― 始まりの春 ―
桜が舞う帰り道。私は若菜と二人手を繋ぎながら帰る。帰ってから何しよう。明日、何して遊ぶ。そんな他愛もない話をしながら。
しかし、その幸せは突然消える。手を繋いでたはずの若菜がいつの間にかいなくなり、咲き誇っていた桜も消えていた。そして、私の回りには延々と続く、闇だけが残る。
私は必死に若菜の名前を叫ぶ。あの幸せな時間を取り戻すために。あの明るい未来を手に入れるために。しかし、いくら叫ぼうとも優しく、暖かいあの声が返ってくることはなかった。
「若菜ぁ!」
そこで私は目を覚ます。久しぶりの夢だった。入院してるとき、時々見ていたがここ最近はその夢を見ることはなかった。
もしかしたら、異世界生活にテンション上がっていた私に対して若菜からの警告だったのかな?
なんてね、若菜がそんなことするはずがない。どっちかと言えば、思い切り楽しめという娘だった。
そんなことを思いながら、布団から起き上がると大量の汗が私の体を覆っているのに気づいた。とりあえず、その汗を流すために外に設置したシャワー室へと向かう。
すると、そこには昨日呼び出したはずのシャワー室がなくなっていた。
「そういえば、そうだった……」
そうこれは風で飛ばされたとか魔物が持ち去ったとかそんな危ない話ではない。万能と思っていた創造魔法の欠点の一つだ。
神様からもらった創造魔法。これには二つの欠点、というか弱点があった。
一つはしっかりしたイメージというのが本当にしっかりしないといけないということ。昨日、テンパったせいで魔法が出ないということもあったがそれに加えて、昨日魔法で食べ物を呼び出してみるとそれには一切味がつかなかった。ただでさえ、味のイメージは難しいのに私は一ヶ月も食事をしていなかったからさらに味のイメージをすることが難しくなっていたからだ。そのせいで私は昨日あんな大変な目にあうことになってしまったのだ。
二つ目は今回の原因でもある。なんとこの魔法、呼び出すことができるのは二つまでらしい。だから、今手元にあるのはシェルターと布団の二つのみ。そして、呼んだ順から消えていくのでシャワー、シェルター、布団の順番で呼び出したから今シャワーが消えていたのだ。
「仕方ない、シェルター消えるけどシャワー呼び出そう……」
そう言うと私はシャワーを呼び出した。すると、横にあったシェルターが消えてなくなり、その中にあった布団がバサッと地面に落ちた。
シャワーを浴び終えた私はとりあえず、昨日残しておいたウサギの肉を食べながらこれからのことを考えることにした。
これから、どうしよう……街を探さないといけないのは当たり前なんだけど考えなしにこの広い草原を歩くのはなぁ……地図でもあれば…………ん? 地図?
「そうだ! 地図だ!」
私は急いでネットでよく見かけたマップナビをイメージする。
「マップ!」
すると、目の前にこの世界の地図が描かれたモニターが表示された。その地図には海、大陸の他に赤い点と青い点が表示されていた。
「なんだろ、これ?」
私はとりあえず、一番近いところにある青い点に触れることにしてみた。すると『四季の都イリーナ』と表示された。
どうやら、青い点は街や村などの安全地帯で、赤い点は洞窟や森などのダンジョンを表しているみたいだ。
「とりあえず、近いしこの四季の都イリーナに行ってみよう!」
私はナビゲーションの魔法を使い、イリーナに向かうことにした。
一時間ほど歩いていくと遠くの方に大きなドーム状の建造物が見えた。
マップを確認するとどうやらあれがイリーナみたいだ。
そのドーム状の建造物に近づくと長い行列とその先頭には二人の門番が見えた。どうやら、手荷物検査をしてるみたいだ。
私はその列の最後尾にならび、自分の順番が来るのを待つことにした。
これは時間がかかりそうだなぁ……
「あんた、もしかして一人?」
そんなことを思っていると突然、後ろから声をかけられた。恐る恐る振り返るとそこには赤毛でセミロングのイケメンがニコリと笑っていた。
うさんくさい……こういう風に無駄にニコニコしてるやつが大概、事件の黒幕だったりするのよねぇ……
そう思い、私はそのイケメンの質問に答えることなく、怪訝そうな顔で睨み付けてみた。
「いやいや、いきなり話しかけて悪かったけどそんな目で睨むなよ!」
それに気づいたのかそのイケメンは慌てて両手を左右に振り、自分は怪しいものじゃないとジェスチャーしながら私に向かってそう言った。その慌てた表情はどことなく幼さを残し、可愛かった。
弟がいたらこんな感じだったのかな?
とりあえず、悪いやつじゃなさそうだったからそのイケメンの話を聞くことにした。
イケメンの名前はエルジュ・フィルトリア。歳は16で公爵家の次男。今は勉学のために旅をしているのだと言う。
勉学したいなら学校に行けばいいのに、と言うと「ガッコウ? なんだそれ?」と言われた。どうやら、この世界には学校などの勉強施設はないらしい。
そんな風に自己紹介も交えつつ、他愛もない話をしているといつの間にか自分の手荷物検査の順番が回ってきていた。
私はエルジュに向かってヒラヒラっと手を振ると門番につれられ、一つの部屋に向かった。
荷物をほとんど持っていない私はすぐに検査を終え、都の中に入ることができた。
そこで私の目に飛び込んできたのは中央の大きなお城まで続く桜並木に、華麗に飛び回る色鮮やかな鳥たち。
「これは、いったいどういうこと……」
魔法が使えて、武器や防具を身に付けた人たちが歩いている。ここはまさしく異世界なのだがどう考えてもこれは日本の春。
「すげぇだろ、これサクラって言うらしいぜ!」
後ろから声がした。振り返ると今しがた検査が終わったのだろうか、エルジュが肩を回しながら立っていた。
ガシッ!
「この現状について詳しく教えて!」
私はエルジュの胸ぐらをつかみ、今からキスでもするのかというくらい顔を近づける。
エルジュの顔が赤くなっていくのがわかったが今の私にとってはどうでもいい。
エルジュが言うにはここの領主が日々いろんな研究をし、完成させたのだという。中でもすごいのはこのドームの中には四季というものがあり、三ヶ月に一回の頻度でドームの中の環境が変化するらしい。
ここの領主に会えないのかとエルジュに聞いてみたがどうやら一度命を狙われる事件があったらしくそれ以来誰にも会わないのだという。
まぁ、この世界になかったものをこれだけ作ってれば命も狙われるだろう……
「俺もここに来るのは初めてだから知らなかったけど、あの入り口の検査も今までなかったみたいだな」
しかし、私は会わなければいけない。もしかしたら、ここの領主が若菜かもしれないんだから!
私は視線を落とし、必死に考える。ここの領主と会う方法を。
すると、トントンと肩を叩かれた。
なんだ、と思い視線をあげると困った表情でエルジュがこっちを見ていた。
「そろそろ、離してもらってもいいかな?」
そう言うエルジュとの顔の距離は凄まじく近かった。
顔の温度が急激に上がるのを感じると私は慌ててエルジュの胸ぐらから手を離した。
「ご、ごめん! 苦しかったよね!?」
「うん、それはいいんだけどもしかして困り事?」
「いや、大したことは……」
ドォーン!
突然、中央の方から大きな爆発音が聞こえてきた。その音の方に視線を向けるとお城から灰色の煙が上がっているのが見えた。
エルジュの方に視線を戻すとエルジュと目があった。私はコクリとうなずくと人々の喧騒の中、エルジュと共に城に向かって全力で走っていった。