第22話 「ジョン・マックカートゥーン」
ある日の昼休み。いつものように教室で一人、弁当を使おうとしていた四方山である。
「やあノビー」
そんな四方山の前の椅子をくるりと器用に回転させ、そこに座った男がいる。
「ジョン。君か」
男の名はジョン・マックカートゥーン。マンガ研究部の部長である。
「調子はどうだい?」
「悪くはないが……」
ジョンは日本育ちのアメリカンである。いかにもインドア派な痩せ型であり、その顔は一口に言うなら滝廉太郎に似ていた。特にメガネが。もっとも、金髪碧眼にして鼻も若干伸ばす等、ちょっとした改変は必要となる。それにしてもマックカートゥーン(マンガの子)とはよく名付けたものだ。当人もご先祖様に大いに感謝しているに違いない。
「どうした? なんの用だ?」
それはそれとして、四方山は来訪の意図を聞いたのである。
「単刀直入に言おう。文芸部とマンガ研究部で春川先生をシェアしないか?」
「な、なんだって?」
ジョンの話とはこうである。
先日、アゴヒゲ先生が春川先生を伴ってマンガ研究部を訪れた。そして、その際、春川先生がマンガ研究部員の描いたマンガを読んで感想を述べた、というのである。その感想たるや、まさに的を得た深いものであって、しかも当該マンガ研究部員のやる気を大いに起こさしめるものであったというのである。
「本当に驚いたよ。そして思ったんだ。これからもぜひ、ぼくたちのマンガを読んで感想を伝えてほしいって」
ジョンは熱心に言うのだ。
「ふうむ。なるほどね」
「どうかな?」
「うーん」
うなる四方山に、ジョンは畳み掛ける。
「春川先生はぼくたちとの時間をとても楽しんでくれたよ。とてもエキサイティングな時間だった。春川先生はぼくたちのマンガをとても熱心に読んでくれた。そして素敵な感想をくれたんだ」
「そうか……」
四方山はうなずいた。
「事情は分かった。しかし、ここですぐに返事というわけにもいかない。持ち帰って部員達にはかってみよう」
「ああ、ぜひ頼むよ。いい返事を期待してる」
そう言ってジョンは去った。四方山はそれを見送ったのだ。
ジョンが帰った後、四方山は考え込んだ。ジョンの話によれば、春川先生はマンガ研究部との時間を大いに楽しんだというのだ。マンガ研究部とはマンガ家の卵たちである。将来の連載を夢見て、一週間で十九ページをコンスタントに上げ続けている連中である。一方、文芸部は、新入部員たちに部活の雰囲気に慣れてもらおうと、今までずっとまったりモードでやってきたのだ。春川先生にしてみれば、そんな文芸部が物足りなかったのだとしても不思議ではない。だからこそ、創作活動に没頭しているマンガ研究部との時間を楽しまれたのではないかと思ったのだ。
「ぐぬう……」
四方山はぐっと腕を組み、唸った。これからどうするべきか。文芸部の部員達は春川先生に大変よく懐いている。春川先生を手放したくはない。手放すべきではない。しかし……しかし、いちばん大切なのは春川先生のお気持ちである。四方山がたどり着いた結論とは、それであった。
さて、その日の放課後である。
「諸君。ちょっと俺の話を聞いて欲しい。今日、こういう話が持ち込まれたのだ。その話とは、こういうものだ。すなわち……」
四方山は今日の昼休みのマンガ研究部部長ジョンの提案を皆に物語るのである。
「……というわけで、だ。マンガ研究部と文芸部とで春川先生をシェアしようという提案なわけだ」
「それで、四方山先輩はどうしようとお考えなんです?」
南泉が聞いた。
「うむ……」
四方山としても春川先生をシェアするなんぞしたくないのである。それは春川先生が文芸部の部室に来る機会を減少させることであろう。しかし、やはりいちばん大切なのは春川先生がどうしたいか、である。本人の気持ちがいちばん大切。四方山はその黄金律に則っていこうと決めたのだ。
