第29話 「出発」
東堂はいぶかしく思った。いつもならとっくに来ているはずの四方山ほか男性陣が、未だに部室に来ていないのである。冬原の宿題は土日の分まで含むにも関わらず、もう終わりかけている。そして春川先生も同じように思っているらしかった。
「どうしたのかしら?」
春川先生が東堂に聞いた。
「さぁ? また変なこと考えてるのかも」
東堂のカンは異様に鋭いのだ。ガララ。そしてついに、その男が現れた。
「あら、西村くん、どうしたの?」
春川先生が笑いかけた。
「今日はみんな遅いわね」
男は西村によく似た笑いを返した。
「今日は裏門に集合らしいんですよ」
「どうして?」
東堂が問いかける。
「さァ~? ノブくんの考えることなんて、わかんないからなァ~」
男は答えた。
男と三人は裏門へとやってきた。しかし、そこには誰もいない。
「誰もいないじゃん」
冬原のツッコミが合図であったかのように、黒尽くめの男達が四人を、いや、正確には三人を取り囲んだ。
「ちょっと……なに!?」
冬原が東堂の背中に隠れる。さらに春川先生が二人をかばうように前に立った。黒いパーカーを着たその男達はフードを目深にかぶり、目もとは影になって見えない。皆、軍人を思わせる体格をし、体の前で組んだ手は無骨にふくれあがっている。
「とりあえず、そこの車に乗ってもらえません? 叫んでもいいですけど、あまりオススメしないです」
「西村くん、どういうこと?」
東堂が聞いた。こんな状況でも冷静なのだ。
「まぁ、温水プールに招待してくれたお礼ですよ……」
「はぁ? そんなのいらない……いりません、けど?」
東堂の後ろから冬原が答える。西村がカバンから短刀を取り出した。
「西村くん……」
身を挺して、東堂と冬原をかばう春川先生である。しかし、後ろの二人は落ち着いたものである。
「先生、私たちは大丈夫ですから……」
これは東堂。春川先生を気遣う余裕を見せている。久々に一流の秘書っぽさが戻ってきているのだ。
「どうせ人とか刺さない種類だし」
こちらは冬原。先輩であるはずの西村を完全に動物扱いしている。『わりと無害な種類のデブったネコ』これこそ緋奈お嬢様が西村民男に対して下した最終診断なのだ。
男はあいまいに笑って、三人を車へと促した。
そのころ、四方山ら男性陣は、学校から程近いマッシュバーガーに集合していた。西村から呼び出しを受けていたのだ。なんでも『恋しちゃった』らしいのである。いささか不真面目な話題ではあるが、やはりどんな話を聞かされることになるのか、全く楽しみではないといえば嘘になるくらいには期待していたのだ。
「西村センパイ、遅いですね」
そんなことを言ってるところへ、四方山の携帯に電話がかかってきた。ディスプレイには『西村民男』と表示されている。
「もしもし」
「夏樹君に代わって」
ふだんの西村とは似ても似つかない暗い声である。四方山は夏樹に携帯を渡した。夏樹はなぜ四方山が自分に代わろうとするのかにも無頓着に、電話に出る。
「あ、もしもし、西村センパイ? 今どこですか~?」
「冬原、東堂、春川先生を預かった。また電話する」
ブチッ。電話が切れた。
「どうしたんだ、夏樹君」
「あ、あの……緋奈と東堂センパイと春川先生を預かったって……。また電話するって……」
戸惑い、心配そうに三人の先輩の顔を見回す夏樹である。
「どういう意味なんでしょう?」
四方山たちは顔を見合わせた。
「もしかして、アレじゃないですか?」
南泉が言った。
「ああ、多分……」
北峰も同意する。
「え、え……?」
「夏樹君、土日はヒマか?」
「え、あ、あの……はい」
「二泊三日分の着替えを用意して、一時間後に校門前に集合、ということにするか」
「あの……」
夏樹は話が見えていないようである。無理もない。
「心配しなくていい。文芸部ではお馴染みのレクリエーションだから」
南泉が言った。しかし、そうは言っても、女性陣を誘拐するという形で行われたのは、今回が初めてである。
もちろん四方山は気付いていた。始まったのだ、と。
男は窓を開けて、車内に風を入れた。
車は海沿いの道を走っている。六車線の広い道に、併走するように線路が延びている。三両編成の電車が、男の乗る車を追い越していった。
