五話《図書館の禁書》
永倉さんとは別のクラスだから、部屋が一緒な事以外は接点がない。
だから、図書館に入るなり、静かにしなければいけないことを理由に、ほんの少しの受け答えで済ましていた。
「何処探す?」
「災害のコーナーとかかな。」
「あ、なるほど。」
「他のところにもあるかもしれないから、私は別の方探してくるね。」
永倉さんには悪いと思いながらも、別行動に持っていく。決して嫌いな訳じゃない。ちょっと、そう、少し慣れないだけ。
小説のコーナーを歩く。ふと、茶色い背表紙が目に入った。その一冊だけが、新しめの本の間に不自然に存在していた。
本棚から抜き出してみると、それは元々茶色い装飾ではなく、古ぼけて黄ばんだ色であった。
表紙だけでなく、ページ一枚一枚がそうであったことから、ここで相当な年月を過ごした本なのだろう。
たまたま手に取った本はSF小説だった。AIが人間の生活を支配し、それに人間たちが抗う物語。AIの、人間のアイデンティティーとはなんなのか、に重きを置いた作品で、少し読み入ってしまい、何を探しに来たのかをド忘れする。
「え~と……なんだっけな。」
本来の目的である“生物学”の近くを素通りし、うろうろと奥の方へ歩いていく。
だんだんと本の厚みが増していき、本が好きな深蒼にとっては吸い込まれるのが自然だった。いろんな本を取り出しては戻し、背伸びしては高いところへ手を伸ばす。
それは日本の歴史を語った物だったり、兵器の推移だったり、妖の図鑑(と言っても文ばかりで挿し絵は少ない)だったりした。
十何冊目かの本を開いたまま、手が止まる。
何を探していたかを思い出したが、たまたま開いてしまったページで、それを吹き飛ばすほどの衝撃が走った。
そう、この本は首都圏大地震での、ある研究所の被害について書かれている物。
資料集のような、装飾も一切無い簡素的な物で有りながら、中身はその見た目の正反対の更に上をいった。
謎の研究所の正体は、生体実験場だったのだ。病原体が流出なんてものがやわく感じるくらいだった。
周りに被害をもたらしたあの奇怪な生物たちは皆、あの「妖」の実験台。漏れだした何かに感染した哀れな野性動物では無かったのだ。
読み進めるべきでないことはわかる、この内容は知ってはいけないことだと頭のなかでは大いに理解していた。
『早く閉めなきゃ』という警告が鳴り響いている。
それでも、私の手はまだページをめくろうとする──
「何してるの?」
ハッとして、声の方を向く。
知ってはいけないことを知ろうとした身。どうなるかはわからない。薄い覚悟を持ったが……。
目の前にいたのは、永倉緋波。
「ここ、禁書コーナーだよ?」
「え?」
本に夢中で全く気付かなかった。
そうか、道理でこんな本を手に取ってしまったのか。
後ろめたく本へ向けた視線に、緋波はめざとく気づき、つかつかと寄ってきた。
そして、私が開いていたページを覗き込んだ。
何かを察したのだろう。
顔色を悪くして、本をゆっくりと閉じた。
けれど、私がめくれなかったページを何度か進めていた。
私はその部分が何かはわからないけれど、あのページと同じような、内容であったと思う。
彼女は無言で本を元の場所に入れた。
「深蒼、レポートの、見つけたよ。
いくつか本選んで取ってきたから、早く行こう。」
「あ、ありがとう。」
永倉さんの声が、響いた。
そして何事も無かったかのような足取りと声で禁書の場所を去る彼女を私は追いかけた。
彼女に案内された机には、雑多に本が積んであった。確かに、本を選んできてくれていた様で、どれをとっても、それぞれ違う視点や話題で書かれていた。
二人とも、さっきの本の話はしない。
ただ、黙々とノートに気になる記述を抜き出したり、浮かんだ感想や文を書いたり、必要な資料を探しに行ったりを繰り返した。
昼を迎えるまでには、互いのレポートは書き終わった。
「終わった……。」
「お疲れ、私も今書き終わった。」
「深蒼は、何書いたの?」
「え~と、研究所の、こと。」
けれど、さっきの本の内容は一切加えていない。
空気が固まるが、すぐに溶ける。
「そっかそっか。そういえばお腹すいたな~。今から一緒にご飯食べに行かない?」
朝御飯を食べていないので、同意する。
いつもなら、こんな初対面と同じ人とは食事なんてしないけど、同じ危うい綱を渡ったことで、何故か距離が縮まっていた。