壊れた夢の道
僕はいま、とある1つの"道”を歩いている。
果てしなく続くこの長い道。
みすぼらしい服を着て泥で汚れた帽子を被ってる。持ち物はパンと水の入ってるリュック。目的もなく僕はただこの果てしない道を歩いているんだ。
どこまでも続くこの道を。
少しだけ僕の昔話を聞いてもらおうかな。て言っても大したこともなかったんだよね。
僕はある貧しい国で生まれた。
誰が親なのかは──知らない。お父さんの顔とか、お母さんの声とか、何にも知らないんだ。
けれど、気がついた時には1人で街の廃墟の中にいた。1番古い記憶は、冷たい床の上で座ってた。 言葉も理解できなかったけどお金のことや食べ物のことは何となく分かってたから、生活には支障なかったよ。
お金はいつも道に落ちてた金貨を拾って生活してた。でも街の子供達からは会う度にいじめられたし、大人は僕のことを見ても汚いものを見る目をしてた。
パン屋のおじさんまでそうだったんだよ? おかしいよね。
そんな僕は12歳になった時に、旅に出ることを決めたんだ。行くあてはないけどこの『終わりなき道』を歩くんだって。
この道は世界の中心でここを歩けばどこへでも行けるって本に書いてあった。
文字を何とか勉強して知ったんだ。僕の知ってる唯一の道。他の道を僕は知らなかった。
そして僕は故郷を離れた。ずっと夢だったこの道を歩いていく旅を始めたんだ。
孤独だけど自由で、希望に満ち溢れたこの道を。そして僕はすぐに身支度を整えて出発したんだ。
昔の僕は、故郷に捨てて……
これが僕の昔話。どうってことないでしょ?
貧乏な国にならどこにでもいる、ありふれた子供の話。──ここからは僕の旅の話をするね。
旅の話は楽しいと思うよ。少なくとも僕は、ね。
この道はとても不思議な道なんだ。みんな知ってるはずなのになぜか通らない道なんだ。
僕には分からなかったなあ。街を出た僕は初めて見るこの光景がとっても綺麗だって、そう思えたんだ。
心からこんなに感動したのって、これが初めてだったよ。ほんとにみんな、こんなに美しいものを見ようとしないなんてとても損だよね。
最初の頃は自然が豊かな森の中を通ってきたんだ。
森が見えた瞬間、僕は思わず小走りして笑いながら息を切らしたんだ。僕の肺は爽やかな空気で満たされてた。緑溢れる木々や動物達がたくさんいて、そこに射し込む朝日が本当に綺麗だったんだ。
空気も美味しいし涼しくて、静かだけど鳥たちのさえずりもあって、まるで歌を聞いてるみたいだったよ。
──それにしてもこの道って本当に不思議でね、この道の上だけは草木が生えてなくて、ずっと同じ見た目の道なんだ。森の中なら緑っぽい色かと思ったらずっと茶色い道で、ちょっと変だね。
森を抜けた所には、小さな農村があった。
僕の生まれ育ったところとは違って村人のみんなが笑顔で助け合ってるような村。
村全体が喜びで包まれてるような印象だったなあ。じゃがいもを育ててる男の人達は汗をかきながら畑を耕してて、家事をしている女の人達は水桶を運んでたり洗濯してるし、元気いっぱいで走る子供達はわんちゃんも混ざって、ボール遊びか何かをしてた。
