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此ノ川高校文芸部★  作者: m8eht
第4章 モリブデンの心臓
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第18話 「うたたね」

 神様とはフィクションであるという人たちがいる。しかしこれは正しくない。確かめようがないからだ。宇宙の始まりには巨大な爆発があったという人たちがいる。しかしこれは文系頭には理解しづらい。どうして何もないところで爆発が起こるのだ。このように、この世界にデデンと居座る根本的な問題は、おいそれとどうにか出来るものではないのだ。では、人はこれらの難しい問題とどのように向き合っていくべきなのか。それは人それぞれである。たしかに人それぞれではある。しかし、人間というものは、人間という領域を離れては対象を理解することなんて出来やしないのだ。


   □


 ある日の放課後である。四方山はいつもより遅れて文芸部の部室に向かっていた。帰り際、クラス委員につかまって雑務を手伝わされていたのだ。たしかに、四方山は文芸部最優先の生き方をしている。しかし、文芸部以外ではわりとぼっちの四方山にとって、このような機会を持つことは自分がクラスの一員であることを再認識する重要な時間なのである。そのような理由から、四方山はホチキスでプリントを閉じる作業に黙々と従事したのだ。

 さて、四方山は部室の前までやってきて、はたと気付いた。部室の中に人の気配はあるが、物音がしないのだ。いつもの雑談が聞こえてこないのだ。四方山はそっと部室の扉を開けた。静けさが部室を支配しているようなのだ。四方山はパッと明るい気分になった。やっと分かってくれたのか。その通り、白河派は求道の場である。各々が黙々と精進を重ねる場なのだ。

 そう思ったとき、テーブルに座る夏樹と目が合った。夏樹はにっこりして、自分のくちびるに人差し指をあてた。

(しーっ)

 あざとさを感じさせる仕草である。しかし夏樹がやると全くわざとらしさを感じないのだ。ナチュラルすぎてヤバイのだ。

 夏樹はちょっと後ろを見るフリをする。そしてそこで四方山は、窓際の席に座る春川先生に気が付いた。最近は半ば北峰専用と化していた椅子に深く腰掛け、やや首を傾げてうたた寝をしている。その寝顔の可愛らしさときたら、さしもの四方山も思わずドキリとしたほどであったのだ。

 なるほど、静かなはずだ。そう思いつつ四方山はいつもの席を占め、テーブルを囲む部員一同を見回した。すると、部員一同、どうも中間考査の勉強をしているのである。いや、たしかに白河部長時代にも『学生の本分は勉学にはげむこと』という方針のもと、試験が近付けばテスト勉強をしていた。しかし断じてこんなファストフード店で勉強してますな雰囲気ではなかったはずなのだ。一口チョコレートの山とペットボトルのカフェラテのビルが並んでいる。こんなことはなかったはずなのだ。かろうじて白河時代の風格を残すのは北峰のみであり、西村に至ってはスマホで遊んでいる。本当にいい度胸である。それにしても隣り合わせで座る南泉と夏樹の距離が近くはないだろうか。肩なんぞ触れ合わんばかりだ。

 ところで四方山は高校卒業と同時に就職するつもりであって、どうにも勉学を投げているところがあった。そこでジロジロとテーブルの上を眺め回したのだ。すると、東堂のノート類の下に、なにやらキラキラとラメの入った雑誌の背表紙が見えた。ススス……。退屈しのぎにその雑誌を引き抜いてみる。東堂がチラと四方山の方を見るが何も言わない。すぐに冬原の勉強を見るのにもどるのだ。雑誌を広げてみる。それはどうやら東堂が気分転換用に持ち込んだ女性向けの雑誌のようである。四方山はパラパラとめくってみた。ファッション、着まわしコーデ、男性アイドルの写真とインタビュー記事、スイーツ特集、星占い、相性占い……。四方山はページを繰るたびに驚きを深くした。東堂君、君はこんなおしゃれな生き方をしていたのか。白河部長のころは、ちんまりと文庫本を広げて読んでいた東堂なのである。まさに四方山の知らない女の生態のごときものが四方山の眼前に現出していたのだ。

