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此ノ川高校文芸部★  作者: m8eht
第3章 駆け抜けた先にあるもの
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第12話 「男らしさ論」

 大吟醸川のほとりにて、四方山が部員達に心構えを説いていたころ、一年二組の教室では、まさに西村の危惧していた事態が進行していた。一年二組は午後の授業が体育だったのである。それゆえ、夏樹は教室で体操服に着替えようとしていたのだ。そして、そんな夏樹にクラス中の男子が注目しているのだ。

(みんな見てる……)

 そんな視線なんて全く気にならないふうに振舞おうとしても、夏樹はどうしてもその視線が気になって、もじもじしてしまうのだ。そして、片方の腕で胸を隠しながら着替えることになるのだ。からだをよじって視線を避けるようにすると、かえって周りの視線は熱を帯びるのだ。夏樹のこの行動が、周りの男子どもの正体不明の感情を煽ってしまうというわけである。

(ボクが女の子みたいだから、なんだよね……?)

 夏樹が制服のズボンを脱いだ。下は体にぴっちりしたボクサーパンツである。教室の熱気はさらに膨張する。このとき、しゃがみこんで夏樹が本当に男かどうか確かめようとする者もいたのだ。また、ある性癖フェチズムを有する者たちは、わざわざ夏樹の背後にまわったりしたのだ。はっきり言って自分に正直すぎである。

(恥ずかしい……)

 自分でも知らないうちに、夏樹の顔は真っ赤になっている。クラスの男子の半分以上が夏樹に好奇の視線を送り、そして夏樹の反応を楽しんでいるのだ。顔ぐらい赤くなろうものである。もちろん、1年2組にも良識派の人物はいる。しかし、そんな人たちは夏樹から目をそらして黙々と着替えているだけだ。夏樹を舐めるような視線で見ている連中。そんな連中に、一体何と言って注意すればいいか分からないのだ。男が男の着替えるのを見ているだけなのである。法律上、何の問題もないのである。

 そして着替え終わった夏樹は、周りの男子たちの間を縫うようにして、グラウンドへ向かって駆け出すのであった。


 放課後である。

 四方山は白河派の道場こと文芸部の部室へとやってきたのだ。

「やあ、諸君」

 挨拶しつつ部室を見回した四方山は、二人ほど人数が足りないのに気付いたのである。

「東堂君と冬原君はどうしたのだ?」

「今日の放課後は、街に行くって言ってましたよ」

 テーブルの席で読書をしていた南泉が答えた。

「街に? 何かあるのかね?」

「それは……買い物をしたり、お茶を飲んだりするんじゃないですか?」

 四方山はギクリとした。要するに女同士で仲良くお出かけなのだ。分かっていたことではあったが、白河四天王の一角はたしかに崩れたのだ。それを改めて認識したのである。

「女性陣がいないから、今日はY談でもしようか!?」

 西村がはしゃいで言った。西村の持論はこうだ。『男同士、手っ取り早く距離を縮めるにはY談しかないでしょ?』いや、そんなことあるわけないのだ。それは男という性に対する偏見である。しかし西村はこの偏見を未だに捨て去っていないのだ。去年、南泉を困惑させ、北峰から白い目で見られたというのに、全く懲りていないのだ。

「で? おっぱいとおしり、どっちが好き?」

 真っ先に答えを返したのは四方山である。

「俺はおしりだよ。ただし西村君、君のケツ限定でね」

 夏樹の前でこういう話は教育上よろしくない。早々にこの話題を打ち切るべく、四方山は大いに怒気を含ませながら言ったのだ。

「光栄だね」

 西村はこたえた様子もなく、ニヤリと笑うのだ。その笑顔ときたら、まさしくデブった猫である。

「夏樹くんはどうかな?」

 そして敢えて夏樹に話題を振るのだ。

「え、え? そ、そんなこと……」

 案の定、夏樹は頬を赤く染めるのである。そして、両手を顔の前でぱたぱたと振るのだ。しかし、どこか元気がなさそうにも見えるのだ。四方山はそんな夏樹を見て、大いに先輩風を吹かせようと思ったのである。

「元気がないな。何か心配事か?」

「え、ええっ!? そ、そんなこと、ないです……」

「悩みがあるなら何でも俺たちに言ってみたまえ。白河派の人生論で数秒以内に片を付けてやろう」

「え、えっとぉ……」

 夏樹は助言を求めるように、ちらりと南泉を見た。

「何かあるなら力になるよ」

 南泉はさわやかに笑った。南泉という男、イケメンというだけではないのだ。こういうセリフがさらりと出てくる男なのだ。そして夏樹は南泉に見つめられて、恥ずかしそうにうつむくのである。

「あ、あのですね……ボク、どうしたら男らしくなれるんだろう?って考えてたんです……」

 もじもじしながら言う夏樹である。その様子は、どう見ても恥ずかしがっている女の子にしか見えない。しかし、口調は真剣そのものなのだ。例の裏サイトに貼られた写真が、四方山の頭をよぎった。これはかなり深刻な悩みだ。四方山はそう察したのである。