「まず、何はともかく、春川先生のお気持ちを確かめねばなるまい。やはり、春川先生がどうしたいと思うかが、一番大切なことだからだ」
四方山は堂々と正論を述べた。しかし、そのときである。
「こいつ、バカ?」
ツインテールの片方を、手で後方に跳ね飛ばしながら冬原は言ったのだ。そして、冬原の言葉に四方山はギクリとするのである。叱ってくれとばかりに東堂を見るが、しかし東堂は四方山の視線もなんのその。ニッと意味ありげに笑うのだ。
「そうよね~」
そうして冬原の言に相づちを打つのである。なんということだ。四方山はそう思ったのだ。冬原は容赦なく続ける。
「女に言わせようとするとか、ほんとサイテー。卑怯。四方山センパイって気になる人がいたら、思わせぶりなことだけして相手にコクらせようとするタイプ? キモい」
四方山のひたいに汗がにじんだ。キモいだと? 俺はキモいのか? 四方山は大いに混乱したのだ。
「っていうか、四方山センパイって彼女いたことないでしょ?」
グサア……! 四方山の心に言葉のナイフがグサリと突き刺さったのだ。春川先生の意志を尊重しようと言っただけで、どうしてこんなに叩かれねばならないのだ。四方山にはそれがよく分からなかったのだ。西村は『もっと言ってやれ』と言わんばかりにニヤニヤしている。そこへ助け舟を出したのは南泉であった。
「四方山先輩、これはあくまで個人的な意見なんですけど……」
前置きしつつ言うのだ。
「ただ春川先生に『こういう話が持ち込まれたんですけど、どうしますか?』って聞いたら、それは今まで文芸部に関わってくれた春川先生を傷付けてしまうことになると思うんです。だからまず、春川先生に『こういう話が持ち込まれたんですけど、オレたちとしては春川先生にずっといてほしいです』って言わなきゃいけないと思います。その上で、それでもマンガ研究部とも活動したいって言われたら、そのときはじめて、気持ちよく送り出してあげるべきではないですか?」
「な、なるほど……そうなのか?」
冬原はと見れば異を唱えない。何も付け加えることはない、というのだ。つまりそういうことなのである。南泉千紘、なんというイケメンだろう。乙女心を解説するとは、なんという離れ業をやってのけたものだろう。
「はいはい! ボクも春川先生に文芸部にいてほしいです!」
夏樹は手を上げて言うのだ。四方山はそこに文芸部の総意を見た。
「そうか……そうだな。よし、春川先生に俺たちの気持ちを告げて、文芸部に引きとめよう。シェアなんてとんでもない。そうだな?」
「いえ、ちょっと待ってください」
北峰が待ったをかけた。
「『マンガ研究部の連中が筋を通すために、我々にまず話を通した』と言うのであれば、春川先生にそういう話が出ていることを伝える必要はないでしょう。おれたちのところで処理できるはずです」
クイッとメガネのつるを押し上げながら言うのだ。
「部活動に無駄な動揺を招く必要はありません」
つまり『話をここで握りつぶせ』というのだ。おやっ? 四方山は違和感を覚えた。普段の北峰であれば、とことん白黒はっきりつけるために、春川先生にも話を通そうとするはずなのだ。いつのまに『さりげなく握りつぶす』などという社会人テクを身に付けたのだろう。
「二年生コンビは頼もしいね」
東堂はニコニコ顔で言うのである。
「ほんとだよ。ノブくんとは全然ちがう」
西村も明言した。四方山の旗色はどうにも悪いのだ。
「諸君の気持ちはよく分かった」
四方山は腹を括った。
「断るしかあるまい。いや、断らねばならん」
四方山はそう言って、堂々と腕を組んだ。明日の放課後、文芸部の総意を伝えるためにマンガ研究部の部室に赴く。そう決意したのだ。