「んん……っ」

 妙に色っぽい声が部室に響いた。部員一同は号令をかけられたがごとく一斉に春川先生の方を見た。春川先生は目をこすって、とろんとした目であたりを見回した。そして部員一同が自分に注目しているのに気が付いたのだ。

「あ、やだ……」

 口もとをてのひらで拭う。どうもよだれが垂れてないか、気になったらしいのだ。

「ごめんね、うたたねしちゃってた。はずかしいな……」

 照れている。なんという色っぽさであろう。四方山はそう思ったのだ。たまんねえぜ。西村の邪悪な声が聞こえたような気がしたのだ。部屋の中にほんわかとした空気が流れた。春川先生とは存在がアロマテラピーなのである。

 さて、そのアロマテラピー先生はとてとてと四方山の方に歩み寄ってきた。

「四方山くん、なにを読んでるの?」

 照れかくしのつもりなのか、四方山の読んでいた雑誌に食いついてきたのだ。

「い、いや、これは東堂のです……」

 四方山はきまり悪さを隠すためにいそいそと言った。

「し、しかしこういうのはどうしたもんですか。世の中の理解の仕方があまりにも表層的に思えますが……」

 そして敢えて言う必要のない不穏当な感想も口走ったのである。

「そうかしら」

 春川先生は言った。

「アイドルや甘いものにキャーキャー言いながら少しずつ大人になってくのって、とってもステキなことだと思うの……」

 四方山の耳を雷鳴が打った。四方山にはそれが自分よりはるか遠い世界から来た『言ノ葉』だとわかったのである。

「四方山くんって、そういうのうといですから」

 東堂の一言が四方山の心を刺した。

「うん。どうみてもそんな感じ」

 そして冬原の一言がえぐりを入れる。

「緋奈、だめだよ、そんなこと言ったら……」

 最後に夏樹の気遣いが、傷口に塩を塗り込んでいくのだ。

「……」

 四方山の効いてないアピールのスマイルが奏功したかはともかく、テスト勉強の合間に流れたこの穏やかな時間は、四方山に一つの計略をひらめかせたのだ。


 文芸部がはけた後、四方山、西村、南泉、北峰の四人は、大吟醸川の河原に集合していた。夕暮れどきの川風に吹かれながら、紅に染まる川面を見ていたのだ。

「諸君」

 そして四方山が口火を切った。

「まず、中間考査が近い。各自、白河派の文士として恥ずかしくない成績を収めてほしい。就活中の俺はともかく、諸君はこの国の最高学府の門を叩こうというのだ。『四方山先輩の分まで頑張ろう』そういう気迫を持つことが大事だ。そうだな?」

 四方山は熱を吹いた。しかし返事をする者はいない。ポチャ。ただ西村が小石を川に投げ込むのみだ。四方山は話題を変えた。

「え~コホン。それはそれとして、夏樹裏サイト事件も首尾よく片が付いた。これは本当によかったことだ。それに最近の夏樹君は南泉君によく懐いていると思わないか? これも本当に良いことだ。南泉君、これからも機会をうかがいつつ、よりいっそう白河派の魅力を伝えていってくれたまえ」

