― 悪魔の騒乱 ―
都の人々は突然の爆発に慌てふためき、右からは子供の泣き声、左からは大人の怒号が聞こえる。
そんな混乱の中を私たちはとにかく走った。もしかしたら、若菜かもしれない領主が危険な目にあってるかもしれない。何度も過るそんなマイナスの考えを振り払いながらもただひたすらに走った。
「止まって!」
城の前に着くと大勢の兵士によって城門は取り囲まれていた。しかし、兵士たちも混乱しているのだろうか、動きにまとまりがなく各々が勝手に動き回っているようだった。
「エルジュ、ここはもう強行突破でいくわ! この慌て様じゃいくら話したところで意味はなさそうだから」
「強行突破って俺はいいけどクレハは行けるの?」
確かに不安はあった。しかし、これでいくしか方法がなかった。さっきも言ったが話し合いじゃどうにもならなそうだし、下手に魔法で攻撃して敵対行動と見なされてしまっては助けにいくどころの騒ぎじゃなくなってしまう。
「大丈夫に決まってるでしょ! 私を誰だと思ってるの!」
「わかった。そこまでいうなら、俺はいいぜ!」
「せーので行くわよ……せーの!」
その声に合わせて私たちは城門に向かって全力で走った。もちろん、前にいた兵士たちも止めに入るがこの混乱で逃げ回っている人たちが壁になり、奇跡的に城の中に入ることに成功した。
「はぁ……はぁ……おいおい……なにが大丈夫に決まってる、だって? かなり、危なかったじゃねぇか……」
「はぁ……はぁ……うるさいわね! 城に入れたんだからどうでもいいでしょ!」
この憎まれ口、針と糸持ってきて縫い付けてやろうか……
そんなことを思いながらチラリと横目でエルジュを見ると、その視線に気づいたのかエルジュは「なんだよ」と言わんばかりの視線でこちらを見てきた。
息を整えると私たちはとりあえず煙が上がっていた場所へと向かうため、この山のような階段を上ることにした。
「はぁ……けど、さっきの距離は大体100メートルはあったかな? それを全力疾走した後にこの階段を上らないといけないのか……」
私はそんなことを愚痴りながら何段あるかわからない階段を一段一段上っていく。
「きゃあぁぁぁぁ!」
上の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。私はエルジュと顔を見合わせると最後の力を振り絞り、全力で駆け上がった。
悲鳴のした部屋の扉を勢いよく開けると、そこには赤いローブを着た男が気絶した女性を抱え、今にも窓から飛び出そうと立っていた。そして、その背中には黒い羽が生えていた。
「もしかして、これが悪魔?」
悪魔の耳がピクッと動くと鋭く黄色い視線が私のことを睨んだ。
「おい! 今、俺のこと『これ』って言ったかぁ?」
「ええ、言ったけどなにか?」
強がっては見せたが心臓は今までにないくらい大きく脈を打っている。
すると、悪魔が頭上に手をかざし、
「ファイヤーアロー……」
そう呟くと悪魔の頭上に矢の形をした炎が出現した。
そして、その手を振り下ろすと炎の矢はこちらに向かって飛んできた。
咄嗟に「シールド!」と叫ぶがもちろん盾が出るはずもなく、目を瞑り私の体に炎の矢が刺さるのを待つしかなかった。
「おいおい、俺のこと忘れんなよ……」
ガキィーン!
その音に目を開けると私の前に剣を構えたエルジュが立っていた。
どうやら、エルジュが炎の矢を弾き返してくれたようだ。そのお陰で私の心臓はまだ動いていた。
瞬時にエルジュは走りだし、悪魔に向かって剣を振り下ろす。しかし、それは虚しくも空を切る。
それでもエルジュは幾度も斬りかかる。一閃、また一閃と。しかし、そのどれもが避けられ、ただただエルジュの体力ばかりが削られていった。
何度もそれを繰り返すエルジュだが、ついに体力が底をつき、その場で片ひざをついてしまう。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
それを見て、悪魔がクスクスと笑う。
「どんなに頑張っても君が俺に剣を当てることはできないよぉ……残念だねぇ、虚しいねぇ、悲しいねぇ……だからもう、終わらせてあげようねぇ」
悪魔が再び頭上に向かって手を掲げる。
すると、今度は悪魔の手に炎が集まっていき一つの大きな炎の玉が形成されていく。
「ふふふっ……跡形も残してあげないよぉ、フレイムキャノン!」
私は急いで手を前につきだし、エルジュの前に立つ。
今度は失敗しない!
