第41話 「告示文」
締切日の放課後である。いざ部室に行かんとして廊下に出た俺を待っている者がいた。
「四方山くん」
東堂である。そしてその背中に隠れるように冬原がいた。
「どうしたんだ? これから部室に行くのか?」
「んーん。夏樹くんも誘って遊びに行ってくる。初ポエムのお祝いにね」
そうか。初創作を祝ってもらえるとは夏樹君は果報者だ。俺はそう思ったのだ。
「夏樹君はちゃんと書けたようだな」
「まあね。四方山くんは?」
「俺も、ちゃんと書けたよ」
「そう」
東堂は冬原を振り返る。
「ほらね。いつもどおりでしょ?」
冬原は目を伏せた。どういう意味だ? その俺の表情を読んだかのように東堂は言った。
「蒼太くんと緋奈ちゃんがね、心配してたの。四方山くんが部室に来なくなったから。ああいう提案をしたから四方山くんが気を悪くしたんじゃないかって」
「別にそんなことはない」
「だよね」
東堂は俺をじっと見た。
「でも、今度からもう少し周りをよく見ようね」
グサリ。その言葉は俺の心にグサリと突き刺さったのだ。西村にも言われたし、なによりかつて白河部長からも言われたことがあるのだ。
「とにかく気楽にね。私としては下着はNGだけど、水着までならぜんぜんOKだし」
ずるそうな笑顔を浮かべてそう明言する東堂は、過去二年に渡って俺が慣れ親しんだ東堂ではなかった。たしかに髪の毛は黒いままだし、制服も着崩してない。メガネをコンタクトに変えただけだ。しかし、何かが決定的に違うのだ。野郎共が『頼めばヤらしてくれそう』という感想を持つだけの何かがあるのだ。そしてこの清楚系ビッチは日々、百合営業に精を出しているのだ。俺は言わずにはいられなかった。
「東堂君、君は変わってしまった。全く変わってしまったよ」
俺はついに言った。そして東堂の反応をうかがった。しかし、そこには微塵の動揺もなかった。
「そうかな?」
東堂は面白そうに俺を見ている。その瞳の光には、懸命に車輪を回すハムスターをはるか上空から眺めるかのごとき色味があった。俺はそれに気付かないふりをした。
「じゃね」
東堂は冬原を促して、きびすを返した。そして俺は二人の背中を見送っていたのだ。途中、冬原が俺を振り返った。そこには俺を気遣うような様子があった。俺は感動した。そして一つ頷いてやった。俺と夏樹のことなら心配するな。男と男なのだ。ときにはこういうこともある。そういうことが伝えたかったのだ。
俺が部室に行くと、西村、南泉、そして北峰が俺を待っていた。
「ノブくん、書けた?」
「ああ、もちろんだ。夏樹君も書けたようだな」
ついに対決が始まるのだ。
「それで? 段取りはどうなってる?」
「告示文を下駄箱近くの掲示板に貼り出すことになったよ。趣旨説明の文章は僕が書いておいたから」
「ほう」
今日の西村は段取りがいいのである。
「投票方式は気に入った方の詩に、それぞれの色のシールを貼ってもらうことになったから」
「なるほどね」
「それで、夏樹君を青にして、ノブくんを緑にする予定だったんだけど、緑が見つからなくってさ~。というわけでノブくんは灰色ね」
「灰色?」
むしろ灰色なんてどこにあったのだ。よく見つけたものである。しかし、投票用のシールの色なんてどうでもいいのだ。ポエムの質で勝負するのだ。
「それじゃ、ちょっとノブくんの読ませて」
俺は西村に渾身のポエムを渡した。西村たちはそれを回し読みする。読み終えて、まず西村が口を開いた。
「なんていうか、猛烈に古臭いんだな。いっそカビの臭いがするくらいだよ」
西村は相当に辛辣な口を利いたのだ。
「そんなことありません。こういう古風なところが、四方山先輩のいいところなんです!」
南泉がフォローする。しかし、どのみち古臭いことに変わりは無いというのである。俺は地味にショックを受けた。そして最後の望みは北峰に託された。
「ああ……まあ、はい……」
なんだというのか。すっかり腑抜けている。心が地獄に堕ちたままなのだ。俺はげっそりした。しかし、何と言われようとも書き直すなんてありえない。これが俺の真心から出でたポエムなのだ。
「ところで夏樹君のはどこだ? 読ませてくれ」
「これね」
俺は一枚の紙を手渡された。そこには夏樹蒼太の手になるポエムがあった。俺はそれを読んだのだ。
「むぅ……」
なんだこれは。なんなんだこれは。俺はそういう感想を持った。稚拙である。全く稚拙なのである。ポエムとは夏休みの絵日記に書き散らす恥ずかしコメントではないのだ。ポエムには高い格調というものが必要なのだ。俺はそう思った。俺はそう思ったのだ。しかし……しかしだ。俺の背中は冷や汗にまみれていた。何かが変だ。何かがおかしい。嫌な予感が俺の全身を捉えていた。その紙を持つ俺の手はふるえたのだ。
