あんぱんより好きよ
香苗、それが僕の彼女の名前だ。
彼女とは職場が一緒で付き合って三年目。
僕が二十九歳で香苗が二十六歳。
いい加減身を固めようか。
僕はぼんやりと香苗との未来を何となくイメージしていた。
そんなある日、香苗が言ったのだ。
「信宏、あんぱんよりは好きよ」
彼女の好物はあんぱんである。
どのくらい好きかと言うと、三食あんぱんで生きて行けるくらい。
誕生日やクリスマスのプレゼントはあんぱんを希望するくらい。
好物なのだ。
しかし、あんぱんよりというのは非常に見極めが微妙だ。
何せあんぱんはどこまで行ってもあんぱんだからだ。
「そう、ありがとう」
僕は返答に困ってそう返した。
すると、頭に凄まじい衝撃が走った。
「いってーーー!」
涙目で周囲を確認すると、分厚い結婚情報誌が転がっていた。
「あんぱんより、好きよ」
何故か結婚情報誌で殴り付けた筈の香苗が涙目だった。
僕は彼女の不器用な愛情表現に笑みをこぼした。
そんな所を好きになったんだったな、と三年前を振り返った。
「あ、あんぱんより、好きよー」
おいおいと泣きながら訴える香苗。
鼻水が汚い。
鼻にティッシュを当て、チンさせてやる。
「じゃあ、結婚しませんか?」
香苗は僕に抱きついた。
あんぱんより好き、それは香苗にとっての最高の求婚の台詞だったに違いない。
おしまい