02
せーちゃんは部活の朝練があるから朝が早い。私はいつも通りに八時十五分くらいに学校に着き、遅刻五分前に教室に戻ってきたせーちゃんに「おはよう」と声をかけた。せーちゃんは私の姿を視界に認めると、途端に頬を緩めて嬉しそうに「おはよう」と返した。
私とせーちゃんは、去年と一昨年の頃は同じクラスになれなかったものの、今年は同じクラス、三組だ。席はそこそこ近い。
少しするといつもは気だるそうにしている担任がやけに泣きそうな顔でドアをスライドさせて入ってきて、開口一番にマサが昨日から行方不明な事を告げた。三組は大袈裟なほどにどよめく。マサはそこそこ人気者であり、女子にもちゃっかりモテていたやつなのだ。私は思わずびくりと肩を揺らした。そうだ、当たり前だ。人が一人見つからないんだ、大事になるに決まってる。こっそりせーちゃんを盗み見れば、彼も皆と同じように心配そうな表情をしていた。なんて、余裕。私は俯く。この混乱は暫く収まりそうになかった。
震えながら一時間目の英語の授業を聞き流し、休み時間になった。
相変わらず俯いているとぽんと頭が叩かれ、私は逸る鼓動を落ちつけてどうにか振り返った。
「大丈夫?」
比較的仲の良い日向の心配そうな声に笑みを作る。
「大丈夫だよ」
「…リオとマサ仲良かったもんねー。心配だよね、 いや大丈夫すぐ見つかるって」
軽い調子でそう告げる日向に、顔が強張った。見つからないよ、だって私が殺したから。
「……だよね、うん。 ありがとう」
でも本当にそうだったらどんなに良いか。
それから特筆すべき事もなく、放課後になった。いつもせーちゃんの部活が終わるまで、私は教室で読書をして適当に時間を潰す。今日もそうだった。昨日歩きすぎたせいか少し痛む脚をさする。僅かな痛みに顔をゆがめる。枝にでも引っかけたのだろうか、擦り傷があった。今更気づくのも遅い気がするけれど。
さすっていた手を見る。昨日べったりとついていた、念入りに落とした赤が見えた気がした。私はきっとこれからもマサの死をひきずっていく。漠然と、そう思った。
一昨日借りたやけに長い推理小説がやっと謎解きへと移った頃、部活が終わったようでせーちゃんは教室に戻ってきた。
「帰ろう」
「うん」
本をぱたんと閉じて鞄に押し込む。立ち上がってせーちゃんの横に並んだ。
他愛ない話をする。マサの話題は意図的に避けた。せーちゃんと今日は三叉路で別れ、私は家へ向かってのろのろ歩きだした。
けど、ふいに思い至って立ち止まった。少し後ろには、私に背を向けどんどんと遠ざかっていくせーちゃん。
追いかけ、追いつき、肩を押した。せーちゃんは驚かない。いつも余裕綽々なのだ。荒い息で私は明日、土曜日の約束を取り付けた。せーちゃんは笑う。無邪気に笑う。