第23話 「飼い犬」
その夜。夕食を終えて自室に戻った北峰は、机には向かわずベッドに横になった。メガネを外してベッド脇の小さい卓に置く。銀縁メガネを外した北峰は、ともすれば冷ややかに見える印象から解放されて、やはり年相応の幼さを残した十六歳の坊やに見えるのだ。
北峰は今日の自分に大変満足していた。あとは四方山がマンガ研究会に突撃するだけでいいのだ。それで向こうが春川先生をあきらめてくれれば万々歳である。
(でも……四方山先輩だけじゃな……)
ちょっと心配なところもあるのだ。
(おれも、ついて行こう)
北峰はそう心に決めたのだ。どうして北峰はそのような決断をするに至ったのであろうか。
それはそれとして、北峰はベッドに横になったまま、じっと物思いに沈んでいった。一体何を考えているのであろう。北峰が白河派の文士となってから約一年である。今や北峰の中でどんな哲学的思想が育ちつつあるのであろうか。少しのぞいてみよう。
北峰の頭の中では、雨が降っていた。雨粒の弾けるアスファルトの道路を、一匹の子犬がトボトボと歩いている。
このしょぼくれた子犬は、雨に濡れた道をどこまでも行くようであった。が、ふいに雨が止んだ。いや、ちがう。一人の女性が子犬にカサをかかげているのだ。その女性こそ誰あろう、春川先生であった。
春川先生は自分の服が濡れるのも構わずに、子犬を抱き上げた。そして自分の家まで連れて帰ったのである。
温かいシャワーを浴び、タオルで体を拭われて、子犬は全く生き返った心地になった。
「くぅ~ん」
春川先生のベッドの上で丸くなった子犬は甘えた声を出した。そんな子犬に春川先生は添い寝をし、やがて抱き寄せたのだ。
何が哲学的思想だ。一体何を考えているのだ。これはどういうことなのか。そして当の北峰は、掛け布団をかき集めて、ぎゅっと抱きしめたのだ。そればかりか、そこに顔を埋めたのだ。グイグイ埋めたのだ。あの北峰が、である。そう、北峰の空想の中における子犬とは、まさに北峰自身だったのだ。おお、なんということだろう。こんなものはキャラ崩壊もいいところである。しかし、現実なのだ。これは現実なのだ。




