第11話 「学校裏サイト」
男にとって『男らしさ』というのは大切なものだ。昨今の風潮にかんがみれば、それを他人の強制することは許されないが、自分の心の中で『男らしくありたい』と願うのは良いことだ。これは野郎共から奪い去ってはならないものである。
この男らしさの中身というものは実に『勇気』である。それは言うべきときに言うべきことを言い、やるべきときにやるべきことをやることである。「女にそういうことは出来ない」と言っているのではない。「男だからそういうことが出来なければならない」と言っているのだ。
□
その日の昼休み、東堂を除く白河派のメンバーは、大吟醸川の土手に集合していた。集合をかけたのは四方山である。その四方山は沈痛な表情で腕組みをしていた。
「諸君に悲しいお知らせがある。東堂君が白河四天王から脱落してしまったのだ……」
絞り出すような声で、四方山は切り出したのだ。
「どうしてそうなるんです?」
南泉が聞いた。四方山は3人に今朝の出来事を手短に話して聞かせる。
「つまり、あくまで俺の見解だが……東堂君の白河部長に対する感情が尊敬の域を超えてしまったようなのだ」
四方山の耳には、今朝の『光太郎さん』と呼ぶ声の響きが残っていた。それは何という響きであったことだろう。
「諸君。白河派とは求道である。道を求めることである。恋愛感情などにうつつを抜かしているヒマなどないのだ。ひたすら精進しなければならないのだ。そうでなければ、後輩たちだってついてこないのだ。わかるな?」
恋愛感情はNG。白河部長がそう言っていたわけではないが、四方山はそう解釈していたのだ。
「でも、オレは……ずっとお似合いだと思ってましたけど」
口もとにかすかな笑みを浮かべて、南泉は言った。四方山は大いにギクリとしたのだ。
「ど、どういう意味かね?」
「そのままの意味ですよ。白河部長と東堂先輩はお似合いの二人だ、ってことです」
四方山は驚いた。南泉君、君は二人をそういうふうに見ていたのか!? そういう驚きである。すっかり動転した四方山は、今度は北峰に見解を聞いたのだ。
「き、北峰君。君の見解は?」
「……少なくとも、おれたちがとやかく言うことじゃないでしょう」
眼鏡のつるを押し上げながら北峰は言うのだ。
「そうそ。『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』ってことわざもあるくらいだし!」
西村が合いの手を入れる。どうやら3人とも事の重大性をまったく理解していないようなのだ。大丈夫なのか? 四方山は不安に思ったが、しかしすぐに気を取り直した。そうだ、一人脱落したくらいで動じるような連中ではないのだ。白河部長に仕込まれた俺たちなのだ。どいつもこいつも、まとめて白河派に引きずり込んでやる。四方山はそう固く決意したのだ。
「ともかく、白河四天王は君たち三人になってしまった。気を引き締めてかかってほしい。白河派の伝統、続くや否やは君たちにかかっている!」
四方山はぐっとこぶしを握って、天に突き上げた。
「やるぞ! エイエイオー!」
四方山の声が空しく川原に響き渡った。
「唱和しないか、君たち……」
「そんなことより、ちょっと問題が持ち上がってるみたいなんだけど」
そう言って西村は、親指ひとつで世界とつながる例の便利な携帯機器の画面を四方山たちに対して示した。その画面に映っていたのは夏樹の写真である。それは校内を歩いている夏樹を盗撮したかのような写真だったのだ。
「これは何だ?」
「昨日の夜、学校裏サイトの『此ノ川カワイイ子』板に貼られた写真」
四方山は西村をじろりとにらんだ。学校裏サイトとは、その学校にまつわるドス黒い噂が行き交う匿名電子掲示板の集合体である。此ノ川高校にもそれはあった。まさに此ノ川高校の闇である。
『西村君、君はまだこんなものを見ていたのか』
四方山はそう言いたいのをぐっとこらえた。西村は昔からこういったものを平気で見ていたのだ。かつて、まだ白河部長がいたころ、四方山は『白河派の文士がそういったものを見るのは、不適切ではないか』と問題提起したことがあるのだ。それに対して西村は『闇について知ることなく、光の在りかを説くことはできない』と反論した。両者は一歩も譲らず口論となり、最終的に白河部長の裁定をあおぐことになったのだ。白河部長は言った。『ほどほどにするんですよ』白河部長のこの発言を受けて、西村は大いに勝ち誇ったものだ。そういった経過もあって、四方山はぐっとこらえざるを得なかったのである。
「ちょっとよく見せてくれ」
四方山は西村の手からスマホを奪い取り、画面をスクロールさせた。南泉と北峰も後ろからのぞきこむ。その夏樹の写真には、
『なんで男の制服着てんの?(すっとぼけ)』
『カワイイ(錯乱)』
『ウホッ……』
などというコメントが付されていた。
「むぅ……」
四方山はうなった。なんという下劣な連中であろう。ウチの部員をこんなふうに晒し者にして面白がっているとは……ゆるせん。四方山はそう思ったのだ。
「こんなの、無視でいいでしょう?」
いかにもどうでもよさげに北峰は言うのだ。こんな匿名掲示板に書いてあることなど意に介する必要はないというのである。しかし、四方山はその意見に反対であった。
「北峰君。この世界はね、残酷なのだよ。社会というのは正論だけではまわっちゃいないのだ」
そして四方山は、残り三人となった白河四天王に対し訓示を垂れたのだ。
「諸君。これはいずれ、ろくでもない事態となって我々の前に立ち現れるだろう。そのときがいつ来てもいいように、何かあったらすぐに動けるように、今から心構えをしておくのだ」
一同の了承の返事を聞きながら、四方山は腕を組んで、川面を眺めやった。その胸には、どうして人はこんなにも噂話が好きなのだろう、という思いが去来していたのだ。




