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六話《お昼時と緑》

 お昼時の食堂には、「静か」というものが存在しない。至るところに視点があって、雑音発声機がところ狭しと群れている。

 けれど、この一週間に思いしったのか、極度にマナーが悪い人は居ない。

 それらの意識がこちらなんて認めないことをわかっているはずなのに、身を竦めてしまう。

 

 先程図書館で誘った本人は、何も気にせずに食券機へ歩を進めて、どんどん奥へ行ってしまう。

 一人で歩くよりはましだ、と思って緋波の後ろを小走りする。

 

 喧騒にもまれ、じんわりと湿った背中。

 

 こんなことで緊張する自分をどうにかしたい……。

 けれど、丁度お昼時なので、人混みは避けられない。何故、その事を想定せずに同意してしまったのか。過去の自分への恨みは止まらないが、自然に頷いてしまったのだ。

 

 仕方がない……けどね。

 けど……なんで私の分まで注文しちゃってるの、この目の前の人は!

 「深蒼、うどん好き?」

 「あ、うん。好きだけど……」

 どうせなら、注文する前に聞いてほしかったよ。

 というか、私、お金渡してない!どうしよう。

 やっぱり、悪いから

 「あの……お金払いま」

 「良かったー。じゃあ私が持っていくから席二人分よろしくね。」

 

 私の言葉を素早く遮って、彼女は颯爽と去っていった。

 

 文句を一つや二つ言いたいところだけど、折角の厚意なので私もすることをして、返さなければ、と想った。

 食堂は中庭に接していて、大きな窓(というよりはガラス張りの壁)から緑が迫ってくる。

 木漏れ日が揺れていて、淡い光も濃い光も一様に緑色を纏っている。

 それが、すごく綺麗で、ここが建物の内側だなんて忘れてしまう。

 風もなにも皮膚には感じないが、その影が揺れる度に、何故か吹き抜けていくような感覚を何度も味わった。

 その光景には時間なんてものは存在しないから、何分突っ立っていたのかは自分ではわからない。

 

 「あ、居た居た。ここねー。良いじゃん、緑が綺麗だし二人用の席だし。」

 

 にっこり笑って、彼女は私を建物の中へ連れ戻した。

 

 机をはさんで、椅子に座る。

 机の上にのっているのはきつねうどん。だしが薄い金色で、水面がてらてらしている。

 「いただきます。」

 予想通り美味しかった。

 見た目と味の素朴さは、一周まわって良いあじを出していて、油あげも、麺も、美味しかった。

 「席、取ってくれててありがとうね。」

 「いえ、こちらこそ、うどんありがとう。永倉さん。」

 「永倉さん……って、緋波で良いのに。」 

 「じゃあ……緋波、ありがとう。」

 彼女は笑いながら、うどんをすする。

 

 とてもよく笑う人だなぁ、と思った。

 うどんの器に、正確に造られた箸と、私のぎこちない笑顔が映る。

 貴女みたいに笑えたら良いのに。

 

 緋波はその後、うどんの器を返しに行っただけはずなのに、その手にはソフトクリームがあった。

 予想外な出来事に、呆気にとられた深蒼は『うどん、食べたよね?……』と緋波の動作を目で追うが、気付かれたので、ぎこちなくガラスの先に視線を移した。

 

 ソフトクリームを食べ終わった緋波は、大満足で部屋に戻る。

 なんだか、道途中で別れる良い言い訳も、良いタイミングもわからなかったので、深蒼は部屋のドアを閉めるまでを緋波と共に居た。

 もし、どちらかが思い付いていたなら、きっと広い中庭のどこかの木の太枝に、膝を曲げて居た頃だろう。

 

 昔から木登りは好きだ。周りの子がおままごとで遊ぶ中で、一人だけ木に登ったり、坂を滑ったり、何かと身体を動かした。その文からとれる元気さの割には、静かに淡々としていたけれど。

 

 机に置かれたファイルは透明で、昼前までに済ませたレポートの顔が覗く。

 図書館での変な緊張は取れたのに、あのページが心に重くのし掛かる。結果は変わらないのに、きっかけが人為的であったと言うだけで、こんなに、あの動物たちに抱く感情が変わるものなのか。

 もしかしたら、ネットで見たように、本当に人間が弄ばれていた可能性も……?

 

 いやいや、そんなわけ無いだろう。

 

 深蒼は頭を軽く振って、そんな考えを吹き飛ばした。

 

 とにかく、第一の課題は終わった。

 傍らのファイルを鞄の中に入れて、ノートを取り出す。

 課題は一つだけではない。

 

 さっきまでの考えを追い出すように、横線が平行に並ぶ白紙に、ペンを進める。

 

 

 緋波が呼ぶ、後ろからの声は聞こえてなかった。

自粛中なので、なるべく月2は投稿頑張ります。

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