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― 冒険の始まり ―

 ガラッ


 奥の方から扉の開く音が聞こえた。


「あら、起きてたのね。今日はあなたの好きな桃を持ってきたわよ」


 お母さんの声が背中の方から聞こえてきた。私はそっちに視線を向けることなく、ただただ外の景色を眺めていた。そんな私を気にせず、お母さんは話を続ける。


「本当はプリンとかケーキとか持ってきたかったんだけど入院中だからダメかと思ってやめたわ」


 お母さんは用意された椅子に座り、カバンに入れてたナイフで桃の皮を剥き始めた。


 あの事故からもう1カ月も経っていた。あんな大きな事故だったのに奇跡的に私は生きている。どうやら、若菜が車と私の間に入ってくれたおかげで直接的に車の衝撃を受けなかった私は一命をとりとめたらしい。


「剥けたよ、紅葉。はい、アーン」


 お母さんが皮を剥き、一口サイズに切った桃をつまようじに刺し、私の口元まで運んだ。けどその桃は私の口に入ることなく、ベットの上にポトッと落ちた。


「あら、ごめんなさい。桃って滑りやすいから。はい、アーン」


 お母さんは皿にあった別の桃をまた私の口元に運ぶ。けどやっぱりその桃が私の口に入ることはなかった。


 私は目覚めてからの1カ月間、何も口にしていない。今のところ、病院の点滴のおかげで生き延びてはいるがそれも長くは続かないだろう。私は死にたかった。若菜がいないこの世界で生きてる意味を見いだせなかった。


「なんで……どうして……」


 横からお母さんの泣き声が聞こえてくる。この泣き声にも慣れてしまった。最初の頃はお母さんに悪いと思っていたが今となっては何も感じない。






 どのくらい時間が経っただろう。お母さんの泣き声がいつの間にか止んでいた。ガラッと椅子を引きずる音が聞こえると「今日は帰るわ。また、来るね」と元気のない声でお母さんは病室から出ていった。


 そして私は扉がしまる音が聞こえると横になり、ゆっくりと目を閉じた。次は目覚めることのないようにと願いながら。






「はぁ……」


 目が覚めてしまった。この目覚める瞬間が一番ガッカリする。どうして私は死ねないのだろう。


 窓の方を見るとカーテンが開いていて、そこからは丸くきれいな満月が見えていた。


「今日の満月はきれいだね……」


 え!? 声? 誰の?


 いるはずのない他人の声に驚き、私は急いで声のする方に振り返ってみた。するとそこには銀色の長い髪を持った小柄な女性が立っていた。


「だ……誰……?」


 1カ月ぶりにしゃべったせいで声はかすれていたがなんとか言葉を発することはできた。


 その女性は視線だけこちらに向けるとニコリと笑い、ベッドの上に腰を掛けた。


「こんばんは、調子は……悪そうだね」


 顔はもちろん、髪の長さも色も違ったがその明るい雰囲気とニコリと笑う控えめな笑顔は若菜を彷彿とさせた。


「もしかして、若菜……? やっと迎えに来てくれたの?」


 その女性は困った表情を見せると首を横に振った。


「私は若菜ちゃんじゃないよ。だけどその娘に関係ある話をしに来たの」

「そう……ん? え!? 若菜に関係ある話って!?」


 私は思わず、体を勢いよく起こした。しかし、食事をまともにしていなかったこともあり、体力のない私はそのまま前のめりに倒れこんでしまった。それを見た彼女は焦ったように私の肩に手をやり、体を優しく起こしてくれた。


「落ち着いて、私はどこにもいかないから」


 私は深呼吸をすると再び彼女に視線を向けた。


「えーっと、実は私はこことは別の世界の神様で偶然にもあなたの知り合いの若菜ちゃんがこっちの世界に転生することになったの。だからもし若菜ちゃんに会いたいなら私があなたを私の世界に転移させてあげようかな~なんて思ったりしてるの」

「……え?」

「まぁ、そうなるよね~……うーん、正確には転移だから違うけど今、流行りの異世界転生モノって考えてくれればいいよ」


 頭が追い付かない。別の世界の神様? 異世界モノ? これは私をからかってるの?


「からかってないよ?」


 私は思わず、口を押さえた。


 私声に出してた? いや、そんなはず……もしかして、心の中読まれてる……?


「その通り!神様だからね、そのくらいできて当然だよ」


 私はあまりのことに驚きを隠せなかった。けどそれ以上に高揚感が沸き上がってくるのを感じた。ほんの数秒の出来事だけど彼女の言ってることが本当だと確信できるものを見せられたからだ。


「本当に若菜に会えるの……?」


 それを聞いた彼女は「うん!」と言いかけたが咄嗟に口を押さえると困った表情を浮かべた。


「実は絶対じゃないの……」


 そう言った彼女は頭を掻くと話を続けた。


「えーっとね、若菜ちゃんがこっちの世界に転生することはするんだけど……いつ、どこに転生するのかとか性別、種族がなんになるのかとかそこら辺が一切わかんないのよね~……だから紅葉ちゃんがこっちに転移したからといって必ず会えるとは限らないの……」


