まえがき
この本を手にとってくれたあなたへ、まずは自己紹介をしよう。
私はキノ・ゴースルー。明日から詩人として漫遊への第一歩を踏み出すつもりでいる25歳だ。
私はこの春まで7年間、セントランド第一魔法学校にて教鞭を執ってきた。飛び級で大学を卒業した後、エーテリア王家の令嬢をはじめ、多くの未来ある少年少女を教え導いてきた。
この7年は、私にとってかけがえのない時間である。だが、私が教壇に戻ることは恐らく無いだろう。
別に教師という仕事に嫌気が差したとか、一教員としての自分自身に満足できなくなった訳ではない。むしろ国内でも随一の名門であるセントランド第一魔法学校にて教鞭を執ることが出来たことは誇りにすら感じている。
だが、私は自分の目で見てみたくなったのだ。
東のトーガ地方にある、遥か天空から注ぐ滝を。
北のオーホーク地方でのみ見られる、黄金の雪原を。
西のセイスト地方に咲く、虹の花を。
南のアミナナ諸島に生きる、シードラゴンの群れを。
そして、このエーテリア王国に広がる美しい自然、溢れる生命を、一つでも多く記憶に刻み、言葉として遺しておきたいのだ。
幸いにも学校は好意的に私を送り出してくれた。突然仕事を辞めると言い出した私の我儘を聞き入れてくれた校長その他管理職の先生方には感謝しかない。旅を終え、この本が完成した暁には、収益金から学校へ恩返し出来ればと思う。
完成までどのくらい分からない。もしかしたら、旅の途中私の身に何かあれば完成はしないのかもしれない。それでも、私は旅に出よう。自分の目で見たこと、自分の耳で聞いたこと、自分の肌で感じたことを、この一冊にまとめる旅に。
遥か東洋では「俳句」なる文化があると聞く。短い言葉で、自分の感情を表現できる素晴らしい文化らしい。にわかではあるが、私も真似して旅に出るこの感情を表してみることにしよう。
春の月 光りて先の 道照らす
最後に、エーテリア王国の全てを巡りたいという私の思いから、この本の題は4つの地方のイニシャルを取って「TOSA日記」と名付けようと思う。
紀行文も俳句も初心者の私が、これからどんな本を仕上げていったのか、是非楽しんでほしいと願うばかりである。
エーテル歴884年 4月6日 キノ・ゴースルー