03
待ち合わせた時間の五分前に着いたのに、せーちゃんは既にもういつものその場所で涼しげな顔をして私をこっちこっちと手招いていた。少し駆け足でそこに向かう。思わずへにゃりと顔が緩んだ。自分の笑顔なんて醜くて好きじゃないけど、せーちゃんは私の笑顔を見て安心したように笑う。なんで?
「相変わらず早いね、何分待った?」
「んー、今来たばっかだよ?」
「ぜってー 嘘だー」
ふふ、と穏やかに笑い声をあげるせーちゃんを見て私も笑う。さて、と小さくつぶやいて腰を上げたせーちゃんは私に手を差し出した。ごく自然な動作でその手に自分の手を重ねる。ぎゅ、と力が込められる。私も握り返した。幸せを感じる前に安心する。大丈夫、私には神様がついてる。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「りょっかい」
いつも通りのやりとり。私は前々から行きたかった場所をプリントアウトした数枚の紙を、せーちゃんに見せようと鞄に手を伸ばした。しかしそれはせーちゃんの一言で止まる。
「ごめん、やっぱり行きたい場所があるんだ」
せーちゃんが自分の要望を口に出すのは珍しい。せーちゃんは気付いているのだ、私に行きたい場所があるということを。それなのにそれを無視して自分の意見を言うのは本当に稀だ。ちらりとせーちゃんを見れば申し訳なさそうにしている。私はまたあの醜い笑顔を見せて、「いいよ」と一言。せーちゃんは安心したように笑った。
「どこ行くの?」
「秘密、ついてくればわかるよ」
そう曖昧に行き先をぼかしてせーちゃんは私の手をひいて、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。会話は殆ど私が雪崩れるように言葉を発し、せーちゃんが相槌を打つ。なんでもないように、なんでもなかったように、私は空元気に言葉を発し醜い笑顔をはりつけた。段々話題も減って口数が少なくなる。あたりを見回して、やっと気付いた。
マサを埋めたあの山に近づいてきている。
景色は、住宅街を通り抜け、緑の多い湿った土の道を暫く進んだ、陽が木々の枝の葉に殆ど遮られた閉所といってもいいような狭く、暗いところだった。
この先にはあの山しかない。途端にあの赤を思い出す。そして、自身の穢れを思い出す。
神様に血なんて合わない。私は咄嗟にせーちゃんの手を振り払った。否、振り払おうとした。なのにつながれた手は、景色と恐怖のせいで気づかなかったけれど痛いくらいに強く強くつながれていて。
嫌だ嫌だ嫌だこんなつもりで今日せーちゃんを誘ったんじゃない私はただ忘れたくてなのになんでそんなことするの、
嗚呼、そうか。
せーちゃんは神様なんだ、きっと神様はこの罪を忘れるなと言いたいんだ。気付いた瞬間、抵抗する力も否定する気も失せた。大人しくまた、せーちゃんの手を弱く握る。
少し泣きそうになりながらせーちゃんを見上げれば、せーちゃんは「ありがとう」と囁いてまたあの穏やかな笑みを浮かべた。
低く傾斜の緩やかなこの山、相良山は小さい頃から私とせーちゃんの遊び場だった。道も場所も、大体覚えている。
少ししてマサが埋められている、少しだけ視界の開けた場所に出た。せーちゃんは、私の手を離した。少し寂しくなった片手を握りしめる。
せーちゃんは、言った。
「掘り返そう」