麗かに 陽は昇れども 気は沈む
エーテル歴884年4月15日
宿の娘が言っていた通り、ヨヨの村は昨日までの雨が嘘のように、清々しい青空の朝を迎えた。
どうやらこの村のまじない師、腕は確からしい。
私は急いで身支度を済ませ、この宿で8度目の朝食を掻き込み、宿を出た。
八泊分の宿泊費を得た娘が、満面の笑みで送り出してくれたことが妙に印象に残っている。
久しぶりに直接浴びる太陽の光を若干まぶしく感じつつ、私は空を見渡す。
私が泊まっていた部屋の窓からは丁度見えなかった北東の森の側に、縦に真っ直ぐ伸びた巨大な雲がそびえていた。
きっとあの真ん中を、スカイフォールは流れているのだろう。
村を流れる川は、昨日までの雨続きだった時よりはるかに勢いが増している。
これも、スカイフォールの滝水の影響のようだ。
私は足早に、川沿いに上流へと進んでいった。
……どれほど歩いただろうか。
川沿いに村を出て、草原を歩き、坂を歩き、森を歩き、坂を歩き、また草原を歩いた。
振り向くと、ヨヨの村は森の向こうに随分と小さく見える。 距離にして3、4kmといったところだろう。
先の道を見ていた時にはあまり気にしていなかったが、こうして振り返ると、随分と高台にまで登ってきたのだと分かる。
セントランドで長く教師勤めをしていた運動不足の私にとって、この高台までの坂はなかなか足腰に堪えるものがあった。
スカイフォールを背に、私は丁度良い高さの岩に腰掛け、小休憩をとることにした。
立ち上る巨大な雲の他には、混ざり気のない遥かな青空。
眼前に広がるは豊かな自然の緑。
その中に、ポツリと佇むヨヨの村。
赤いレンガの屋根と、煙突の先からうっすら見える白い煙の筋。
これら全てを、太陽の優しい光が包み込む。
川のせせらぎも、鳥のさえずりも、この美しい自然のバックグラウンドミュージックだ。
まるで絵画だ。
セントランドでは決して見られない自然の絶景に、私は心を奪われた。
色々と憚らない年頃なら、大きな声でヤッホーとでも叫んでいたところだろう。
「ヤァッホォーーー!!」
「ヤァッホォーー!」
「ヤッホー……」
突然、どこかで聞き覚えのある声が、近くから響いた。
私は驚いて立ち上がる。
声の聞こえた方を振り向くと、二人組の二十歳ほどの女性が立っていた。
女性もこちらの存在に気付いて目が合う。
「あ、あの馬車が動かなくなった時の人……ですよね?すみません、大きな声を出してしまって……」
先刻、ヤッホーと声を飛ばした女性はハッとした表情の後、少し緊張した様子でそそくさと謝った。
この二人は、ヨヨの村まで同じ魔法馬車に乗ってきていた女性だ。
私と同様、晴れるまでずっと待機してスカイフォールを見に来たのだろう。
「いえいえ、お気になさらず。私も若ければ、同じ事をしていたでしょうから。」
10歳くらいしか違わないだろうに、老人くさい発言をしたものだ、と我ながら振り返る。
女性はペコリと頭を下げて、スカイフォール目指して進んでいった。
「良かったね、キレられなくてさ」
もう一人の女性が、小声でそう言うのが聞こえた。
……馬車での一件を知るあの二人にとって、私は『中性的な顔立ちの、キレると怖い人』という認識なんだと、その発言から瞬時に理解できた。
美しい自然に心洗われたのも束の間、私は何とも表現し難い感情に覆われた。
見ず知らずの相手とはいえ、悪印象を持たれるのは誰だって本意ではないだろう。
……とりあえずそろそろ休憩は辞めにして、私も再びスカイフォールへと歩みを進めることとしよう。
晴天と自然の中での一句
麗かに 陽は昇れども 気は沈む