「シールド!」
すると、魔力で淡く光る盾が私の前に現れた。
そして、その盾に悪魔が放った炎の玉がぶつかる。
つきだした右手には尋常じゃないほどの圧力が襲いかかる。
ここは負けるわけにはいかない! 私のためにも。エルジュのためにも。
バチバチと魔力のぶつかる音が聞こえる。
私は耐えた。ひたすら、耐えた。
ピシッ!
突然、なにかにヒビが入る音が聞こえた。
窓のガラスにでもヒビが入ったかと思ったがガラスは元々割れていたため今さらそんな音がするわけがない。鏡かと思ったが、部屋中を見回してもどこにもなかった。
だったら、一体なんの音……
嫌な予感がした。こういうときありきたりではあるが自分の身には絶対に起こってほしくなかったこと。
私は恐る恐る目の前にあるシールドを見てみた。
すると案の定、シールドに大きな亀裂が入っていた。そして、それはどんどん広がっていく。
お願い、神様どうか私たちを助けて!
あの若菜に似た笑顔を思い浮かべながら私は必死に願った。
しかし、その願いも虚しく亀裂はどんどんと広がっていき、最後は無惨にも砕け散った。
巨大な炎の玉が直撃した私は凄まじい勢いで後ろに吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。
全身が痛い。でもどうやらまだ生きてはいるみたいだ。だったら、ここで寝るわけにはいかない!
私は小説の主人公にでもなったような気分だった。何度やられても立ち上がり、誰かのために戦い続ける。
気分が高揚していくのがわかった。次は負けない。そんな思いを胸に私は思い切り、目を見開く。
するとそこには、クスクスと笑う悪魔、その悪魔に抱えられている女性、そして私に覆い被さるようにして横たわるエルジュがいた。
どうやら、エルジュはフレイムキャノンが当たる間際に私の前に立ち、自分の体を盾にして私のことを守ったようだ。
私は絶望した。私は主人公なんかじゃない。誰かに守られないと生きていけないただの女の子。わかっていたはずなのに。わかっていなかった。そんな自分に絶望した。
エルジュの体を揺さぶる。しかし、一向に動く気配を見せない。
そんなエルジュを見ているとあの日の光景が脳裏を過る。真っ赤に染まる若菜。次第に冷たくなっていく手。何度呼んでも開かないまぶた。
体は震え、私の目から自然と涙がこぼれ落ちた。
「エルジュ……起きて……」
また、同じことの繰り返し。せっかく、異世界に来たというのに。若菜という幸せを迎えにきただけなのに。また、ここでも……
「ヒャッヒャッヒャ! いやぁ、美しいねぇ、きれいだねぇ。だけど跡形残っちゃってるねぇ。ちゃんと消してあげるからそんなに泣かないでねぇ」
耳障りな声で笑いながら悪魔がまた頭上に手を掲げる。
そこで、なにかが悪魔の手をつかんだ。
それは青いローブを着た別の悪魔だった。
「何をいつまでも遊んでいる。やることが終わったならさっさと帰るぞ」
「えぇ……まだあいつら、跡形残ってるんだけどぉ……」
「放っておけ。これ以上時間をかけると魔王様に死よりもきつい罰を食らうことになるぞ」
「うおぅ、それは勘弁だねぇ……」
赤いローブの悪魔がこちらに視線を向けると
「命拾いしたねぇ、よかったねぇ……それじゃあ、お二人さん、さようならぁ……」
と手を振りながら二人の悪魔は窓から飛び去っていった。
静かな時間が流れる。私以外誰もいない。
これから私はどうしよう……どうすることもできない……なにもしたくない……
「うっ……ううっ!」
私の胸元から声が聞こえた。
慌てて視線を下に向ける。
エルジュが動いている。エルジュは生きていた。
エルジュのボロボロの手が私の頬をさわる。その手が頬から目にいくとエルジュの人差し指が私の涙で少し濡れた。
「おいおい、なに泣いてんの……? 泣く暇あったらベッドまで連れていってほしいんですけど……」
相変わらずの憎まれ口。
だけど、それが嬉しかった。
私はニコリと笑って見せると
「しょうがないなぁ……」
と言ってエルジュを背中に背負った。