表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
此ノ川高校文芸部★  作者: m8eht
第5章 理性は全ての感情を観察する
29/44

第28話 「黄昏の男」

 その日、四方山はまっすぐに自分の家へ帰らなかった。此ノ川高校の方へと自転車を走らせたのだ。そしていつもの土手の階段に座って、大吟醸川を眺めていたのだ。それはまるで心の痛みが、四方山をこの場所へ呼んだかのようであった。

 夕焼け空の下、川面はどこまでも続く幾何学模様のようでもあり、変化を繰り返す時間の流れのようでもあったのだ。四方山はそんな光景を眺めていたのである。

「ノブくん。ここにいたんだ」

 やってきたのは西村である。北峰まで向こう側に行ってしまった現状において、もはや白河派は西村と四方山の二人しか残っていないのだ。これからいったいどうなってしまうのであろう。果たしてこのままで、新入部員たちを白河派へと引き込めるのであろうか。四方山の心に若干の不安がきざしたのだ。

「プールでは、ずいぶん楽しんでいたじゃないか、西村君?」

 自分のことを棚に上げつつ、かすかな皮肉を込めて、四方山は言った。現状に対する憤りを吐露したかったのである。

「そりゃあね?」

 西村は四方山の二段先に下りて、大きく伸びをした。

「みんなカワイイ子たちさ」

 そのとき、四方山は違和感を覚えた。西村は『カワイイ子たち』の中に東堂や春川先生も含めているようなのだ。まさか? 四方山にある予感が訪れた。

「だからこそ、伝えたいメッセージもあるけど」

 そう言って四方山を振り返った西村は、もはや西村ではなかった。黄昏時の闇に顔の半分を喰われたその男は、もはや西村ではなかったのだ。

「……『整った』のか?」

 西村だった男は口の端を歪めて笑った。

「始めてもいいのかい?」

「……かまわんよ。いつでも」

 四方山は、胸ポケットから例の三万円が入った封筒を取り出した。

「何かの足しにしてくれ」

 男は黙って封筒を受け取り、ポケットにねじ込んだ。

「……ねえ、ノブくん」

「何だ?」

「脳みその表面になすりつけられた悪意ってのはさ……」

 ゆっくりと紡がれる言葉。その響きはどこまでも虚ろであった。

「どんなに額をぬぐってみても、取れやしないんだ」

 四方山は男を見た。男は四方山を見ていた。視線が交差する。

「……じゃ、行ってくる」

「ああ……」

 男の足音が遠ざかっていく。四方山は感じていた。闇がよみがえったのだ。かつて白河光太郎によって葬り去られた闇が。しかし今度は、白河光太郎の忠実な僕として。新入りどもを白河派へと引きずり込む。それが新入りどものためになると信じているのだ。狂信しているのだ。

「これでもし、誰かの心に消えない傷が残れば……」

 四方山は一人ごちた。

「俺が死んで詫びるしかないな」

 風が四方山の独り言を吹き散らしていった。川面は黄昏の光を失って黒くうごめいている。夜の闇はもうすぐそこまで来ているのだ。

 男が動いたのはそれから一週間後。金曜日の放課後である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