プロローグ
二作品目です。
別の話と並行して書いているので、更新が遅くなるかもしれません。
例年より蒸し暑い年。
ポタポタと汗が滴り落ちていた。
髪を結んでもらおう。少しは涼しくなるかもしれない。
私専属の使用人に髪を結んでもらう。
彼は、何でもそつなくこなしていて嫉妬してしまう。
まぁ、優秀な事には変わりないのだからいいのだけれど。
「お嬢様、今日もお美しいですね」
言われなれた言葉。お世辞をそこまで言わなくていいと思う。
その言葉は、あの人にしかもうかけられないんだから。
私から何もかもを奪っていった人。
「そう…」
「今日は真矢様の誕生日ですね」
「うん…」
「出席されるのですか?」
出来ればしたくない。でも、しなければ何か言われる。
みんな人の評価しか気にしていないのだから。
「しないといけない」
「…強制、なのですね」
「そうだよ」
烏丸 真矢。
私の大好きな大好きなあの人が唯一優しい目を向ける人。
あの人の御友人も優しい目を向けている。
あの人の婚約者は私なのに。
今いる私専属の使用人の彼だって、少なからず真矢さんに好意を抱いている。
いつもは無表情なのに、真矢さんがいると、瞳が少しだけ輝く。
彼はばれていないと思っているんだろうけど、何年も過ごしているんだ。
分からないはずがない。
「行きたくない」
「へぇ…」
「でも、私が行かなければ遥は行けないでしょ?
行きたいでしょ?」
私が天を仰いで言えば、彼は目を瞬かせた。
あぁ、そうでしょう?
予想通り。
「僕は…」
目を泳がせる遥は、面白い。
感情を出すことが苦手な彼は、他人から見ると無愛想だと思われるらしい。
「いいの。真矢さんに勝てるところなんて一つもないのだから」
高等部に入ってから、真矢さんと同じクラスになった。
そこから世界が変わったんだ。
―――――――――――
真矢さんの誕生日パーティーで事は起こった。
まさかこんな場所で。
「小鳥遊咲良!君は真矢に散々嫌がらせをしてきただろう?」
突然、あの人が叫んだ。
あぁ、ここにいるのが学園の学生だけで良かった。
「嫌がらせなんてした覚え無いです」
「嘘だろう?」
蔑むような目を向けるあの人。
その瞬間、視界が暗転した。
―――――――――――――
「ん、んぅ…」
もぞもぞと布団のなかで身を動かす。
起きたくない。
ずっと布団の中にいたい。
「お嬢様、起きてください」
遥の昔の声が聞こえる。
夢でも見ているんだろうか。
「お嬢様…!!」
「何……?」
目を擦りながら体を起こす。
「今日は、入学式ですよ」
入学式?何を言っているんだ。
私はもう入学式なんて…。
そう思いながらカレンダーを見る。
見間違いだったら良かったのに。私は、六年前の年になっていることに気づいてしまった。
心なしか視線も低くなっている気がする。
遥なんて、声変わりもまだだ。
身長だって私より少し低い。
この状況を飲み込めない。
六年前の入学式ということは、中等部の入学式ということだ。
私があの人と婚約を結ぶ前。
「ねぇ、遥?」
「何でしょう」
「烏丸真矢さんって知ってる?」
私が問えば、遥は首を傾げた。
「知っていますが…。あの大手食品グループ会社のご令嬢様ですよね」
「そうだよ。知っていたんだね」
「有名ですから。でも、何故それを僕に…?」
「理由はないかな…」
私がそう答えれば、遥は溜め息を吐いた。
その動作にビクッと体が跳ねてしまう。
怖い。何を言われるか。あのときみたいに糾弾されたら。
「目、泳いでいますよ」
失敗だった。