2.胃が痛いんですが
初等部から私と遥、朝霧君、島本君、秋澤君は顔見知りだった。
私は例の三人とはパーティーで会っていたし、遥は学園で三人と一緒の仕事に就いたりしていたから。
遥のご実家は、呉服店を営んでいて、遥自身もお洒落だ。
そんな遥が何故小鳥遊家の使用人なのかというと、遥の叔父が小鳥遊家の使用人で
それに憧れているらしい。
なんだか、憧れの人がいるのは少し羨ましい。
『遥はこれからも家の使用人なの?』
こんな質問を小さい頃に言ったことがある。
私はその頃、遥が好きだった。
恋愛感情というよりは、信頼できるパートナーとして。
それは今でも変わっていない。
遥はこの質問に小さく笑った。
大人びた笑顔にビックリした。自分と同い年なのに。
『僕は、お嬢様の専属使用人ですよ。ずっと。これからも』
遥は当然のように言ったけれど、私は恥ずかしくなった。
『あっそ』
という素っ気ない返事をしてダッシュで自室に駆け込んだ。
後で遥に『何か失礼でも…』とずっと訊かれていた。
「─さん…。─なしさん!小鳥遊さん!」
「はひっ!?」
私が奇声を上げると困った顔をした真矢さんがいた。
あれ?何してたんだっけ…?
あぁ、ここは図書室か…。
入学式から数日が経ち、私は真矢さんと図書室に通う仲になった。
この学園の図書室にはアニメ雑誌が置かれている。
何でかは…まぁ、聞かぬが仏だろう。
「ふふふ。男の子に見とれすぎですよ」
真矢さんが言う男の子は、『雑誌の中の』だ。
(…真矢さんって前と全然違う)
そんな感情を抱いたのは、真矢さんとあって直ぐ。
だって、前はオタクだったなんて知らなかった。
名前を紹介しても、『小鳥遊』に反応はしなかったから。
もしかしたら、前の真矢さんとは性格が変わっているのかもしれない。
今回は、仲良くなれそうだ。
前に断罪(?)されたときは、真矢さんが虚言でもしたのかと疑っていたけど、
証拠もなしに人を疑うのは良くない。
朝霧君の勘違いかもしれないし。
あの時の朝霧君は真矢ラブだったからね。
今回もそうなってくれれば、私も平穏に暮らせるんじゃないかと思う。
私は邪魔しないし、朝霧君の何かでもないから。
前は『朝霧の婚約者』なんてレッテルがあったけど今はない。
これからもそういうことがあったら断固拒否すると思う。
「おじょ…コホン。咲良、ちょっと良いですか」
遥が私の肩を叩いた。
今お嬢様って言いそうになってたよ。
という視線を送る。そうすれば、遥はさぁ?と惚けた。
「話なら、ここで。真矢さんと雑誌見てるんだから」
「……。そう、ですね。どうしましょうか。僕は頼まれて咲良を呼びに来たんですが…」
遥はチラッと真矢さんを見る。
まさか、私をここから追い払って自分が真矢さんと話そうという考えじゃ…!
「もう。遥?正直に言ってくれれば…」
小声で遥に言う。
遥は首を傾げた。
「意味が分からないんですが。僕は、朝霧様、島本様、秋澤様の頼みでお嬢様を呼びに来たんです」
…は?
ここで叫ばなかった私を褒めてほしい。
だって、その三人に呼び出されるなんて…。
何か良からぬ事の始まりじゃ…。
「…しょうがない…」
私は真矢さんに事情を伝えて、遥に教えてもらった待ち合わせ場所に向かった。
胃がキリキリする。
――――――――――――
あぁ、来てしまった。
私は待ち合わせ場所の扉の前で右往左往していた。
待ち合わせ場所は、娯楽ルームと言う場所で、何でも揃っている。
この学園の生徒全員に使用権があるのだ。
何を話すんだろうか。
そんな事を考えていると、ガチャと扉が開いた。
大きな影が被さる。
「待ってたよ、小鳥遊さん!」