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― 叶わない願い ―

 まだ花も咲かない校門前の桜並木には大勢の学生が泣いたり、笑ったりしている。そして、その手には皆お揃いの黒筒を握っている。


 そう、今日は卒業式。私も普通なら周りと同じように両親と笑顔の写真を撮ったり、友人と泣きながら抱き合ったりしているはずだった。けど残念なことに両親はどうしてもはずせない仕事で、たった一人の友人は別の友人のところに行っている。そのおかげで私は今、一人ポツンと花も咲いていない桜を見上げている。言っておくけど別に寂しくはないし、決して涙を流さないために桜を見上げている訳じゃない。


 そんな誰に言うわけでもない言い訳を考えながら友人が来るのを待っていると突然背中にドンッと強い衝撃が襲いかかる。これははしゃいだ学生たちが調子に乗ってぶつかってきたな! そう思い、鋭い視線を後ろに向けるとそこには見知った顔があり、それがぶつかってきたのではなく抱きついてきたことがわかった。


「寂しかった、紅葉?」


 そう言いながらこちらにニヤケ顔を向けているのは私の唯一の友人の夏目若菜。高校からの付き合いでコミュニケーションが不得意な私と積極的に交流してくれる優しい子。なんだけど1日1回ノルマでもあるのかと疑うくらい毎日のように私のことをからかってくる。そして、決まってからかうときはこんな風にニヤニヤした顔で私を見てくる。


 しかし、この顔は完全に気づいてるな……。私が寂しくて今にも泣き出しそうになっていたのが。わかってる、バレてるのはわかってるけどここで素直に寂しかったと言うのは癪にさわる。というか今日という最後の日くらいやり返したい!


 私はふと、昨日見た恋愛ドラマを思い出した。男の人が女の人の顎を持ち上げ、甘い言葉を囁きキスをする。


 これだ! これをやってみよう!


 私は若菜の方に振り返り、指で顎を持ち上げ


「ああ……寂しさという魔物が僕の心を鋭い牙で傷つけていったよ。だから君の口づけで僕の心を癒してくれないか……」


 そう一言ささやき、顔を近づける。


 私は内心で「してやった」と思いながら、テンパる若菜を一目見るために薄目を開ける。するとそこには私の想像とは違い、目をつむり口を尖らせて顔を近づける若菜の姿があった。


「わぁっ!」


 予想外の光景に私は思わず、後ろに飛び退いてしまった。それを見た若菜はブッと吹き出すとお腹を抱えて笑っている。


「はははっ! やっぱり、紅葉は面白いね!」


 どうやらまた、からかわれていたようだ……。私はもうどうすることもできず、精一杯の抵抗として口を膨らませ、足早にその場から離れることしかできなかった。


 それを見た若菜は焦ったように「ごめん、ごめん!」と言いながら駆け寄ってくる。そして私の前に来た若菜はニコリと笑いながら手を差し出してきた。


 若菜がわかってやってるのか、無意識なのかはわからないけど私は毎回、この笑顔に負けてる気がする……


 私は一つため息を漏らすと差し出された若菜の手を握り返す。これが私たちの仲直りの合図。そして手を繋いだまま二人で他愛もない話をしながら帰る。


 そう、いつもならそんな流れ。なんだけど、今日はいつもと様子が違った。なぜか、若菜がやたら緊張している。そのせいでもう10分くらい歩いているだろうけど一言もしゃべっていない。さすがに心配になった私は


「どうしたの若菜? なんか今日、変だよ?」


 と聞いてみた。


 するといつもは私の家に着くまで離れない若菜の手がするりと離れた。若菜がキョロキョロと周りに人がいないことを確認すると、重そうにしていた口を開いた。


「今日は卒業式だし、私たち別の大学に行くからもう会えなくなるかもだから玉砕覚悟で今まで内緒にしてたことを言います!」


 今まで見たことない若菜の緊張した姿に私も思わず、背筋をピンと伸ばして若菜の言葉を待つ。


「……私、夏目若菜は新山紅葉のことが好きです! だから付き合ってください!」


 深々と頭を下げ、右手を私の前に差し出しながら若菜は言った。


「えっ……ええ!」

「紅葉が驚くのも無理はないけど私は紅葉と初めてあったときからずっと好きだった。つまり一目惚れだったの!」


 さすがの私も困惑した。何かあるだろうと思い、心構えをしていたとはいえ、想像の斜め上をいっていた。これもいつもの冗談かとも思った。けど耳を真っ赤にした若菜を見てしまうと理解するしかなかった。これはいつもの冗談なんかじゃない、本気なんだと。


 けど私の答えは決まっていた。若菜には悪いけどどんなに真剣だろうとやっぱり女の子同士が付き合うのは変だ。ここはちゃんと断ろう。


「若菜、ごめ……」


 そこまで口にしたところで言葉が出てこなくなった。たった一言「ごめんなさい」と言えば終わるのにそれ以上、言葉が出ない。無理なものは無理と言った方がお互いのため、それはわかっている。わかっているのに言葉が出ない。


 そんなことを考えているとなぜだか涙がこみあがってきた。その涙が若菜の差し出していた右手にポロリと落ちた。そこで私が泣いていることに気づいたのか、若菜が勢いよく顔をあげ、私を抱き締めた。


「ごめん、ごめんね紅葉……無理させてごめんね……紅葉は優しいからこうなるってわかってたのにごめんね」

「違う……違うのこれは……」

「ううん、無理して受け止めようとしなくていいよ……」


 若菜は何度も何度も「ごめんね」と言いながら私が泣き止むまでずっと抱き締めていた。


 いつもそうだった……怪我したとき、失敗したときいつも泣き止むまで抱き締めてくれていた。この胸には本当にいつも助けてもらってきた。若菜がいたから私は私でいれたんだ……この気持ちは若菜のとは違うものかもしれない。けど私は若菜の隣にいたい。ずっと一緒に……だったら!


 私は濡れた目を拭い、若菜を見上げる。


「若菜、私は……」

「危ないっ!」


 そう言うと若菜は私に覆い被さるように抱きついてきた。それとほぼ同時ぐらいに強い衝撃が体を襲い、意識が途切れた。






 目が覚めると体には激しい痛みが、そして視界には真っ赤に染まる若菜の姿があった。


「なに……これ……」


 私は痛みを我慢し、這いずりながら若菜に近寄る。若菜の手に触れるといつもは暖かく安心するあの手は冷たく固くなっていた。


「いや……嫌だよ……若菜せっかく、私気づいたのに……若菜のことが好きだって……だから、若菜……いつもみたいに……笑ってよ」


 最後に若菜の笑顔が見たかった。そしてまた抱き締めてほしかった。ただそれだけでよかった。それだけで……


 しかし、その願いは叶うことなく、私の意識は再び途切れた。

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