「『男らしさ』と一口に言っても、いろいろあるがね」

 四方山は言うわけだ。

「一つだけ間違いない『男らしさ』がある。それは『奥さんを大事にする』ということだ。なんなら『彼女を大事にする』と言ってもいい。世の中には『据え膳食わぬは男の恥』などという下らない言葉がある。こんなのを真に受けるなんて馬鹿者のやることだ。それは男じゃない。オスだ。一流の男というものは、すなわち『漢』というものは、奥さんを大事にするものなのだ。間違っても肉棒の、失敬、下半身の下僕になんぞならないのだ」

 四方山は堂々たる正論を吐いた。

「それから、『エロスに正直になること』ってのがあるよね」

 西村が言い出すわけである。いったい何を言い出したのだ。四方山はじろりと西村を見たのだ。

「なんだかんだ言って、世の中やっぱりエロスなんだよね。エロスがないと世の中まわらないし、次の世代だってあらわれない。エロスを大事にする。そういう姿勢は大事だよね。この際、奥さんや彼女との間では思いっきりミート・スティックに振り回されてみる。そういう心の余裕が大事だね。そうするとやっぱり、見てるこっちも幸せっていうか……最高な気分になれるからさ」

 四方山のこめかみがぴくりと震えたわけである。

「西村君。まさか君は十八歳未満の購読が禁止された書籍を読んでるんじゃないだろうな?」

「エロ本? エロ本くらい誰だって読むでしょ」

「な、なんだと……!?」

「まあまあ、落ち着いて。そうですね、オレは……」

 南泉が四方山をなだめて、持論を展開するのである。

「オレは、外見からちょっとずつ変えていくのもいいかなって思う。案外、そうゆうことも大事だから。髪の毛、もう少し切ってみたりとか」

 言いながら南泉は夏樹の前髪をそっと指で横になでるのだ。

「は、はい……」

 夏樹は照れっぱなしである。

「北峰くんも何か言ってってくれよん。夏樹くんが男らしくなりたいんだってェ」

 窓際の席に座って読書していた北峰に、西村が声をかけた。北峰は本から顔を上げて夏樹を見るのだ。夏樹はきゅっと背筋を伸ばした。北峰はメガネのつるを中指で押し上げて、夏樹を凝視する。夏樹は固くなっている。

「『男らしく』って言われてもな……」

 北峰はまゆをしかめるのだ。

「そんなものは相対的なもので、本質的ではない。結局、夏樹自身の問題でしかない。夏樹はどうしたい? どうなりたい? それが全てだろ」

 さすが『たった一つの真実を追い求める男』北峰である。『男らしさ』という言葉に存在する相対性を見事喝破したのだ。しかし、どこか夏樹の問いに答えていない、そんな感じもするのだ。

「うん、そうだね。結局、夏樹がどうなりたいかだね」

 南泉が北峰の発言に賛意を示す。そしてごく自然な手つきで夏樹の頭をなでたのだ。

「夏樹らしい男らしさ、探してごらん」

「あ、ボ、ボク、がんばります……」

 知らない人が見れば、イケメン彼氏とそのカワイイ彼女のように見えたであろう。しかし実体はどちらも男なのである。それはそれとして、四方山は焦っていた。このままでは副部長にばかり懐いてしまう。四方山は部長の威厳を示す必要性を感じたのだ。

「いいか、夏樹君。噂によればそろそろ『男らしさ』という言葉がなくなるかもしれんのだ。それが時代の流れのようなのだ。しかし、たとえ『男らしく』という言葉がなくなっても、男には失っちゃいけないものだってある。これだ」

 四方山は自分の胸を親指でトントンと指し示した。

「それは『心意気』だ。俺はやるぞ!という強い意志だ。例え自分一人しかいなくても為すべきことを為す。そういう確固たる信念ともいうべきものだ。わかるか?」

「……はいっ!!」

 夏樹は元気よく返事をしたのだ。なんて素直ないい子なんだ。四方山はドヤ顔を崩さなかったが、心の中では感動の涙を流していたのだ。

「こんにちはぁ」

 そこへ春川先生がやってくるのである。そして、一同が夏樹を取り囲んでいることに気付いたのだ。

「あら、みんなで何してるの?」

「夏樹くんが『男らしくなりたい』って言うから、アドバイスしてたんですよぉ」

 西村が媚びた笑顔を向ける。

「あ、そ、そうなの……」

「春川先生! 春川先生はどうすればいいと思いますか? ボクが、あの、男らしくなるために……!」

「え、と……」

 春川先生は困ってしまった。ほおを染めて、おずおずと自分を見る夏樹は、どう見ても女の子にしか見えなかったからだ。考えに考えて、春川先生はやっとこさ言ったのだ。

「そうね。男らしさってやっぱり、大切な人のことをちゃんと守れることだと思うわ……」

 電流走る。その瞬間、四方山と西村はコンマ1秒もおくことなく、春川先生の背後に男の影を察知したのだ。

 一方、夏樹は言うに及ばず、南泉も北峰もそんなことは思いも付かず、素直に感心したり、日常生活の中ではなかなかお目にかかれないワードに衝撃を受けたりしている。要するに、まだまだ甘いのだ。少しばかり顔が可愛かったり、立ち居振る舞いがスマートだったり、ニヒルを気取ったりしていようと、所詮は下級生なのだ。最上級生の領域には、まるで届いちゃいないのだ。

「あ、あはは。なんちゃって」

 照れ笑いする春川先生は、それはそれは可愛らしかった。あの北峰ですら完全に固まっていたほどだったのだ。


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