表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

二話《精神的危機》

 教室に戻って少しすれば、予想通り、他生徒が入ってくる。2~3人で入ってくる男子生徒、女子生徒。一人、俯きがちに入ってくる生徒も、胸を張って入ってくる生徒と、様々だった。空いたマス目が徐々に埋まり、人の頭が周りに立ち並ぶ。本当に一番後ろの左端で良かった。360°人間に囲まれるなんて、緊張しすぎて登校初日に胃潰瘍にでもなりそうだ。

 それでも、右前90°分から見える存在たちに自然と目が伏せてくる。それを頑張れ私、と持ちこたえて前を見据える。

 

 色々な音や声が行き交う教室に、1つの音が響いた瞬間、数刻前の喧騒が嘘のように静まり返り、一人の足音のみが響く。その人物は、ゆっくりと扉を閉めて、教卓へ冊子を投げおく。固い表紙がまた、静かな教室を鳴らす。

 「えー、俺がお前らの担任となる、しずむらけいだ。漢字はこう書く。」

 黒板には静村啓、と白い文字が縦に書かれた。ボサボサの頭に襟の伸びたTシャツ。これが入学式当日の教師の格好だろうか。多くの生徒はそう、疑問を抱いたにちがいない。しかし、そんな生徒の心情も気にすることなく、静村は続ける。「お前らも知っての通り、ここは養成施設だ。それに、義務教育だって終わってるんだから退学なんてざらだし、有名な話は知っているだろう。」有名な話、というと、決まりきっている。毎年、落第者が続出し、卒業生は極僅かという話だろう。「お前らのなかで、誰が生き残れるだろうな。何人、俺のクラスから二年次が出せるだろうか……。そうだ、今の予想で言うと、だな……。」静村は先ほど教卓へ投げおいた冊子を手に取り、一人ずつ指差していく。どうやら、名簿か席かが書かれていたようだ。「浅見……。」名前を呼ばれるだろうか。もし、そうだったら恥ずかしい。でも、嬉しいかな。呼ばれたらなんて反応すれば良いんだろう……なんて、淡い期待を抱く。

 

 

 また一人

 

 また一人、と


 

 あの指は人を指してゆく。

 

 

 

 「林藤……だな。」いつの間にか終わっていた。私の名前が呼ばれた記憶はない。気付いていた。私より明らかに五十音順で遅い人が呼ばれた時点で。ほんの少し前の恥ずかしさは別の意味で襲ってきていた。いくら競争率が高い第一関門をくぐり抜けてここに居るとは言え、周りのレベルに追い付いていくのが精一杯で有ることが頭の奥ではわかっていた。大した自惚れだ。持ちこたえていた気持ちも萎えて、頭が垂れる。

 再度机に置かれた冊子の音は、先程とは違い、とても重く聞こえた。

 「はい、まぁ、今のところだ。気にするな。じゃあ、挨拶。すぐ入学式が始まるぞ。お前らの祝いと、一年間を勝ち抜いた先輩方、二年間のふるい落としを耐え抜いた先輩方、そして卒業候補の優秀な先輩方とのはじめましてを兼ねた、一大イベントがな。」手の叩く音に数秒遅れて皆が立ち上がる。「よし、じゃあ番号順についてこい。」そう言って、静村は教室を出る。

 

 

 

 たどり着いた式場は、とても広かった。体育館等ではない。立派な、式場たる式場であった。新入生以外はもう、席についており、厳かな雰囲気が漂う。式場の中はホールのようになっていて、一段目、二段目、三段目には上級生。新入生の席は二階に設置されていた。ここで、新入生は改めてここでの試練の過酷さを知る。

 席の配置は前から見て扇形。つまり、段が下がれば下がるほど、学年が上がれば上がるほど、席は少なくなっているのだ。

 一番前の席に座れるのは、あの席にたどり着けるのは、ごく限られた強者だけなのだ、と思い知らされる者は数少なくない。後ろ姿しか見えないが、皆堂々と前を向いているのが背中からわかる。背中を追うとはこの事か。この程度で狼狽えていては、次の年の桜を拝めはしない--。