男にとってこれは思い出をたどる道であった。一年前、まだ文芸部に白河光太郎がいたころ、部員一同で『青春時代を過ごす若者たちの自分探しを手伝うために作られたらしい電車一日フリーパス券』を購入して、いろいろ行ってみようということになったのだ。そして日帰りのつもりが、調子に乗りすぎて一泊する破目になったのである。
宿をとったのは、海に面したある温泉町であった。所持金がわりとギリギリなのにも関わらず、東堂のためにもう一部屋とった白河部長に、部員一同、『漢』を見たものであった。
その夜、白河部長に促されて、一同は自身の人生論を語った。その際、ひときわ異彩を放っていたのが西村である。自らが見たドス黒い心の闇、憎悪という感情について語ったのだ。それはそれは異様な熱の入れようであり、しまいには、南泉や北峰に自分を殴らせようとした。
『戦うことを覚えろ、戦うことを! 歪んでからでは遅いんだ!』
西村は狂乱したが、結局、二人は西村を殴らなかった。
『彼らの意志を尊重しよう』
白河部長が西村をとりなし、その場はそれで終わった。しかし西村は、その後も機会を見つけては、憎悪の怖ろしさ、そしてこの感情と戦うことの大切さを説こうとしたのだ。そして、それはいつしか、文芸部お馴染みのレクリエーションとなったのである。
今、まさに今年度初のお楽しみ会が始まったのだ。それは西村民男の素顔に出会うちょっとした旅であった。
一時間後、四方山たちは旅行の支度を済ませて此ノ川高校の校門前に集合していた。
「もしアレだとすれば、あの温泉町に行ってるはずだ。全てはあそこから始まった。さすがに去年と同じ宿ではないだろうが……足が付くしな」
四方山が見解を述べた。
「それじゃあ、電車で行きましょうか」
南泉が提案する。
「そうだな」
四方山がふところから白い封筒を取り出した。例によって四方山資金である。西村に全部渡した後、また補充したのだ。
「これも部活動の一環だし、もろもろ、部費から出るからな。カネの心配はいらん」
四方山は思い出作りに命をかけているのだ。
そのときである。ピリリ。またもや四方山の携帯が鳴るのだ。
「もしも……」
「夏樹くんに代わって」
喰い気味に「代われ」と言われる四方山である。夏樹に携帯を渡してグッと腕を組んだ。それにしても、ずいぶんタイミングよく電話をかけてきやがるな……? いったいどんなカラクリだ……? 四方山はそう思ったのである。
「あの……西村センパイ?」
「……夏樹くん。この世界は理不尽だ。もし緋奈ちゃんがイカレた奴に襲われたら、どうする?」
「え? ま、守ります……」
「どうやって?」
「あ、相手の人を止める……」
「止めるために、どうする?」
「……」
「戦うんだよ。戦わなきゃ駄目なんだ」
西村の口調にハッとさせられる夏樹である。マジなのだ。マジな口調なのだ。
「夏樹くんは学ばなければならない。戦う、ということを」
その言葉を最後に、再び電話は切れたのである。
「……なんだって?」
「えと、あの、『戦うことを学べ』って。どういう意味なんですか?」
「西村君が馬鹿だ、ということだ。それじゃ、さっそくとっちめに行こうじゃないか」
そんな相談がまとまったところに、四方山たちにはお馴染みの春川先生の彼氏がやってきたのだ。
「やあ、君たち」
今日も今日とて、さわやかである。しかも、よく見ると広瀬氏、どこの読者モデルかと思うほど格好良くキメているのだ。
「ユイ、知らない? 今日、デートだったんだけどさ、連絡がとれないんだ」
四方山はなるべく北峰の方を見ないようにしながら答えたのだ。
「いや、あの、春川先生はちょっと、文芸部恒例のレクリエーションに参加しております……」
「そうなのか? 聞いてなかったけどな」
「いや、まあ、いろいろあるんですよ……」
言葉を濁す四方山である。そんな四方山ほか文芸部のメンバーが旅行支度をしているのを見て、広瀬氏はニイッと笑った。
「なんか面白そうだな……」
ぎくり。四方山はぎくりとした。なるべくなら、この内輪のノリに外部の人物は入れない方がいいように思えたのだ。引かれたら困る。そう思ったのだ。しかし、他の部員はそんなことには無頓着である。
「あ、もしよかったら、広瀬さんも行きますか? これから温泉行くんです」
南泉が落ち着いた感じで言った。事情を知らない人が聞けば、多分に誤解を受けそうな言い方だ。温泉町に行くのではない、西村をとっちめるために行くのだ。
「そうだな。おれも行こう」
果たして広瀬氏は言ったのだ。
「なあ、おれの車で行こうよ。みんな乗れるからさ!」




