第15話 「異変」
ゴールデンウィーク明けの2年4組の教室である。
南泉は教室に入った瞬間、何か様子が変なのに気づいたのだ。そこかしこにグループで集って、何かをひそひそと話しているのだ。そして教室に南泉が入ってきたのに気付いてパタリと話を止めたのだ。
(どうしたんだろ?)
皆が遠巻きに自分を見ているような気がしたのだ。特に一部の女子グループは目をキラキラと輝かせて自分を見ているような気がしたのだ。
南泉は違和感を覚えつつも自分の机へと歩く。今日も今日とてイケメンである。光の尾を引きつつ歩いているかのようだ。ちょうど南泉が自分の席についたところで、南泉の前の席に座る次郎君(仮)が登校してきた。
「あ、おはよう」
南泉はいつものとおり、挨拶したのだ。次郎君(仮)はビクッとした。
「お、おはよう……マジ、うん……」
南泉にあいさつされた次郎君(仮)の様子がどうも変なのだ。何かに怯えているかのようなのだ。しかし、よく観察すると単純に怯えているわけではない。その表情には好奇心や期待といったものも混ぜ込まれていたのである。
「……?」
南泉が違和感を覚えつつも教科書を机に詰めていると、今度は女子生徒の一人が歩み寄ってきた。学級委員長のF女史である。彼女は意識高い系……ではない。実際、意識が高いのだ。
「み、南泉くん……」
「ど、どうしたの?」
「南泉くん、そうだったんだね……。でも、私、絶対、軽蔑とかしないからっ!!」
それだけ言ってしまうと、F女史はまた自分のグループの方へ帰っていったのだ。南泉はポカンと彼女を見送った。
一方そのころ、1年2組の教室でも異変は起こっていたのだ。
「おい!」
登校してきた夏樹を、男子たちが壁際で取り囲む。それは前にコンビニで夏樹をからかっていた男子たちなのだ。クラスが違うにもかかわらず、わざわざ待ち伏せていたのである。
「おまえ、やっぱり女だったんだな?」
ニタニタ笑いながら、リーダー格の男が言った。
「な、なんだよっ……」
ワケがわからず戸惑っている夏樹に、男子達の一人がスマホの画面を見せた。そこに映っていたのは、南泉と腕を組んで歩いている夏樹の画像であった。
「これ、どういうこと? おい?」
リーダー格の男は、そう言ってすごんでみせた。そして、ガツッと夏樹の足の間の壁を蹴ったのだ。
「あうっ……」
夏樹の上げた怯えたような声に、男子達は忍び笑いを漏らすのである。
「なにやってんの?」
そこで声をかけたのが、夏樹のクラスの良識派代表T氏であった。夏樹の着替えをガン見している連中には注意しかねた彼も、この場合はどうすればいいのか、はっきりと分かったのだ。
「は?」
リーダー格の男は相手を威圧する用の顔を作ってT氏にガンをつけた。T氏はまったく怯むことなくその目を見返した。そして視線は語りはじめるのだ。
『なんなの?』
『てめえだろ?』
『やんのかコラ』
『やるっつったらどーよ?』
『殺すぞ?』
『あ? 死ぬ? ここで死ぬかオイ』
しかし、ガンの付け合いは、夏樹のクラスの担任がやってくることによって終わりを告げた。夏樹をからかっていた男子達は一睨みを残して自分の教室へ帰っていったのだ。クラス担任が来なければ暴力沙汰に発展していたかもしれない。男社会とはとかく生きにくい場所である。
「あの、田村くん、ありがとう」
「いいってことよ」
柔道部風のさわやかな笑顔で、T氏は夏樹のお礼に応えた。しかし夏樹の顔は晴れないままである。
(ボク、男なのに……)
守ってもらった自分が情けなかったのだ。それから、自分のことに南泉を巻き込んでしまったことが、つらかったのだ。冬原に怒られるという事件があった。これから頑張って怒られないようにしたいと思った。しかし、こういう写真を撮られた。南泉にあわせる顔がないと思ってしまったのだ。
そして夏樹は、学校裏サイトという一つの現実を、ついに知るに至ったのであった。
放課後である。
夏樹にそのような事態が生じているとは、露知らぬ四方山である。部室になかなか夏樹がやってこないので言ったのだ。
「おや、今日は夏樹君は休みかな?」
まあ、そんな日もあるだろう。四方山は大いに寛大なところを見せようとしていたのだ。
「だめだなぁノブくんは。やっぱ目配りが足りてないんだよなァ」
「な、なんだと!?」
「原因はこれでしょ?」
西村は持っていたスマホの画面を四方山に見せた。そこには南泉と腕を組む夏樹の写真が載っていたのだ。そしてその下には誰が書いたか、コメントが連なっていた。
『あっ……(察し)』
『二人とも男なんでしょ?』
『え? 男の方って2年の南泉じゃない?』
『どっちも男やって』
『うそ~……そっちの人だったんだ……』
『俺のケツも危なかったってこと!?』
そういうようなコメントがずらずらと並んでいるのだ。
「ゴールデンウィークに映画に行ったときのか。いつのまに撮られたんだ?」
「見せてください!」
四方山からスマホをひったくるようにして、南泉が画面を見つめる。やがて、決意したように言ったのだ。
「四方山先輩……オレ、いってきます!」
四方山は南泉の目を見た。そして大きく頷いたのだ。
「うむ、よかろう。いってくるんだ!」
「冬原、案内してくれないか?」
「あ、はい……」
「じゃ、私も行く~」
すっかりノリが軽くなった東堂である。
「じゃ、いってくるからね~。お留守番よろしく~」
東堂のなぜか楽しげな声を残して、南泉一行はあわただしく部室を後にするのであった。
「うむ。いい目をしていたな」
「この際、わりと本気で南泉×夏樹の可能性を論じてみない?」
「そんなクズ理論は君の頭ごとゴミ箱へ投げ入れるべきだね」
四方山は堂々と正論を述べた。
「で、ノブくん。僕らは待機なの?」
「そうだ。信じて待つことだって重要な仕事だ」
そう言って四方山は腕を組んだ。座ったままでありつつも、足は地面をぴたりと踏みしめている。その通り。信じて待つことだって大切なことなのだ。四方山が自分のセリフにひたっていると、春川先生がやってきた。
「ねえ、夏樹くん、いる?」
「どうしたんですか、ユイせんせっ」
デブった猫がケツを振りつつ媚を売るわけである。
「ちょっと聞きたいことがあって……」
西村が四方山を見た。どうやら学校当局も事態を察知したようである。四方山は西村に一つうなずく。
「もしかして、これのことですか?」
西村がスマホの画面を春川先生に示した。
「あっ……」
春川先生が小さく声を上げた。しかし、四方山は春川先生に二の句を継げさせなかったのだ。
「大丈夫です、先生」
「えっ?」
「我々はすでに手を打ちました。事態は解決に向けて動いています」
「そう、なの?」
「ええ。大船に乗ったつもりで待っていてください!」
四方山は大いにうなずいたのだ。
「ユイせんせ、ま~コーヒーでも飲んでまったりしてましょうよ~」
言いつつ、西村は北峰を振り返った。
「というわけで北峰くん、コーヒーひとつ!」
先輩風を吹かす西村に視線で軽蔑を示しつつも、北峰は部室の隅にある電気ポットの方へと向かうのであった。




