ソウマの一日その3
◯ソウマ
おおおおおお!!!!
僕の自転車は今なら車ですら追い越しそうなほどスピードを出していた。
キジマ様のお宅に着くまでの間に、僕は頭の中でどうしたらキジマ様に契約して頂けるのかを考えていた。
だが、こういう仕事は頭の中で考えていても仕方がないことが多い。
目の前で話すことで見えてくるものの方が圧倒的に多いのだ。
さすがにこの会社に10年も勤めていればそれぐらいわかる。
だから、頭の中で考えつつもあとはぶっつけだと自分に言い聞かせていた。
ぶっつけか。
キジマ様のお宅の前で自転車を降りた。
息を整える。
“とにかくまずはぶつかることだ。考えても、考えても仕方がない”
シンタもそう言ってたなあ。
確かあれは・・・
僕はキジマ様のお宅のインターホンを押した。
そうそう。あれは、クイックスタート5巻の・・・
「はい?」
「あ、お世話になっております。コーテー不動産のソウマです」
シンタが癖の強い新チームメイトのミキヒサと話し合おうとするシーン!
全く同じだ。今の僕と。
キジマ様の玄関の扉が開いた。
僕は姿勢を正す。
この癖の強いお客様・・・キジマ様との話し合い。
僕はにっと笑顔を作った。
「いつもお世話になっております。キジマ様」
必ず説得する。
全ては・・・国屋川 和哉先生の新作のために!!
この世界は過去の自分にとって、きっとパラレルワールドに違いない。
だってあの頃にこんな未来がくると想像できただろうか?
この生活も、周りの人間も、僕を取り巻くこの時代ですらこれは僕が生きるべき次元とはきっとちがう。
だとしたらこの世界に迷い込んだ分岐点はいつだろう。
それはきっと・・・
ブーブーとスマホのマナーモードが鳴って、僕は現実に引き戻された。
ついでにガタンッと揺れた振動で持っていた本を落として、隣の人にもぶつかってしまった。
「あ、すみません」
睨まれた僕は、軽く頭を下げてからつり革に掴まり直して外の景色を見つめた。
ガタンゴトンと揺れながら真っ暗闇を電車は走る。
疲れ果てたサラリーマンたちを乗せて。
もちろん、僕もそのひとり。
癖の強いキジマ様に圧倒されつつもなんとか契約にまでこぎつけてへとへとに疲れ果てている。
だが、しかし僕にはこの国屋川先生の作品があるのだ。
はあ~~
やっぱり国屋川先生の作品は面白い。
文章がまた独特で面白いんだよなあ。
もういちど僕は本に視線を戻した。