村にいた牛さんやお馬さんたちも笑ってるように見えた。餌の草や小さなじゃがいもなんかを食べてた。それによそ者の僕が村に入ってるのに誰も気にしないでいるなんてのどかでとっても良いとこだと思ったよ。
こういう雰囲気、僕は大好きだなあ。見てるだけで胸の辺りが温まるような感じ。
村の道を通った後に道が続いてたところは大きな雪山だった。
日が射して眩しくて、普通ならポカポカしてるはずなのに雪がシーツみたいに山肌を覆ってた。
氷は全く溶けてなかったんだ。氷が太陽に負けないように、山を寒くしていたから僕は鳥肌のたった腕を擦り真っ白な息を吐いたよ。
結構高い山だったけど、道が山の上にスロープみたいにかかってたからそこまで大変じゃなかったよ。
びっくりしたよ。道に沿うように山が傾いていたんだ。……当たり前のことだよね。
その分、時間はかかっちゃった。歩いて道を歩けるから道がとても長かったんだよ。
でもそのおかげで夜に綺麗な星空見れたよ。空はどこ見ても星空しかなかった。水中の中にガラスが散りばめられてた。
故郷にいる時はこんなに綺麗に見えなかったのに旅に出てからは見違えるほどだったよ。
こんな夜は初めて過ごした。この旅は初めて尽くしだ。
寒いのもあって少し涙が出ちゃったな。
──雪山は2日ぐらいかけて登ったよ。
頂上を見たくて、足は疲れることをしないでどんどん山を登っていったんだ。
山頂に着いた時はちょうど日の出で、キレイだなあって見てたら眩し過ぎて目が痛くなっちゃった。
全てを見渡せた時の全能感と、高さを確認して得た達成感はとても快感だった。 山頂がイスみたいに窪んでたからそこに座って何時間もそこで周りを見渡したよ。
山の上は空気薄いって聞くけど、実際はそこまで気にならないよ。
山をすぎると今度は少し大きな街があった。
僕の故郷って本当に貧しかったんだね。街の建物も道も整備されてるし通り過ぎる人たちの身なりはもっと整っていたんだよ。
身分とかは平民っぽかったっけど、この街の人達は通ってる間とても忙しそうだった。
市場やお店がとても賑わってて、道のすぐ近くを通る人や馬車は僕の足よりも全然早かった。
でも不思議だね。
道の近くは通っても、道を走ることはなかったんだ。僕の歩いてる道は全然空いてるのに。みんなは僕に気がついてなかったみたいだったよ。
この人たちは本当に忙しそうだから少しは休めばいいのにと思ったよ。その一方で僕はゆっくり道を歩く。
ゆとりと余裕? みたいなことかな。
でも、忙しそうだった理由は街を過ぎてから分かったよ。街を過ぎたらすぐに大きな都市に入ったんだ。故郷の建物は木とか、汚いレンガだったけどこの都市は本当に綺麗なレンガの建物しかなかった。
美味しそうな食べ物の匂いもしてたし、道端でミュージシャンが演奏してたりしてとってもおしゃれな場所だったよ。
そこで大人の男の人たちが話してたことをちょっとだけ盗み聞きしたんだ。
内容は、誰も世界の果てを見たことがないってことだった。
他の2人はそんなの確かめる方法なんてないって言ってたけど、なんでだろう?
