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巻き上がる 馬車と男の 東風

 魔法馬車の車窓から見えるのは、見渡す限りの平原。高く昇った太陽と、一晩中雨を降らしていたのか今はすっかりしぼんで見える雲。

 東に向かって真っ直ぐに伸びた道は、少し遠くに見える町フーリーと背後で少しずつ遠退いてゆく首都セントランドとを一直線に結んでいる。

 魔法馬車__光魔法で生成された二頭の輝く馬が引く巨大馬車は、私達50人近くもの乗客を乗せて一定の速度でこの道を進んでいた。


 エーテル歴884年4月7日、私キノ・ゴースルーは、エーテリア漫遊の旅路へと踏み出していた。

 まあ、昨晩は床に就くのが遅れてしまい、出発したのは正午を過ぎてからだったが。

 まさか紀行文、いや、日記の書き出しがああも難しいものだったとは……。研究論文とは大違いだ。


 目的地は次の町フーリーから8つの町をさらに経由した先にある村、ヨヨ。

 東のトーガ地方の中でもかなり辺境の田舎だったはずだが、近年は空から流れ落ちる滝__通称スカイフォールを見に観光客で賑わうようになったと聞く。

 おかげでセントランド発の魔法馬車でも、今では乗り換え無しでヨヨまで向かうようになった。私が今乗っているバスが正にそれだ。

 本当は午前中の便に乗るつもりだったが、この便でも予定通り今日中にヨヨまで辿り着けるだろう。

 私は馬車の座席で揺れを感じながら、絵画でしか見たことのない滝の美しさに想いを馳せていた。


「へぇー、ヨヨの空は一年中雲がかかってて、本当に空から滝が流れてるんだって!」

「でもほら、謎を解明しようと調査に行って帰って来た人がいないとか怖くない?」


 後部座席で若い女性二人が話している内容が耳に入る。この二人もヨヨのスカイフォールを見に行くのだろう。

 二人は書物を手に、楽しみだと言わんばかりに話を弾ませていく。


「スカイフォールの仕組みは諸説あるけど実際さぁ……きゃああぁっ!!」

 突然、魔法馬車が大きく揺れ、ガタガタと音が鳴るとともに動きを止めた。どうも前の方が沈んだような傾きを感じる。

 事故か?それとも他のトラブルが……?

「あっちゃー……こりゃいかんなぁ」

 外に降りて状況を確認した小太りの男性が声を漏らした。どうやら魔法馬車の運転手のようだ。

「昨日の雨でこんなにぬかるんどったか……。こりゃ簡単には動かせんぞ」

 私も馬車を降りて様子を見に行くと、なるほど巨大な車輪が一つ、ぬかるみに入り込んで抜け出せなくなっていた。

 二体の光の馬が必死に車体を引っ張るがどうにもならず、やがて男が諦めたように肩をすぼめると馬は光の粒となって消えた。


「ワシの魔法じゃどうにもならん。お前さん、何とかできんか?」

 男は助けを求めるように私に声をかけた。

 一乗客に委ねるような事でもない気はするが、こんな原っぱの真っ只中で長時間立ち往生するのも困るといえば困る。

 私が使えるのは風を操る魔法。やれるだけやってみるか。

「……とりあえず試してみますが、馬車をなるべく軽くして欲しいです。乗客の方々に一度下車するように指示をお願いします」

 縁起の悪い旅立になってしまったな、などと考えながら、私は男の助けを求める声に応じることとした。


 ほどなくして、50人ほどの乗客が下車し周りを取り囲む形となった。

 運転手の男から状況の説明があったようで、馬車を何とかしようとする私の様子を皆が見守っている。

 誰か一人でも手伝おうという気概のある人はいないのか。

 そんな愚痴は心の中に留めて、私は馬車を浮かせられるように魔力を練り始めた。体の周りで風が渦を巻く。

「おっ、風魔法か!背丈はちびっこい癖に中々いい魔力じゃないの!」

 やたらガタイのいい乗客が野次を飛ばす。

 人が頑張ろうって時に何だコイツは。

「ま、もし無理だったら俺に代わりな。俺の筋肉強化魔法で何とかしてやるからよ」

 私は無視して魔力を練る。渦巻く風が強くなる。

「頑張れよー、丸顔の嬢ちゃん」


 ……丸顔の、嬢ちゃん?


「だぁれが嬢ちゃんだああああああああああ!!」


 馬車は5メートルほど吹っ飛んだ。

 後で他の乗客から聞いた話だが、嵐のような風が馬車と不躾な男をまとめて吹き飛ばしたらしい。


「さっきから!背が低いとか!丸顔とか!!人が気にしてることをずかずかと!!!挙げ句!女に見えたってか!?……私は男だあああああああ!!!」

 馬車より高く吹き飛ばされた男が地面に落ちてから、私は怒りをぶちまけた。

 男は怯えた様子だったらしいが、正直よく覚えていない。



 結局、その後馬車は再び乗客を乗せて走り出した。

 私は気が落ち着いてからは周りのひそひそ話が気になってしまい、到着まで一眠りすることにした。

 気付けば夜。馬車は目的地のヨヨの村に到着していた。

 運転手から昼の一件の礼として、代金を半分ほどまけてもらって私は馬車を降りた。

 この日はすぐ近くにあった宿を選び、スカイフォールを目指すのは翌日にすることに決めた。


 旅の一日目を振り返って一句


 巻き上がる 馬車と男の 東風

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