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此ノ川高校文芸部★  作者: m8eht
第4章 モリブデンの心臓
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第21話 「いっしょに頑張ろうね」

 その夜、北峰は自室にて『物理おもしろ読本』なる本をひもといていた。白河部長によって沈思黙考型の文士となった北峰はいろいろな物事を深く考えるようになったのだ。今は世界の仕組みを知るために、物理の本を読んでいるのだ。もっとも専門的な内容のものだと文系頭の悲哀をかみしめることになるので、一流の物理学者が一般向けにおもしろエピソード満載で語るような本を選んだのだ。なにはともかく、北峰とはそういう探求心にあふれた男である。そして四方山などはそんな北峰を内心、『たった一つの真実を追い求める男』などと呼んでいたりするのだ。


 ところで、北峰とアゴヒゲ先生こと伊藤先生の因縁について言えば、それは一年前にさかのぼる。

 一年前、白河部長に預けられ、狂犬から馴れ犬となった北峰は、そのまま文芸部に入部したのだ。そして北峰が入部したのを機に、文芸部は正式な部活動として学校当局に届け出たのである。

 その際、アゴヒゲ先生がマンガ研究部と顧問を兼任することになったのだ。北峰とアゴヒゲ先生は最初から折り合いが悪そうであった。しかし、それでも北峰は白河部長らの助けを得て、初めての創作活動にいそしんだのである。

 北峰の処女作。それは次のような話であった。すなわちこの世界は一つの物理方程式によって規定されており、その式をある日、ポッペンファイマー先生は見つけるのだ。するとたちまちポッペンファイマー先生の目には、人も物も全てが数字となって映り、それは秩序を守って運行する永遠の真理であることが発覚するのだ。そのクライマックスシーンを抜粋してみよう。


 ポッペンファイマーが屋外に出ると、巨大な0があった。太陽だ。

「太陽はゼロだ!!」

 ポッペンファイマーは歓喜した。大小さまざまな1がポッペンファイマーを取り囲む。

「木だ! 草だ! こんなところに1が!!」

 ポッペンファイマーの得意はとどまるところをしらない。部屋の黒板に書いた式に世界が対応している。真の姿を見せた。真理だ。

「すべてわかったぞ!!」

 光は0と1に分解され、ポッペンファイマーに降り注いだ。ポッペンファイマーは巨大な秩序を感じた。神が姿をあらわした。その神は数式であった。

「なんて美しいんだ!!」

 ポッペンファイマーは世界の中心に立って歓喜の声を上げ、自身も数字となって、この世界に溶け込んだ。


 と、まあ、このような具合である。なんとも変わった話だ。しかし、これこそ北峰の個性と白河四ヶ条のケミストリイが生んだ快作なのであった。

 この快作を読んだ白河部長は大いに興をそそられた様子であった。そして言ったのだ。

『北峰くんがこれからもいっそう精進して自分の世界観を構築し、この既存の世界から独立した一個の新しいものの見方を提供するなら、それはとても愉快なことだと思うのです』

 北峰はこの感想にムッとした様子でそわそわしたが、それは要するに内心ではとても嬉しかったのだ。自分が認められた、わかってもらえたのだ。

 ところが後日、伊藤先生は、この愛すべき快作を「なんじゃこりゃ。よくわからん」の一言で片付けてしまったのである。北峰はぐっとこらえた。白河部長の施したしつけがそのようにさせたのだ。しかし、実のところ、北峰は悔しかったのだ。しかもアゴヒゲ先生はマンガ研究部の顧問としては、とても評判が良いのでなおさらである。適当にあしらわれたような感じがしたのだ。こうして北峰と伊藤先生の関係は全く歪んでしまったのである。

 その後、北峰は白河部長に、自分と伊藤先生の間にあったやりとりを報告し、意見を求めた。白河部長は伊藤先生の発言をどう考えるのか知りたかったのだ。はたして白河部長は言った。『わたしたちが文芸部をつくって、伊藤先生が顧問を引き受けて下さったのですよ。感謝しないといけません』それからこうも言ったのだ。『つらいことがあったら、心に砂利が入ったんだと思うんです。そして、わたしたちはこの砂利を真珠にしないといけないんですよ』それはまさに正論であった。しかし、北峰は白河部長が怒らなかったのを不満に思ったのだ。たしかに白河光太郎にしてみれば、こんなことでいちいち腹を立て、心を乱されるというのは、全く馬鹿らしいことであったに違いない。しかし、それでも北峰は白河部長に一緒になって怒って欲しかったのだ。


 パタン。北峰は本を閉じた。いつのまにか回想を始めていて、本の内容が頭に入ってこなくなったのだ。

(あのとき、おれは……白河部長に一緒になって怒ってほしかったんだ……)

 北峰は今でも時々そう思うのである。そのとき、北峰の頭によぎる声があった。

 ――いっしょに頑張ろうね。

 それは春川先生の声であった。白河部長にいっしょに怒ってほしかった北峰の、ちょっとした心の隙間に、春川先生が入り込んだ瞬間であった。


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