 

 

 全員が座り、静寂が式場を包む。そして、入学式が始まるのか、後ろから照明が消えていく。ただ、完全には消えていないらしく、薄暗い程度だ。そんななか、小さく、歩く音が聞こえる。「え~、マイクテス、マイクテス…」いきなりのスピーカーからの声に、スポットライトと共に目線が前に集まる。

 

 照らされていたのは演台と、マイクを持った女性。前のめりになって、片手を演台に置き、もう片方でマイクを持っている。髪をポニーテールで一つにまとめていて、その長さは演台で隠れて見えないが、大体腰の辺りまであった。しかし、一番目を引いたのは、その堂々とした立ち姿のなかの美しさだった。

 

 「えー、よし。それでは、式を開くにあたりまして、まず始めに、私から開式の辞を述べさせて頂きます。春の麗らかな陽気と共に、桜並木が映える青空の下、こうして新入生を迎える日がきました事を、心から喜ばしく思います。そして、今日を迎えた皆様に心からの祝福をお贈り致します。」

 

 彼女は演台を離れ、ステージの上でゆっくりと歩を進める。

 「わが校は大変厳しい。日々が崖であります。足を踏み外せば即退場。しかし、その崖を越えた先にある景色を、私達の先輩は見てきました--。」手を差しのべるように、二階へ手のひらを仰ぐ。

 「その景色を目に入れたいとは思いませんか。共に手を取り、一人でも多く頂へたどり着くため、今日からは己との戦いです。次回の式にまた、相見える事を祈りまして、これを開式及び閉式の辞とさせていただきます。」その人は綺麗な礼をして、その場は締め括られた。

 

 いつの間に閉式も込められていたんだ、なんて思ったのは教室に着いた後の事。前の方の席の子が、静かに手を挙げて、質問をしたのだ。「先程のは式ですか?一人の先輩が前でお話をしただけで引き合いも、学園長や校長のお話も無かったです。これから別の場にまた移動なんて面倒とは思いませんか。」

 至極真っ当とも思える意見に、静村は鼻で笑った。「後ろ姿だけじゃ何も感じなかったか。なら、お前はそいつらを越えるさぞ優秀な奴なのか、それとも、凄さも理解できない猿の亜種か……。どちらなんだろうな。」嘲笑のような笑い方のせいなのか、馬鹿にしたような内容のせいなのか。顔を赤くしてその子は無言で席に座る。

 言われれば、後ろ姿で十分だった。凄さも気迫も伝わってきた。言われてすぐ納得するところ、もしかして私は流されやすい性格なのかもしれない。それでも、背中から物語られる空気は、引き合わせには十分すぎた。

 

 そして、最悪な、予期していた通りの事が、私に降りかかることを知らされる合図が今、発せられる。

 

 「じゃあ、恒例の自己紹介からいこう。」

 

 

 

 

 挽回をしようと思ったが、非常に「ヤバい」状況である。

 必ずある、初日のパターン。

 

 何故。

 

 何故私は準備を忘れていたのだろう。せめて、せめて朝着いた時点で思い出せていれば何かを考え付けたのに。もう五分とない。一番左端……ということが仇となった。出席番号は私達から見て左の列から始まる。ということは、もう二、三人で私の番ということになる。

 考えろ。考えろ私。最初のイメージとしてつけるべき要素、流れを決め、過去の記憶からの資料から抜粋、文章構成--

 

 椅子を後ろに引く。そして、前傾姿勢になり、机に手を添えながら体を上に持ち上げる。

 

 前の人へ向けられていた全席の視線が私へ移る。緊張感なんてものじゃない。足が小さく震えるのを無理矢理止め、ゆっくりと顔を挙げて

 

 私は、笑う。

 

 「朝宮、深蒼(あさみやみそら)です。よろしくお願いします。気兼ねなく話してくれたら嬉しいです。」

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ-- 

 

 

 どうして、こんな悪しき習慣がこの国には残っているのだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