魔王斡旋します
世界の間にある謎の空間。そこにはポツンとオフィスが建っている。どこから電気を持ってきているのかは不明だがそこには煌々と光る看板があった。そこには大きな文字で『どんな魔王も用意します!!』と書いてある。
「いや胡散臭いなここ……本当に信用できるのかな……」
とぼとぼと建物に向かうのはある世界の創造神である。世界の停滞を解決する為の巨悪を求めて訪れたのだ。
「ごめんくださーい。依頼があって来たんですけど……」
建て付けの悪い引き戸を開けるとそこはもぬけの殻であった。
「……ガセネタだったか……都合のいい話だとは思ってたんだけどな……やっぱりそう美味い話は……」
扉を閉めようとした瞬間に全身に悪寒が走った。
「っ!?」
明らかに創造神である自分を超える圧力、後ろにいるであろう化け物を考えるだけで足が竦むほどである。
「お客様……ですか?」
背後から飛んできた声は可愛いらしいものだった。それ故に恐ろしい。
「は、はいぃ……一応……」
「ああっ!! 申し訳ありません!! 少しだけ空けておりました!! 」
一気に圧力が霧散する。
「わたくし魔王斡旋株式会社の社長秘書を務めておりますエンデと申します。自己紹介遅れまして申し訳ございません」
慌てて創造神の前に回り込んだエンデは深々とお辞儀をする。深い緑色の長い髪がたなびいた。
「(大きくねじれた角に細長く鏃のような先を持つ尻尾……悪魔種か……悪魔種があんな力を……それになんでメイド服を……?)」
「いかがなされました?」
「いや、なんでもないんだ。ここでは魔王を紹介してもらえるって聞いて来たんだけど……」
「はい、その通りです。ここでは強い魔王から弱い魔王、策略家から脳筋までどんなご希望にも沿ってご覧にいれます」
エンデの言葉には確かな自信がうかがえた。しかしそれだけで信用するには魔王はいささか危険なものだろう。
「……疑うわけじゃないんだけどさ……できれば仕事風景なんか見せてもらえないかな……魔王は劇薬だからね。慎重になるのも分かってもらえると嬉しいんだけど」
「もちろん分かっております。それでは今仕事に出ております何名かを見ていただきましょう」
エンデが手を振ると3つの鏡がその場に現れた。そこのはそれぞれ違う世界の映像が写っている。
「それぞれに違う世界に行っている社員の映像が映っております」
「3世界同時の映像展開!? そんな馬鹿な!?」
覗く程度の事とはいえ世界を股にかける魔法は異常な難易度を誇る。それこそ神でもない限りは発動さえできない。それを3つ同時に出すという馬鹿げた事態が起こっていた。
「こんなものは手品の類ですよ? それでは最初はこの会社で最高の膂力を誇る魔王です」
鏡の先では腕が4本で赤い肌をした筋骨隆々の男がそれぞれの手にボールを持ってジャグリングをしていた。しかもすごくいい笑顔で。
『はーっはっは!! どうだ凄かろう!! これが四腕獄祭陣よ!!』
配下を集めた酒盛りの席らしく拍手喝采が聞こえてきた。
「……え?」
「ああもう……すみません。戦ってる時以外はすごく愉快な魔王でして……」
「はぁ……そうですか……」
慌てて1つ目の鏡の映像を消すと次の鏡を指差した。
「こちらは最高の知略を誇る魔王です」
そこには勇者らしき男とトランプゲームをする隻眼の女が写っていた。太い尻尾と翼と角から龍であることが分かる。
『だぁー!!負けた!! なんで勝てないかねえ!!』
トランプを叩きつける様子が見えた。
「最高の……知略?」
「彼女はギャンブルだけはからっきしでして……頭自体はすごくいいのですが……」
「……そうですか」
2つ目の鏡の映像も消されてしまった。
「こ、今度こそ大丈夫ですから!! 今度はウチのエースですから!!」
「本当ですか?」
「本当です!!」
そう言って示された3つ目の鏡では火に包まれる街が映っていた。
『お前が我の敵になる者か……力をつける前にここで死んでもらおう』
そこでは黒い鎧を身にまとった男が子供に剣を突きつけていた。
「あ、これ知ってます。親の命がけの行動で助かって復讐を誓うやつですよね?」
「……そのはずです……依頼では……」
『さあ、祈るがいい。祈ったところで意味はないがな』
目を瞑る少年を光の盾が守る。
『こんなもので守れるとでも?』
一撃でその盾が砕け散った。
『あ』
「……砕いちゃうんだ」
『……なんという魔法だ。盾と同時に我が身までも一緒に砕くとはな……これではしばらく動けぬではないか……剣もボロボロだ……』
少年が必死に走りさるまで魔王は動かなかった。
「あれそんな効果なかったですよね、アドリブでなんとかしましたけど……あれ砕いたら駄目な奴ですよね? あ、って言ってましたよね?」
「概ね依頼通りですから良いんです……それでどんな魔王をご所望ですか?」
「……やっぱやめようかな……なんか頼むの不安になってきたし……」
「ええ!? そんなあ!?」
「だってなんか……その……あんまり質が……」
言いにくそうにすり創造神の後ろにまたもや人影が現れる。
「まあまあ、お安くしておきますよ?」
「あ、社長!! どこ行ってたんですか!!」
「ん? アスラのとこに酒盛りに混ざってた」
「何やってんですか!!」
「いや楽しそうだったからついな……」
創造神が振り向くと壮年の男がそこに立っていた、かと思うといきなりその姿は少年のものに変わっていた。黒髪の人間の少年にだ。
「え!?」
「ははっ!! それでどんな魔王が欲しいのかな? 安心していい、ウチの社員は粒ぞろいだから仕事はきっちりやるよ?」
「……実は……勇者と恋に落ちる魔王が欲しいんですが……」
「恋ね……それでそれは悲恋になるのかな?」
「いいえ、一応ハッピーエンドになる予定です」
「相手の種族は?」
「人間の男です」
何かにサラサラとメモをしていた手が止まる。
「うん、分かった。それなら適任がいる。グーリー居るか?」
エンデに向かってメモを投げながら聞く様子は手馴れていた。
「大丈夫です。空いてますよ彼女」
「よし決まりだ」
「あの……グーリーさんというのはどのような魔王なのでしょうか……?」
「ああ、グーリーは世界樹の精が力を持った奴ですごい美人だから安心していいぞ。あいつは確か……世界樹を育てすぎて世界から追放されたのを拾ったんだったかな……」
「え?」
耳を疑う発言に創造神が思わず聞き返す。世界樹が育ちすぎるとはすなわち世界のパンクを意味するからだ。
「大丈夫だから、そんなに根を張らないように言ってある」
「ほ、ほんとうですかあ!?」
「うん本当。というかもう送っちゃったから」
「っ!? いやまあそれは別に良いんですが……下準備は終えてましたので」
予想外の手際の良さに少年が笑う。
「それは良かった。今回はどんな物語になるかな」