 そうよね……そんな簡単に死んだ人間に会えるわけないわよね……


 また、心を読んだのだろうか彼女は頭を掻きながら苦い顔でこちらを見ている。


 そんなことを思っているとふと、一つのことが気になった。


 なんで私を転移させようと思ったんだろう? 異世界への転移というとそう簡単にできるものとは思えない。彼女の方に何かメリットになることがあるはず。


「やっぱり、それ気になるよね……」


 彼女の方に視線を向ける。


 この人はまた、心を読んだのだろう……しゃべるのが辛い私にとってはありがたいとも言えるがあまり気持ちのいいものじゃない。


 彼女は喋り出そうとしたとき、また頭を掻いていた。その動作からわかった。これから話すことは私にとって不都合な話なんだと。


「今、私の世界では一人の悪魔が世界を支配しようとしているの。そいつが良いやつならそのまま任せてもよかったんだけど……」

「悪いやつなのね……」

「うん……しかも、私が手を出しちゃうと世界ごと悪魔を吹っ飛ばすはめになるから私がどうにかすることもできなくて……。だから転移した暁にはそいつを倒してほしいな~……なんて」


 悪魔を倒す。ただの一般人にそんなこと無理に決まっている。しかも、若菜に会えるかもわからない。けどこの世界にいたところで私はただ死ぬのを待つだけ。だったら、少しでも若菜と会える可能性のある異世界に行くべきか……でも悪魔を倒すって……


「悪魔のことなら多分、大丈夫だと思うよ」


 また、勝手に心を読んだ!


 私は鋭い視線を彼女に向ける。


「ごめん、ごめん!」


 手を合わせて、頭を思いっきり上下に振っている。

 その姿を見るとやっぱり、若菜と重なる。


 そんな彼女に対してかそれともそんな彼女に甘い自分に対してかはわからないが「はぁ……」と一つ小さいため息が漏れた。


「大丈夫って何でわかるの?」


 それを聞いた彼女が顔をあげると、一切の曇りもない笑顔がそこにはあった。それを見た私はまた一つため息を漏らした。


「なんでかというとこの世界の人が魔法が使えない訳じゃなく、この世界に魔力がないから使えないだけだから。しかも、魔法適正で言えば数ある世界の中でもトップクラスなの!」


 彼女はまるで自分のことのように胸を張りながらそう答えた。


「へぇ、そうなんだ。だったらこの世界の人なら誰でもよかったわけでしょ? なのになんで私を選んだの?」

「えーっとね、それは転移魔法の条件としてこっちの世界の人があっちの世界に行きたいと強く願わないとダメなの。行ってみたいじゃなく行きたいって」


 なるほど、今の私は若菜に会うためにその世界に行きたいと思っているから転移魔法の条件を満たしてるってことか……


「そう、そういう……」


 そこまで言ったところで彼女が急いで手で口を塞いだ。そして、チラッとこちらに視線を向けた。


 そんな彼女を見て私はわざとらしく大きなため息をしてみせた。


 それを見た彼女は申し訳なさそうに頭を掻いて少し笑った。


「そうだ!そんなことより、どうする? 行く? 行かない?」


 さっきの可愛らしい笑顔は消え、不安げな顔でこちらを見ている。しかし、その不安げな表情もまた可愛かった。そのあまりの可愛らしさに思わず私は抱きついていた。


「ひょあっ! きゅ、急になに!?」

「もちろん、私行くわ! 若菜に会いたいのはもちろんだけどあなたのこと助けたくなっちゃった!」


 最初は何が起こったかわからずポカーンとしていたが私が承諾したことを理解すると目からは大粒の涙を流し、ワンワンと大きな声で泣きわめいた。


 よかった、一人部屋で……


 そんなことを思いながらひたすら彼女が泣き止むのを待った。






「グスッ……グスンッ……」

「大分、泣いたねぇ……」

「ごめん、ありがとう……」


 10分は泣いていただろうか、私の服がびちょびちょになるくらいまで泣いていた。ゴシゴシと乱暴に涙をぬぐうと彼女は転移魔法の詠唱を始めた。


 一言一言呪文を唱えていくと一つまた一つと床に光る文字が浮かび上がってくる。そして詠唱が終わると床には魔方陣のようなものが浮かび上がっていた。


「転移する前に紅葉に一つ魔法をあげる。いくら魔法適正があるからと言ってもそのと歳から魔法を覚えるとなるとおばあちゃんになっちゃうから」


 そう言うと彼女は私に向かって手をかざし、呪文を唱えた。すると、私の周りが銀色に光輝いた。


「これで使えるようになったよ!」

「使い方は?」

「それはもう時間がないから説明書みたいなやつも一緒に転移させるから後で読んで!」


 え!? そんな大雑把な!


「じゃあ、私の世界をお願いします!」


 光の向こうで彼女がお辞儀しているのがわかった。


「いや、ちょっと待って! いろいろ、適当すぎない!? そう言えば私あなたの世界のことほとんど聞いて……」


 一瞬、強烈な光が瞬くと同時に紅葉の姿は病室からなくなっていた。そして、部屋には魔力と埃が混ざってできるスペルダストが雪のように舞い散っていた。


「いつ見てもきれいね、スペルダスト……。それにしても最後紅葉が何か言ってたけど多分、大丈夫よね! 期待してるよ、紅葉!」

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