった事』になっていた。
そして、椙が出向先から帰って来ていた。
実は彼の結婚話も噂だけだった。
「そんな噂が広がっているとは知らなかった!」
椙は吃驚していた。
頭に来て悔しくて、指輪を捨てたと言ったら、逆に喜ばれた。
「やきもちとか。あの鬼の本部長が、可愛いじゃないか」
「うるせーーやいっ」
「ふふ。前のよりももっといいのを買ってやるからな。今度見に行こう」
何よ、馴れ馴れしい。やーめーろー、髪がくしゃくしゃになるーー。
体力もなんだか戻ったのか、前の世界にいた時よりも具合が良くなっている?
異世界を救った私へのご褒美なのだろう、うまく辻褄を合わせてくれていた。
驚きだったのは、椙も私が異世界に行って来たのを、『知っていた』事だ。
現世に戻ってきて早2ヶ月。
私は相変わらず出来ないバカどもをこき使っている。
で、椙は出向先から帰ってCEOになった。ついに我が社も『欧米か!』私の上司だ。チッ。
世界規模スーパーの入札もバッチリ勝ち、今年も私の独壇場だ!
もう指針は決まっているから、デザイナーともうまく調整していかなければ。
「飯食いにこう」
最近椙は、こうしてコミュニケーションを取ろうと計ってくる。私はばたっと机に伏せ、
「ああ〜〜、だめだぁ〜〜〜今はだめだぁ〜〜〜。酒が、酒がないとぉ〜〜〜」
椙はぶっ、と吹き出した。
「はいはい。じゃ、7時に」
何時もの場所です。これで通じちゃうとか。恋人か!
椙は駅前のタワーマンションに住んでいるので、そこです。
椙の家に行くようになったきっかけは、『異世界』の話をするためだった。
こんな内容、創作でも人前では出来ない。
あの二度目に会社に『来た』聖女を見た椙は、私を捕まえようとして・・・・
気が付くと、真っ白な空間に立っていたそうだ。
で、急に綺麗な人が現れた。
なんでも転移の女神だとか。
どうして私が呼ばれたか、その理由も教えてくれたのだそうで。
「彼女は力が少なくて、『聖光拡祭』をしたらきっと死んでしまうわ。自力では戻る力もないの。だから、貴方は彼女に『帰ってこい』と呼んでください。彼女を戻してあげます」
帰るタイミングになったら教えるから、その時に『呼べ』と。
ああ、あの『帰ってこい!!』は、それだったのだ。
言われたとおり、私を呼ぶと彼の腕の中に戻って来た。私は気を失っていて、ぐったりしていて。
なんだか痩せていて、華奢に見えたそうだ。もう死にかけだったものね、私。
で、椙は私の服がどうやら寝巻き、ナチュラル派のワンピースにも見えたが、寝巻き。彼は焦ったそうだ。
だろうねぇ・・・会社に寝巻き姿とか。私の本部長としての立場が!!
まあ私、気を失っていたんですけどね?
私が現世に戻ると同時に、突然周りの景色がばらばらばらと剥がれ落ちた、気がしたそうだ。
気がしたと言うのは、剥がれた筈の破片が落ちていなかったので、『これ』が時間改変だったのだろう。
「おい、どうした!」
「向井本部長、大丈夫ですか」
さっきまで誰もいなかったはずの通路に、社員が彼の傍に駆け寄って来て、さらに焦ったんだって。
椙に抱き抱えられている私を見て驚いた顔をしてたとか。そりゃそうだ。
「向井のこんな格好は誰にも見せられない!寝巻きだぞ!というか、見せてなるものか!素顔だし!素足だし!
この姿は俺だけしか見せたくない!って思った、ははは」
なんですかねぇ・・・恥ずかしいですねぇ、照れちゃいますねぇ。
それから彼は言い訳を適当にして、大急ぎで医務室に駆け込んだと。
そして数時間、勤務時間が終了となっても、まだ寝ている私を起こしたと言う事だ。
カレンダーは、きちんと私が消えてからの日々が経過していた。これは無しになっていなかった。
いない間は『長期出張』と、彼女を知る皆の記憶に摺り込まれている。女神有能凄い。
「その・・転移の女神が、『改変』してくれたと」
「仕事もしていた事になっている。長期出張とかな。上手い言い訳を考えてくれたものだ」
「まー、あたしがいなくてもいい段取りにはしておいたからね!有能〜!」
「はいはい・・・くす」
元聖女はこの世界に戻る前、思っていた事がある。
今度はもっと素直になって、好きな人から離れないようにしよう
そして出来すぎる能力をあまりひけらかさない、負けず嫌いな所も直そう、と。
「おい、そろそろ二人の時は椙って呼ぶのやめろよ」
「じゃーあんたも向井って呼ぶのやめーーい」
「んじゃ・・・聖女」
「ぐはっ!やーらーれーたぁ〜」
彼女はどてんとソファに寝転んだ。
彼がじりじりと寄って行き、頬に音を立ててじゅーーーとキスをした。
「ぎゃーー、やーめーれーー」
「そろそろ結婚しませんかー。出産もそろそろ限界時期に近付いてるんじゃないですかー?」
「え!私との子供が欲しいですと??」
「優秀な俺と、有能なお前、出来の良い子供が出来る可能性無限大」
・・もっと素直に。好きな人から離れないように。
「しかたがないわねー。あんたみたいな人相手に出来るのは私しかいない・・かな?」
「なんだ最後の自信の無さは」
「もう少し慎ましく行こうと」
「へぇ。可愛げが出て来たか?美穂」
ニヤニヤする彼に、じろっと睨むもまだニヤつく彼の顔がにくたらしくて、彼の両頬を白刃取りした。
「こういうふうになるのは・・・光の前だけです」
彼の顔を引き寄せ、ちゅ。
「ほほーう、異世界で素直を学んだか。良き良き」
どうやら私は彼とどうにかなる予感。
異世界の妹、モッサちゃん、そろそろママになっている頃かな。
男前のエドールさんと仲良くしているかな?私が急にいなくなったけど、悲しまないでね。
私の遺産は二人にあげるって手続きしておいたからね。二人には本当、感謝だよ。
最後に。
女神様ありがとう。転移して聖女頑張った甲斐がありました。
彼と一緒になれるのは、貴方のおかげです!
思いつくまま、ほぼ1日1話ペースで書いていますが、そろそろ忙しくなるかな・・・
タイトル右のワシの名をクリックすると、どばーと話が出る。
マジ6時間潰せる。根性と暇があるときに、是非。
9月からはお題を『令嬢』で考えようと思います。