しかし……俺はすぐに立ち直った。何かの間違いだ。この悪寒は気のせいである。白河派の文士である俺の書いたポエムが負けるはずはないのだ。俺のポエムは偉大な白河部長に認められたものなのだ。
コンコン。そのとき、扉をノックする者があった。
「どうぞ」
西村に促されて入ってきたのは、生徒会書記の長久保正志氏である。西村のヲタ仲間でもある彼が何故ここに? そんなことを思った俺に長久保は言ったのだ。
「判子を押しに来ました」
「僕が頼んどいたんだよ」
つまり告示文を生徒会公認の掲示物にするために、あらかじめ西村が彼に押印を依頼していたというのである。なぜか今日の西村はとことん段取りがいいのだ。
判子をもらうと、その足で掲示板に貼り付けに行った。しわを伸ばしつつ、四隅を画鋲で留める。うむ、これでよし。俺はぐっと腕を組み、堂々たる態度で気時された告示文を眺めたのだ。
ついに始まったのだ。この勝負に俺は勝ち、夏樹を冬原を春川先生を、白河派に引き入れるのだ。
「四方山さん」
ひたっている俺に長久保が声をかけた。
「自分も白河先輩のことは尊敬していました。白河派の伝統のために頑張ってください」
そう言って彼は、俺に握手を求めたのだ。俺は感激した。
「もちろんだ」
俺は彼の手を力強く握り返した。
『告示文』
毎年、文芸部の部誌を愛読していただき、ありがとうございます。皆様は常に、我々にとって最良の読者で在り続けてくださいました。文芸部一同を代表いたしまして、ここに心よりの感謝を捧げます。
さて、このたび、このような告示文を掲示させていただきますのは、ただいま、文化祭で発行する予定の部誌の方向性につきまして、文芸部内で意見の対立を見ているからであります。
現文芸部部長・四方山信国は「文芸部は文章だけで勝負するべきだ」という信念の下、従来通り、作品のみを収録した部誌を提案しておりますが、その一方、文芸部員・夏樹蒼太は「自分たちにとっても思い出深いものにしたい」として、部活動の際に撮影された写真も掲載したいと提案しています。
次回の部誌において、このいずれの立場をとるのか、それは極めて重大な問題であります。そこでここにポエム対決を開催し、より優れたポエムを制作した者の提案した方向性に従うことにいたしました。
つきましては、此ノ川高校の学生及び教職員の皆様にはどちらがより優れた詩であるかの判定をお願いいたしたく、伏してお願い申し上げます。左記のポエムのうち、前者が優れている思われる方は灰色のシールを、後者だと思われる方は青色のシールを、それぞれ所定の位置に貼り付けてください。
掲示期間は一週間であります。皆様の奮ってのご参加をお待ち申し上げております。
此ノ川高校文芸部・部長代行 西村民男
「若き詩人に捧ぐ詩」 四方山信国
おお若者よ、お前は何のためにうたうのか
人の歓心を買うためならやめておけ
人の心はうつろいやすい
虫の居所が悪ければ
天空の詩を軽薄だと笑い
大地の詩も地を這うとなじるだろう
おお若者よ、常に真実をうたえ
真実は潰れない、廃れない
真実をうたえば、怖いものはない
それは千里万里の波濤を越えて
千年万年の時をも超えて
人の心をふるはせんとするのだ
おお若者よ、では真実とは何なのか
それは己が心に聞くがよい
お前の心はすでに答えを持っている
それはお前が生まれるとき、かの偉大な存在が
お前の人生の道しるべとして
手ずからに授けたものなのだ
おお若者よ、我らは種を蒔こう
一編の詩は一個の種にして
誰かの心に蒔かれる瞬間を待っている
さあ、うたえ、種を蒔け
そして咲いた花、結んだ実はいつだって
かの偉大な存在の目を楽しませるのだ
「夏が来たら」 夏樹蒼太
夏が来たら、ボクたちはもっと仲良くなれますか?
秋が来て、冬が来て、また春が来たら
あなたは卒業してしまって、ボクたちは
そこでお別れなんでしょうか?
ボクのお母さんが言ってました
人との絆は与えられるものじゃなくて創るものだって
だから、もっとたくさんおしゃべりして
もっとたくさん、いろんな場所に行きましょう
どうかもっとボクたちに触れてください
ボクたちはあなたの思い出の人のようには
なれないけれど、ボクたちのことも
ちゃんと好きになってほしいんです
これからもっとたくさん同じ時間を過ごして
もっとたくさんあなたのことが知りたいんです
そしてボクたちの絆がどんどん強くなって
いつか離ればなれになっても
心と心がつながっているなら
どうかそのときはボクたちも
あなたの思い出の人にしてください




