第34話 「連続剣」
朝六時。宮入海岸。到着した四方山一行は、そこに赤紫色を帯び始める空と海とを背負う影を見出した。それは朝の冷たい風に小揺るぎもせずに立っている。
「西村センパイ……!」
夏樹が呼びかける。しかし影は応えない。それは西村ではない。影だ。闇だ。
「ボク、いってきます」
夏樹が砂を踏んで、ずんずん歩いていく。影との距離がどんどん詰まっていく。
「うむ」
四方山はうなずいた。夏樹の格好は、白いTシャツにダークブルーのトレーニングハーフパンツだ。いわゆる『運動する格好』である。四方山はその背中に大いに頼もしいものを感じたのだ。
「夏樹、大丈夫でしょうか」
南泉が心配そうに言う。
「なに、大丈夫だ。信じろ」
そう言いつつも、四方山は肩掛けカバンの中に忍ばせたエアガンを確認した。もろもろの改造を施した対西村専用の特効武器である。
「わざわざアイツの手のひらの上で踊ってやることなんてないのに」
北峰は言葉の端々にやさぐれた感じを出しながら言った。
「それは違うぞ、北峰君。夏樹君があの野郎の気持ちに応えたいと言っている。これは十分な理由だ」
夏樹が立ち止まった。影との距離は残り十メートルほどである。
「おれは大人ポジの人間として、止めたほうがいいのかな?」
「大河さん。綺麗事しか言わない大人は信用されませんぞ。この世界にはたしかに地獄の要素もあるのであって、これを乗り越えねば心を闇に食われて死ぬしかなくなります」
夏樹が左手に下げた木刀を、右手で抜き払う所作をした。ゆっくり柄に左手を添えて、正眼の構えをとる。影は動かない。
どれだけ対峙の時間が続いたのか。先に動いたのは夏樹である。
「たああ……!!」
木刀を肩に担いで、疾走したのだ。
一般的に剣術がかっこいいのは、マンガやゲームの中だけである、と言われる。現実にあるそれは、キラキラしたエフェクトなんてなく、どこまでも陰惨な印象しかない、と言われる。『ズバッ』なんて気の利いた効果音なんて鳴らず、ひたすら不快な鈍い音しかしない、と言われる。
しかし、そうだとすれば、これはどうしたことなのだ。
夏樹は肩に担いだ木刀を、思いっきり下から上へスイングした。影は空高く舞い上がる。棒高跳びのバーも越えられそうだ。
「ハッ!」
夏樹は地面を蹴って飛び、宙に浮いた影に第二撃、第三撃と加えていく。何かのゲームでこういう攻撃を見たことがあるなあ……。四方山はそんなことを考えたのだ。四、五、六、七……。水も漏らさぬ電光石火の早業である。ゲームでいうなら、攻撃のコンボがつながっている状態なのだ。まさに『連続剣』ともいうべきものである。
四方山はぐっと腕を組み、ポーカーフェイスを崩さなかったが、心中ニッコリしていた。夏樹君、こんなに強かったのか。四方山は全く痛快な思いをしていたのだ。まさに有頂天だったのだ。
「やああ……!!」
夏樹が渾身の力を込めて、木刀を振り下ろした。影が空中から地面へと叩きつけられる。そして、そのままゴムマリのようにバウンドしながら吹っ飛んでいき、頭から砂に突っ込んだ。
「ぐにゃっ!」
しかし次の瞬間には、奇怪な声を上げつつ、ひたいをおさえてゴロゴロと転がったのだ。
「いぎぎ……」
おさえた手の指と指の間から血がのぞいて流れた。どうやら砂に埋まったガラスの破片か何かでケガをしたようなのだ。危ないなあ、ちゃんと掃除しとけよ、夏樹君が怪我でもしたらどうするつもりなんだ。四方山はそう思ったのだ。
「だ、だいじょうぶですかっ、西村センパイっ!!」
夏樹が男に駆け寄っていく。
「グウウ~」
右に左にと一通り悶えた男は、やがてパッタリと大の字になって動かなくなった。まさに夏樹蒼太の完全勝利ともいうべき光景である。よくやった夏樹君。四方山の心はパーッと晴れ渡ったのだ。
「西村センパイ! 西村センパイ……!」
夏樹が男の体を揺すぶって、男はうすく目を開けた。その目が夏樹を見る。
「夏樹くん。戦ったねえ……」
そして、さも嬉しそうに言うのである。
「西村、センパイ……」
「どうして泣くんだ? これでいいんだ、これでいいんだよ……」
その血まみれの笑顔は、すでに西村のものであった。闇は再び封じられて、西村が戻ってきたのだ。西村は夏樹の手を握った。
「約束してくれ。『戦う』って。理不尽と、憎悪という感情と、誰かを守るために……『戦う』って、約束してくれ……」
西村のその言葉に、夏樹は確かにうなずいたのだ。
「ウム……」
人知れず四方山は大きく頷いた。天晴れだ。よくやった西村君。大手柄だ。これで夏樹君は大きく白河派に近づいたと言えよう。四方山はそう思ったのだ。
『戦わなければ守れないものがある』
別に白河部長はそんなこと言ってなかったが、西村にとってはこの世の真理なのだ。そしてその真理は白河部長に受け入れられたはずのものなのである。四方山は心中、大いに喜んだのだ。
四方山一行もドヤドヤと西村を取り囲む。南泉がカバンの中から消毒液を取り出して、西村の傷に塗り始めた。
「いてえ……しみるぅ……」
顔がすっぱいものを噛んだみたいになっている。そんな醜態をさらす西村を前に、四方山はぐっと腕を組んだ。
「気分はどうだ?」
「さ、最高だね」
「広瀬氏にもご足労をかけやがって。申し訳ないと思わんのか」
「ほんと、スイマセンっした……!」
もちろん、それは口先だけである。
「それで? 春川先生たちはどこにいる?」
「あそこ」
西村は、弓形の海岸線のずっと先にポツンとある木造の建物を指さした。
「それじゃ行くか。西村君、君はどうする?」
「僕は……もう少し、空を見ていたいかな……」
大の字に寝転がったまま、西村は一人残された。やがてどこかに電話をかけ始める。
「ご苦労だった。もういいぞ」
この一言で、旅館に残っていた黒尽くめの男達は、皆、煙のように消えたのだ。