 四方山は改めて南泉の労をねぎらったのだ。

「四方山先輩、そのことなんですが……」

 南泉は言い出した。

「オレ、ちょっと一人で考えたいことがあって……。当分、この会合を欠席させてください」

「どうした? 何か心配事か? 俺たちでよければ力になろうじゃないか」

「いえ、そういうわけではないんですが……」

「……ふむ、そうか。いや、よかろう。しかし、何か言えるようになったら、いつでも言ってくれ」

「はい。ありがとうございます……」

 一礼して、南泉は土手の階段を上がっていく。その背中に四方山は孤独の影を見た。しかし四方山は、あまり気に留めなかった。本来、文士とは孤独なものだからである。

「ふむ。南泉君が一人で考えたいこと、か。もしかして、ついに自分の文体を生み出すべく、生みの苦しみの段階に入ったのかもしれん」

「ハァ……」

 これみよがしな西村のため息である。

「ノブくん、ほんと周りが見えてないよねェ……」

「なんだって?」

「南泉くんって、さいきん失恋したんだけど。知らなかったの?」

「失恋!?」

「つまり、淡い想いをそっとアルバムにしまいこむような、そんな切ない瞬間があったってこと」

 無駄に凝った表現をしたものである。それにしても、と四方山は驚いていた。いつのまに? しかもあのルックスで? 四方山は大いに戸惑ったのである。四方山の中で『イケメンは失恋しない』などという固定観念が幅を利かせていたのだ。

「しかも、此ノ川高校に入ってから二度目なんだけど」

「二度目だと!?」

 驚愕する四方山を、西村は薄ら笑いで眺めたのだ。

「だからノブくんは駄目なんだよなァ。白河部長が月ならノブくんはそこらへんの石ころでしかないよねェ。もっと部員に対して目配りしてよ」

「たしかに、たしかにその通りだが……」

 しかし、いつのまに失恋などしたのであろう。しかも二度も。四方山はそう思ったのである。

「北峰君、君は知っていたのか!?」

「……まあ、なんとなく」

 北峰も知っていたらしいのだ。知らなかったのは実に四方山だけだったのである。

「ノブくんに一つだけ言っておけば、ネット上の話はウソも多いけど、ときどき真実を穿っていることがあるからね」

 どういうことだ? このセリフは何を意味しているのだ? 四方山は考えた。考えたがわからないのだ。

「北峰君、君には西村君の言ってることが理解るのか!?」

「……」

 北峰は答えない。しかし、その沈黙は肯定であった。

 これは、この話における推理小説の要素である。ヒントは全て出ている。南泉がいつ、どのように失恋したのか、推理してみてほしい。そして解答は第六章の冒頭において与えられるであろう。

 なにはともかく、南泉は去ったのだ。白河四天王から脱落してしまったのだ。四方山の心痛はいかばかりであろう。南泉とは常識人で、気さくで、そのうえ友情に篤い。それゆえに、もっともよく新入生達を感化してくれるであろうと期待していたのだ。しかし、このような事態となってしまったのだ。

 四方山はがっくりとうなだれた。すると頭の上から西村の声が降ってきた。

「あのさァ、今日はノブくんの小芝居を見るために、僕たち集合したの?」

 なんとも辛辣である。それにしても、である。西村も北峰も何をこんなに落ち着き払っているのだろう。……いや、そうだ。そうなのだ。白河部長の教えを受け継ぐ俺たちなのだ。冷静さを失わず、ひたすら為すべきことを為す。そうあるべきなのだ。そうでなければいけないのだ。四方山はそう決意を固めた。

「まさか」

 四方山は立ち上がる。

「これからの方針について述べようと思って呼んだのだ」

 そして、ぐっと力強く腕を組むのである。

「今日、俺は思ったんだが、夏樹も冬原も春川先生によく懐いている。そこでだ、まず春川先生に重点的に白河派の素晴らしさを伝えていこうじゃないか。『将を射んと欲すれば……』というじゃないか」

「春川先生は馬なの?」

 西村がまぜっかえしてくるが、四方山には気にならない。

「白河派の素晴らしさ、春川先生に伝えよう! なぜなら、君たちは白河四天王なのだから!!」

 ぐっと拳を天に突き上げる四方山である。

「またそのネタ?」

 西村にうんざりされようと、四方山は『白河四天王』というワードを大いに気に入っていたのだ。そして、まだなんとかなる、新入部員及び新任顧問を白河派に引き込めると信じていたのだ。

「北峰君も頼んだぞ!」

 北峰は、四方山らに背を向けて、川の流れに対峙している。その背中、そのかっこつけた背中が、なんとも頼もしく思えるのだ。

「中間考査が終わったら、すぐに動くぞ……!!」

 四方山は二人に発破をかけた。


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