忙しい
心を亡くすと書いて『忙しい』
どうせ心がなくなるのなら、何かに夢中になっていた方が楽しいのに。
例えば恋とか。
いつもボッーっとしてる奴だった。
そんなにボッーっとしていてちゃんとやれてんのか少し心配になっていた、が、
アイツは班でのレポート作成も、自分の分はいつのまにか終わらせて後は本でも読んでいた。俺は代表になってしまったがばかりにまとめも発表も引き受けて慌ただしかった。
アイツは宿題を忘れたところも見たことがない。3教科一気に出された時もほとんどの奴が手をつけなかった中、しれっと提出していた。俺はもちろん一番に提出したけどな。
委員会活動も、委員長のくせにボッーっとしている。かといって副委員長が代わりに仕事をするわけでもなくうまく分担して活動している。
その副委員長は、まあ俺な訳だが、
「じゃあ、来月の取り組みと、それに関するスローガン、ポスター作成、時間調整などなどを今から決めてくね。」
相生の号令で始まる放課後の委員会。各クラス2名ずつの図書委員会が集まっている。
司書の先生はいないから結構なんでも好きにできる。好き勝手できるということはその分やる事も多いって事だけど、
「読書週間で、今までやってきたのが、クイズラリー、貸出ビンゴ、読み聞かせなどなど。この中から決めてもいいし、何か意見があるなら出してね。」
最上級生の割に、威厳が全く無くてヘラヘラしてる。こいつの締まった顔見た事ないかもな。なんて思いながら黒板にチョークで書き込んでいく。
「お手紙とかどうですか?」
1年生がおずおずと手を挙げながら答えた。
「えー、どんなんなの?」
相生がヘラヘラしながら聞いていく。
「自分の好きな本にメッセージカードみたいに感想書いて挟むんです。で、次に借りた人がまた感想を書き込んでどんどん増えていくんです。」
確かに面白そうだけど、どうやってしてみたらいいのか具体的に分からない。とりあえず黒板に書く。
「うんうん、面白そうじゃん。用意するのは、なんだと思う?」
「えっと、本とメッセージカードですか?」
「それだけじゃあ弱いね。全部の本を対象にしたら回収出来ないから、図書委員が1人1冊選んでコーナー展示にすればいいよ。だから、展示場所が必要だね。それは、月毎テーマの棚をどければすぐだろうね。」
「先生にも選んでもらったらいいんじゃないですか?」
俺も意見を出してみた。
「あ、それはいいかも。古杉先生可能ですか?」
相生は後ろの席でみんなを眺めていた委員会の先生に声を掛ける。
「まあ、生徒の頼みならみんな聞くだろうよ。職員会議で声かけしとくわ。」
存外乗り気だった。
「じゃあ今からすることは、メッセージカードを書く本決めと、そのメッセージカード作り、告知ポスターと展示場所のレイアウト。係り決めしていくから早いもん勝ちな。」
相生がそう言うと俺からチョークを借りて、メッセージカード作り、告知ポスター、レイアウト、と書いて
「じゃあ、自分の名前を書き込んだ奴から本決めしてけー。」
とチョークの粉を払いながら言った。
みんなが前に出て名前を書き込んでいく。
俺と相生は総括になるので名前を書かない。みんなの様子を遠目で眺めている。
その時に、相生が声を掛けてきた。
「草野っていつも真面目だよな。疲れない?」
「相生がヘラヘラしてるだけだろ。」
「ヘラヘラって、そんな風に見てたのか。」
「でも、なんか、ヘラヘラしてるくせにやる事ちゃんとやってて、忙しくしてる俺がバカみたいに思えてくる。」
「んー、忙しく出来ないんだよね俺。自分のやるところをちゃんと決めておけばいいじゃんって思ってるから。そうしたら、それ以上しなくていい。それでヘラヘラできるんだよ。」
「それって、いつも忙しくしてる俺に対する当て付けか?」
俺の右手にはまだチョークの粉が残っている。制服につけても手につけてもまあまあの嫌がらせは出来るんだぞと言うアピールを込めて手を出そうとした、その時。
「どうせ心がなくなるのなら、何かに夢中になっていた方が楽しいのに、例えば恋とか。」
俺の右手の攻撃を分かっていたのかさっと手を掴んで自分の方に傾けて耳元で囁いた。
「はあ?」
不意を突かれてつい大きな声を出してしまった。係り決めをしていた生徒がこちらを向く。
「早く決めてねー。本も決めたいからねー。」
と、何事も無かったかのようにみんなに呼びかけた。みんなの視線が黒板に戻る。
「草野ってば、何照れてんだよ。耳まで真っ赤だ。」
相生はそう言って笑った。
俺は笑えなかった。
気持ちを見透かされたと思ったから。