春雨に 伝承残る 滝の里
エーテル歴884年4月14日。ヨヨに着いてから一週間が経ち、この宿で7度目の朝を迎える。
綺麗に掃除されてはいるものの、所々古びた様子の隠しきれない宿の二階にある一室。
軋むベッドから身を起こし、ザーザーと耳障りな音にある諦めを抱きながらも、今日も私は窓越しに空を眺める。
「また雨か……」
思わず言葉が口に出る。
晴れていたのはこの町に着いたその晩だけ。それ以後は、ずっと止まぬ雨が続いている。
私が見に来たスカイフォールは、どういう訳か晴れの日にのみ見られるという不思議な滝である。
よく晴れた日、ヨヨの村には必ず空に縦に伸びた大きな雲が発生し、スカイフォールはその真ん中を通って落ちてくるらしい。
そんな天空の滝を生む雲は、決まって曇りや雨の日には発生しない。つまり、滝を見たければヨヨの村で晴天を待つしかないのだ。
おかげで私は、一週間もこの宿に滞在することを余儀なくされていた。
2日目よりも3日目、3日目よりも4日目と日に日に強まっていた雨は、今日もまた見事な土砂降りだ。
ヨヨは雨の多い村だとは聞いていたが、まさかここまでとは。
暗い天気、鉛のような重い色。身支度を済ませた私は、それが乗り移ったかのように暗い気持ちと重い足取りで、朝食を摂りに一階の食堂へと降りた。
「おや。おはようございます」
こじんまりとした食堂に入るや、私より先に起きて食事を済ませていた老人が声を掛けてきた。
彼は私より一日遅れでこの宿に泊まりにきた旅行客だ。余生を楽しむためにエーテリア全土を行脚しているらしい。
「おはようございます。今日もまた雨ですね」
「これじゃ今日もスカイフォールは見られんなあ」
この老人も、やはりスカイフォール目当てでこの村に来ているようで、同じ宿に何日も宿泊している。
私達はこの数日で何度も顔を合わせているうちに、気付けば会話を交わすようになっていた。
パンにマーガリンを塗り、かじりつく。シャキシャキと歯応えの良い新鮮なサラダを口に運ぶ。この一週間、変わらぬ朝食だ。
老人は、私が朝食を食べている間、向かいの席で何やら本を読み耽っていた。
「ヨヨの年間降水日数は例年およそ250日。過去には一ヶ月近く、毎日雨が続いたこともあるそうで」
老人は本を閉じ、朝食を食べ終えた私に声をかけた。
「それは参りますね。あまり長居になると金銭的にとても辛い」
「ほっほっほ、確かに。この雨もいつ止むことやら」
「まったく不思議な所ですね、ここは」
「ええ、実に興味深い」
窓を打ち付ける雨の音を交えながら、会話は進む。
「諸説あるんでしょう、スカイフォールって」
「みたいですね。ただの自然現象だとか、或いは魔法を用いて人為的に作られた物だとか……」
私は指折り数えながら、いくつかスカイフォールについて噂されている説を挙げる。
「そうだのう……いろいろ言われとるが、実はワシはな、あれは村人がヨヨを観光地にしようと村起こしの為に魔法で作った自作の滝、そんなとこだと思っとる」
老人がそう言うと、皿を下げに来た宿の娘が会話に入ってきた。
「あらお客様。そんなものじゃないですよ、あの滝は」
少し丸々とした体つきで愛嬌のある娘は、にこっと笑顔を振り撒きながら老人の意見を否定した。
「伝承では、大昔ここの土地は干ばつに見舞われやすい土地だったそうです。何年も一滴の雨さえ降らない……そんな村の状況を見かねた東のトーガ神が、雲を操る竜を村へ遣いに出した。竜は村に居座り、雨を大いに呼び寄せた、と伝わっています」
宿の娘は穏やかな声で話を続ける。
「しかし、竜の力はあまりに強く、雨が止むことはありませんでした。大洪水が全てを飲み込まんとした時、英雄ヨヨが自らの命と引き換えに竜を雲の中に封印したそうです」
老人も私も、思わず娘の話に聞き入ってしまっていた。
「それ以降、英雄ヨヨの封印の力が弱まると雨が降り、また強まれば晴れが訪れる、とされています。また、ヨヨの命をもってしても、完全には竜を封印しきれませんでした。そこで雲から流れ出る竜の力の一部が、スカイフォールになった、と言われているのです」
話を終えた娘は、重ねた皿を持って厨房へと戻る途中、最後にこう付け加えた。
「そうそう、村のまじないでは明日は『晴れ』と出たそうです。スカイフォール、見られるといいですね」
誰も解明したことのない神秘の滝。明日本当に見られるのだろうか。俄然、楽しみになってきた。
そんな雨の日の一句
春雨に 伝承残る 滝の里