八話《文の挑戦と違和感》
次話投稿が大変遅くなり申し訳有りません。
静村は紙束を前に固まっていた。正確に言えばその中の一枚に何度も目を走らせているのだ。
目の前にあるものは、静村自身が受け持つ生徒に課したレポートであった。初の週末に心踊る生徒たちは、うなだれた様子で、その雰囲気通りの薄いものが大半だった。そんなものが堆く積まれている。
──文字数が稼げればいいってもんじゃねぇのに…… 努力したであろうもの、丁寧なもの、その後多々あったが、内容が伴わなければ意味がないし、第一、「これは頑張って書いたんだな」等々……一人一人にどのアドバイスや評価をつけようか悩めるほどの良い教師ではないことを、自分が一番わかっている。
静村はさっさと評価をつけていく。良いものも同様に秀か良として、大体十秒で評価する。
長年こんな仕事をしていると、文章がうまい人間や構成・内容が課したラインを遥かに越えるレポートなど見慣れてくる。
だから、今回もざっと目を通す感じで、そのままコーヒーでも飲む予定だった。
だが予定が狂った。この一枚のレポートのせいで。いや、それに対する小さな違和感のせいかもしれない。効率的にしなければならないとはわかってはいるが、頭のなかで響く僅かな警鐘を頼りに見返していた。
それがただの気のせいだと証明するために。
あまりにも無謀で、非効率的で、終わりがない行動だと、わかっていたはずなのに、何故とってしまったのかわからない。
視線が止まる。見つけた。ここだ。
この部分は出典に書かれたものに、類似の内容はほぼない上に、まさか内容の情報から自ら想像したにしては飛躍しすぎている。
それは、あの研究所のこと。
自分が出したテーマの事を理解し、沿っている。それだけなら良い。
問題は……
例の研究所内の研究内容。
それを、如何にして思い付けるだろうか。
書庫にでも入ったのか?
漏洩したか?
ましてや、現場の生き残りでもなし……
「そうか……」
静村の頭に、入試の時の記憶がよぎった。
この生徒はあの時、職員室(仮)で回されてきた文を書いた生徒か。
クラス選抜の際に、誰よりも遅く書き上げた。
何度も書いては何度も消して、また書き直したらしい、くしゃくしゃの消ゴム跡の残った用紙を提出した奴だ。
題は、「この建物の感想」
入試には、作文を書かせよう!と何故か、意気込んだ数名による、今年だけのもの。
(まあ、正直言うと、毎年異色のものが、教師陣の気分で行われているのが現状だが。)
着眼点や、語彙……その他諸々が文章には現れる!と熱弁した者の手により、実現してしまった。
個人的には、入試には全て教師が立ち会うし、作文がなくても個々人の能力は測れる、と思ったが、なにぶん、静村は担当ではないので無視した。
もれなく、担当のものたちは大変な思いをしていた。
というのは置いておいて、重要なのはその回されてきた作文の中身の方だ。
大方は良い部分のことが書かれていて、感想文、という感じだったものの、この1つだけは違っていた。
何故か、一人だけ中庭の事を書いていて、
「中庭を拝見した際に、緑がとても綺麗で、印象に残っています」……
「手入れもされていて、木々のレイアウトも四季ごとに映えるようにされ、癒される空間です。」
「ただ」
「アルカリ性土壌を好む植物と酸性土壌を好む植物がありますが、無理やり、最適pHに外れるところへ植えるのはどうでしょうか。」
あろうことか、改善案を出してきたのだ。
同じ季節に花を咲かせる木はこれで、葉を散らせる木はこれで、花は……
園芸的なことをなにやら並べていたので、わからないこともあったが、それを想定してか、横には素人目にもわかるような図示があった。
実際に測ってみた土壌は、この生徒の言うとおりの結果で、尚且、「もしかしたら」と思った者がそのようにしてみると、細かい違いがわからないが華やいだと言う。ちらとしか通っていないはずの中庭の事をここまでわかるものかと、騒がれていた。
これこそ目の付け所や知識、作文に絵を書き込む発想力だ、常識に囚われない子だ、と。
それだけの奴なのだから、大人しそうに見えて、相当キャラが強いのかと思えば、
自己紹介の時も、何も、印象に残らない生徒だった。
独特な雰囲気もなにもなく、存在が、ただそこにある。そんな生徒。
笑うし、話すし、なんの変哲もない、生徒。
あえて言うなれば、薄い。
そんな奴が、二度も文で挑んでくる。
もう一度、レポートに目を通す。
少々ぶっ飛び過ぎた内容くらい、あるかもな、こいつなら。
そういう気になる。
さっと隅に小さく丸をして、秀と書き込んだ。
何か知っていたらそれまでだ。
警戒さえしていれば良いだろう。
静村はコーヒーを淹れに立ち上がる。
「やったね!凄いよ深蒼。担任ってあの静村先生でしょ!?
あの先生、生徒に厳しくて有名なんだよ!」
どこから持ってきたかわからないよう情報を振り回しながら、緋波は私のレポートを振り回す。
そして、端に書かれた小さな秀の字が、いかに珍しく素晴らしいことかを熱弁する。
「そう……なんだ。」
そこまで喜ぶことなのかはわからないけれど、確かに、静村先生は厳しい。
だって、返し終わったあとに、冷ややかな目をして言い放ったのだ。
「お前ら全然駄目だな。」と。
まずは、二つ前の席の男子に白羽の矢がたった。
「例えば、お前。そう、俺が今指差してるお前だ。そのレポート、書く気有るのか。何が云いたいかわからない。大まかには地震だ。おう。確かに、そのテーマだが、何故唐突に電気の話が来る?論の展開が出来ていないし、何より、お前の興味は聞いていない。」
「それからお前。」
指はすっと横に動く。捉えたのは私の斜め前のポニーテールの子だ。
「お前も、ごちゃごちゃしていて分かりにくい。例が話の七割八割ってどうなってんだ。お前の意見はどこだ。こっちは、接続詞多すぎて嫌になったわ。」
──等々……静村先生は、もしかしたら全員分のものを覚えているのかもしれない。
結局教室に居た過半数が弱点を指摘された。
その中に入らなかったのは、良かったかもしれない。もし私が当てられていたら、心が折れていただろうから。
「凄いよ、凄いよー!」
未だに同室の彼女は自分事のように喜んでくれている。
少し微笑ましい気持ちになった。
対して、試験で結果を残せなかったのに、受かれて良かった。
お母さんとお父さんがすすめてくれたから頑張ったけど、こんな出会いがあるなんて、本当に感謝しかないや。




