ソウマの一日
○ソウマ
自分の好きなことを仕事にすれば、毎朝こうして起きることを、興味のないニュースを見ることを、電車に乗ることを苦痛とは思わないのだろうか。
僕はそう思わない。
好きなことを仕事にすれば、きっと僕は壊れてしまう。
だから、仕方がないんだ。
こうして毎日嫌いな場所に通うこと。
好きなことを守るために。
「あ~きもちわる。飲みすぎた」
「おい、お前、昨日のあの子とどうなった?」
僕にはわからない。
「ねえ、聞いてよ~あいつほんとムカつくんだけど」
「はあ?まじで!?また別れたの!?」
どうして僕が、
「なあ、今度さM社の子たちと合コンあるんだけど」
「え、マジすか!?」
どうして僕がこの会社に採用されたのか、本当にわからない。
この・・・・・
リア充ばかりの会社に!!!!!
僕がこう思うのは無理もない。
毎朝、毎朝、出勤した僕の耳にはこんな会話ばかりが飛び込んでくるのだから。
そしてその言葉を発する人間は僕なんかとは程遠い存在。
鍛え上げた体にスーツを着こなし、自信に満ち溢れた顔で昨夜の自慢話。
可愛い女の子と飲みに行ったとか、イケメンに連絡先を聞かれたとか、話題も僕とは程遠い。
と、そんなことを考えて自分の席にもつかずに突っ立っていたらドンッと後ろからぶつかられた。
「ちょっと、邪魔なんですけど」
僕は思わずびくっと体を震わせた。
「あ、す、すみません」
僕にぶつかったのは事務員の娘、サオリさん。
年は僕よりも5つも下。
だが・・・・何を隠そう彼女はギャルだ!!!!
それも筋金入りの。
ちっと舌うちの音が彼女から聞こえてきた。
ちなみに僕の言うギャルの定義は怖そうな美人という意味だ。
だから、怖そうな美人に朝から舌うちされた僕はかなり惨めということになる。
「はあ」
僕が、ため息まじりに顔を上げると、まるで汚いものでも見るように僕を見ていた男と目があった。
そいつは僕と同期のカミヤ。
僕からすぐに目をそらすと隣にいた先輩とM社との合コンの話に戻った。
カミヤはかなりの遊人で彼女がいるというのに、ほぼ毎日飲み歩いては女の子を口説きまくっている・・・とか。
もちろん親しくはないので本当は詳しくは知らない。
「おはよう!」
大きくはっきりと響き渡るその声で僕は驚いて振り向いた。
我らが上司、キリュウ支店長のご出勤だ。
さっきまで無駄話していたみんなも立ち上がり姿勢を正すと大きな声で挨拶を繰り出す。
「おはようございます!」
もちろん、僕もそれに続く。
「お、おはようございます」
キリュウ支店長が僕を覗き込むように見つめる。
僕はびくびくしながらも、必死で笑顔を作った。
「相変わらずちっさい声だな。ソウマ!ま、そんなモヤシみたいな体型なら当たり前か」
そう言って、ふんと鼻を鳴らすとキリュウ支店長は支店長室へ入っていった。
残された僕の耳には、小さな笑い声が聞こえてくる。
そう。
僕の名前はソウマ。
モヤシみたいな体型で、声もちっさくて、同期からも後輩からも馬鹿にされている。
それが、僕。
僕はため息をついて自分の席に着いた。
PCの電源を入れる。
この会社に勤めてもう少しで10年。
なのに親しい同僚すら僕にはいない。
カタカタと音を立ててPWを入力。
僕にとって仕事とは、生きるための手段でしかない。
タンッとエンターキーを押す。
お金を稼ぐための手段のひとつ。
僕の居場所はここになくていいのだ。