この道を歩いて行けば辿り着くって本に載ってたのに。
『この道は世界と繋がり、世界の果てへ続く』って。
──まあ、細かいことはいいかな。
その都市を抜けたあとは色んな国がずっと道の両隣で続いていた。
ずっと続いていたけど、建物の感じとか住んでる人の雰囲気とかで何となく国境を超えたって分かったんだ。
木の建物が石に変わったり、黒髪の人だけだったのが色んな髪色の人が急にいたりしたよ。
途中にあった国だけど戦争してる国もあったよ。銃を持った兵隊さん達が所々で寝転がって地面でお昼寝してたよ。なんでだろう? つまらなそうだったし、服は赤くシミになってたし。
土は舞ってるし、空は灰色してたけど僕の歩いてる道に来ると土は消えちゃってるんだ。
だから僕のパンは無事だったよ。
でも歩いてると、炎が上がってる場所もあって心配になったけど人はいなさそうだったから、怪我人はいなかったみたい。
更に進んでその国を抜けると、また平和な国が続いてたよ。その後は結構長く続いてたから、あんまり細かくは覚えてないけど自然の中にある国もあったし砂漠の中にある国もあった。
動物達が人と一緒に共存して生活してる国もあったし、ネジや歯車がたくさんあるカラクリだらけの国もあった。
気持ちが良い風の吹いてた草原は特に印象的だったなあ。
そうそう。とっても大きな動物達がいたとこもあったんだ。
なんて言うのか分からないけど髪の長い猫みたいな動物、鼻や首の長い動物、鳥みたいなのに走ってる動物とかもいたよ。
そこは荒野みたいだったけど、水が意外にあったなあ。
更に更に、ずっと進んでその国を過ぎると、最初の時みたいな森に入ったよ。
動物たちはあまりいなかったけど、最初の森より自然が豊かな感じだったなあ。
のびのびと育ってるけど、誰かがお手入れしているみたいにこの道にははみ出してないんだ。
自然って凄いんだね。
その後は、ただひたすら草原が広がっていたよ。
所々に丘があって、そこに沿うように道が続いてたんだ。そこから何日も、何ヶ月も歩いた。
果てしなかった。景色はそこまで変わることはなかった。
でも僕は決して退屈することはなかった。
草原の匂い、空からの太陽の光、ガラスのように星の散る夜空、それがあるだけで僕は幸せだ。
それがあるだけで僕は前に進めた。引き返すとか、もう進むのを止めるとか、そんな考えは僕の中にはなかった。
ただひたすら、1人で歩いていった。
小さい時からの夢が今、叶っているんだ。叶ったでも、叶うでもない。「叶っている」んだ。
これほど幸せだったときは僕の今までの人生ではなかった。
そして草原を歩いてたある時、変化が訪れた。
僕は嗅いだことのない独特な匂いを嗅いだ。ザァーという音と、クークーと何かが鳴く声が聞こえた。
心臓がその瞬間、大きく波打った。
心の中で『ここだ!!』という声が聞こえたんだ。
僕は走り出した。
無邪気な子供のように、飼い主の元へ走る犬のように。今までもそうだったけど、苦痛も空腹も疲れも感じない。
あるのは好奇心と幸福感だけだ。興奮でもう何も考えられなかった。
ただ無心で『その場所』に向かったんだ。僕は草原の中で少し大きな丘を駆け上がった。
────そしていま、僕は海に辿り着いた。
本で読んだ『世界の果て』と呼ばれる場所。塩が混じっている水が無くならないほどあるところ。
夢の果てに、繋がっているところ。
空には鳥が飛んでいた。
あれがさっきの鳴き声の正体なんだろうか? 海の匂いを嗅ぎ、手を広げて全身を使って深呼吸する。
なんて気持ちがいいんだろう。
初めて行った森とも、何時間も座ってた山の頂上とも、また違った空気の味が僕の口の中で踊った。
僕は味わったことのない達成感を感じた。これほどの達成感があるだろうか?
多分、他の人たちでは決して得られない達成感を味わっているんだろう。
なんて幸せなんだろう。
そうだ。僕はついに、世界の果てに辿り着いたんだ。
でも、ここで終わりじゃない。
青い空から届く日の光は海の水を美しく反射させている。そして神々しく光る『道』がまた新たに姿を現している。
砂や土のような色だった道は、黄金色に光り輝いていたんだ。
道は果てしなく続いている。
海の向こう側よりも遠く、地平線の彼方まで。
道の光に照らされた水面が虹色に反射している。僕には7色の睡蓮のように見えた。
その道を見て僕はまた幸せを感じた。さっきの幸せとはまた違う、新たな幸福感が僕の全身を包んでいった。
僕の夢は決して終わらないのだと、知ったから。
そして僕は、その道を歩き始めた。
僕の夢が続くその道を、終わらない旅の道を。
ゆっくりと歩いていく、壊れた夢の道を───