― はじめての魔法 ―
「んっ……んんっ……」
まぶた越しに強烈な光を感じて私は目が覚めた。さっきまできれいな満月が浮かび上がっていた空にはそれと正反対の大きくまぶしい太陽が浮かび上がっていた。
回りを見渡すとどうやら私は森の中で寝ていたらしい。見慣れない植物や恐ろしい魔物が私の回りをうろうろしている……ということはなかった。そのせいもあってか自分が異世界にいるという実感が持てなかった。
いや、病室にいたのが今では森にいるから100%実感がないかと言えば嘘になるけど、この森の見た目はさほど地球と変わんないような……まぁ、森なんてそんなもんか……
私はのそりと重い腰を上げる。そこではじめて気づいた。別れ際、彼女の涙でぐちょぐちょになっていた服は見に覚えのない服に変わり、手元には巻物みたいなものが置かれていた。
「あっ、これが説明書?」
私はそれを手に取り、コロコロと転がして巻物を開いた。
『おはよう、あなたがこれを読んでいるということは私はそこにいないのでしょう……』
この書き出し、まさか! 転移魔法って自分の命と引き換えにとかいう危険な魔法なの!?
私は急いでその先を読み進めた。
『なんてね! これ一回言って、いや書いて見たかったのよねぇ! 紅葉、元気? 体調と服は私の魔法で何とかしておいたよ! 服のセンスについてはノーコメントでお願いします』
イラッ!
この感じ完全に彼女だ。別れ際は少しかわいい部分も見れたけど、根幹はこのウザい性格なんだろうなぁ……
そんなことを思いながら腕や首を回したりして、簡単に体調の確認をしてみる。確かに体のダルさや体の痛みはなくなっていた。
『というわけで時間の都合上、説明できなかったからこのスクロールでいろいろ説明していきたいと思います』
スクロールって言えば魔法書みたいなイメージがあるけどこんなメモ帳みたいなやつのこともそう呼ぶんだ……
そんなことを思いながらスクロールを読み進めていくと、箇条書きで簡単に説明がかかれていた。
『1、あなたに与えた魔法は創造魔法です。しっかりイメージしてから言葉を発するとそのイメージ通りの魔法が使えます』
『2、転移する前に説明した通り若菜ちゃんはどんな姿に転生してるかわかりません。だけどあなたは転移者なので姿、形はもちろんそのまま。だから若菜ちゃんがあなたを見つければすぐに気づくと思います』
創造魔法……かなり便利な魔法ね。いわゆる、チートってやつね。
しかし、別れ際にも思ったけどやっぱり彼女、大雑把ね……
「はぁ……」
怒りを通り越して、呆れに変わった私はため息を漏らすと、気持ちを切り替えてスクロールを読み進めることにした。
『というわけで紅葉、世界のことよろしくお願いしますね』
はいはい……ん?
その先に文章が存在してなかった。まさかと、思ったがどんなに引っ張ってもそこから先に文章が現れることがなかった。
「うそ……でしょ……これだけ? この世界の説明とかこの森から抜ける方法とか一切なし!? ステータスの説明とかもよくあるじゃない!」
裏を見たり、光に通してみたりもしたがどう頑張っても文字が現れない。
「はあぁぁぁぁ……」
人生最大のため息をまさか異世界でするはめになるとは思わなかった……
こうなったら仕方ない、とりあえず魔法を試してみるか……
しっかりイメージして言葉を発する、だったよね。イメージはとりあえず、火の玉で……
「ファイアー!」
ドォーン!
目の前にあった木は大きな音と共にバキバキと音をたてながら倒れていく。そして、木についた炎が他に木々にみるみるうちに燃え広がっていく。
「あ、あ、あ、あぁ! 急いで消さないと! ええと、ウォ、ウォーター!」
シーン……
水は出てこなかった。
あれ?
呆然と立っている間にも炎は木からまた木へと燃え広がっていた。
なんで!? なんで、でないの!?
水や液体と唱える言葉を変えてみるも一向に出る気配はない。しかし、炎が待ってくれるわけがなく、どんどん燃え広がっていく。
私は急いでスクロールを読み返す。しかし、残念なことに何度読んでもそこには簡単なことしか書いてなかった。
ああ! どうしよう!
説明書はもうちょっと詳しく書いときなさいよ!
慌てていると、ふとスクロールのある一文が目に入った。
『しっかりイメージして言葉を発する』
あっ!
「そうか! テンパりすぎて自分が思ってる以上にイメージがしっかりしてなかったのか!」
そう言って私は意味があるかはわからないが慌てて炎の方に手をかざす。
イメージをしっかりする。もう、水の玉じゃどうしようもないから今度は雨で……
「……レイン!」
ポツッ……ポツッ……
ザァァァ!
すると勢いよく雨が振り出してきた。
「やった! やっと成功した!」
あまりの嬉しさに私はその場でピョンピョンと跳ね回った。
しかし、うまくいったのはそこまでだった。雨は徐々に強まっていき、次第にそれは滝のような量にまでなっていた。
「ちょ、ちょっと待って! 降りすぎ!」
私は慌てて、奇跡的に生き残っていた木の下に身を隠した。
大雨のおかげで煌々と燃え広がっていた炎は徐々に消えていった。その光景を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
「はぁ……消えてよかった……とりあえず、森の中で火はダメね……ってよく考えたら当たり前か……」
とりあえず、こんな雨の中じゃ危ないと思った私は雨が止むのを待つことにした。
止むわよね、これ?
1時間ほどだろうか、長い間降り続いた雨は今、小降りくらいになっていた。
「はぁ……やっと、止んできた」
私は身を隠していた木からひょっこり顔を出して空を確認する。空には眩しい太陽が燦々と輝いていた。
さて、ここからどうしたものか……町を目指すにしてもまずこの森を抜けないと……
辺りを見回す。道案内の看板もなければ、出口の光も見えない。
「仮に看板があったとしてもさっきの炎で燃えてるか……はははっ……」
乾いた笑いしか出てこない。
せっかく、異世界に来たってのにここで死んじゃうのかなぁ……
そんなことを思っていると下に転がったスクロールが目に入った。
「あ! そうだ、こんなときこそ魔法よね!」
とりあえず、濡れた服が気になった私は服を乾かすことにした。
えーっと、イメージは乾燥機で……
「ドライ!」
すると、私の回りを温風がぐるぐると回り出す。そう、ぐるぐると。そして、ぐるぐる回る温風は私の体もぐるぐる回し始めた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
そして、10分くらいで私の服を乾かし終えると温風は何事もなかったかのように、ふわりとどこかに消えていった。
「おえぇぇ……」
ずっと回された私はあまりの気持ちの悪さにその場に倒れ込んでしまった。そして、その気持ち悪さの中私は思った。二度と自分に魔法は使わないと。
「はぁ……はぁ……とりあえず、服は乾いたし道案内の魔法を使おう……」
イメージはカーナビでいいか……よし!
「ナビゲーション!」
すると、目の前にモニターのようなものが現れた。そのモニターを見ると
『目的地を入力してください』
と表示されていた。
目的地? 森の出口とかでいいのかな?
入力し終えると、今度は目の前に矢印が現れ「ルート案内を開始します」と頭の中に機械的な声が聞こえてきた。その声と同時に矢印が勝手に移動を始める。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は急いで立ち上がり、必死でその矢印のあとを追った。