第1話 白い部屋
ペンネームは「さっかになりたろう」と読みます。もっとまともな名前が欲しいですね。
本編も名前が見つかんねーやつのための話です。
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この小説の書き出しはまだ決まっていない。しかし、何もかも決まっていない訳ではない。まず、この小説は連載小説である。次に、この小説の第2話の書き出しは、
「このようにして、物語が始まった可能性がある」
というのが正しい。
理由はひとまず措くとする。
若干の不安とともに明るい未来を感じさせる冒頭として、私は書かれた。
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僕は白い部屋にいる。部屋がしゃべる。
「選択肢が二つある。元いた世界に戻るか、新しい世界に移るか。どちらも不可逆だ。選択権はそなたにある。答えよ」
「……」
僕は沈黙を発するけど。話したくない訳じゃない。自分が既にこの部屋にいる以上、白い部屋とは関わらざるをえない。ただその部屋に向き合うより前に、ちょっとした恐慌状態に陥ってしまっているのだ。
白い部屋、というのは別に人間の姿を取っていない。マジな部屋だ。何もない空間に #FFFFFF な白が、ただ広がっている。
この時点でかなりつらい。人間の目は、こんなどこに光源があるかもわからないような、ただ広い白に適応できない。目が少しずつ痛くなってくる。また耳もおかしい気がする。自分以外の何も存在していないので、この空間には自分の体内の内臓や筋肉、骨が擦れ合い絡んでずれていく鈍い音、空気が呼吸器を通り血流が全身を流れる音、そしてテンポアップする心臓のビートだけが響いている。自分の身体がまったくの不定形であることを体内から鳴る音によって思い知らされ、思考が不安定になる。
呼吸音。そう、この空間には僕が吸える空気のようなものがあるけど、これは体内に取り入れても肺に摂り入れても大丈夫なのか?徹底してなにもないこの空間に窒素と酸素他の化合物だけがあるのか?しゃべる部屋の空気なんてまさか到底信じられたものじゃない。
いや空気だけじゃなく重力だっておかしい。そもそも僕はどうやってこの空間に立っている?いつもの学生靴は履いたままだが、床は存在しない。ただ空間に自分がいることはわかるが、無重力空間に浮いている感覚はなく、いつもと同じように、足元へ引っ張るような重力を感じる。視覚情報と空間認識がまったく一致せず、嘔吐感がこみ上げる。
「……」
不意に、身体が楽になる。どうも部屋のやつが気を利かせてくれたらしい。自分の目が急速に白に慣れ、耳にも体内音以外のノイズが微かに聞こえるようになり、一時の恐慌状態を脱することができた。何もわからないまま嘔吐することも避けられる。
どこまでも抽象的に、形而上学的に存在する部屋であっても、こちらの様子を察して、元いた場所──地球・日本の……つまらない都市だ──に近い環境を用意してくれるみたいだ。
というか、この急激な回復は、なんならこの空気かなんかに、精神状態に作用するような物質でも混ぜているかもしれない。でなければ魔法でも使ったか?まだ信用ならない。
「あー……」
部屋の配慮には、ただ一つの意図があると考えられる。選ばせること。そのためにこの部屋は僕を中に入れて存在しているのだろう。選ばせるために、僕の精神状態をできるだけ平常に近づける対処を行なった。おかげで、僕もようやく話せる程度に落ち着いた。
この部屋に慣れたということは。あるいは僕は神の感覚器と呼べるような、およそ生物の枠を軽く超越した適応能力を手に入れてしまった訳だけど。まだ僕はそのことに気がついていなかった。
-3-
「どちらを選択するのか?」と部屋が問う。
「とりあえず質問いい?」間の抜けた調子で答えた。
「……いいだろう、いや、イイヨ。あー口調どうしよう。あんま設定練ってなかったからな〜」
「ええー……」
「いや今更喋り方で上位存在っぽさを演出したところであんま意味ないし。ていうか君が第三の選択を創っちゃうからこっちもそれに対応しないといけなくなったっつーことで」
「え、ああ、なるほど?うーん……」
こいつ上位存在ってことは世界の管理人とかそういうレベルのアレか。もしかすると(とりあえず質問いい?)と聞いたこっちの口調に合わせて砕けたテンションになったのか?なんなんだ。
「で、質問は?」
「あー。とりあえず、まずこの状況なに?」
「状況っつってもなー。要するに世界が複数存在しててその間で君をやりとりするみたいな話なんだけど全知全能の僕から説明するとなると宇宙誕生からの歴史を語る以上のボリュームになるよ。全部説明しないと状況の把握にはつながらないけど、その話聞くの?発狂するんじゃない?」
おいおいやっぱりこいつ上位存在じゃねーか。この空間もこの話もなんでもありっぽいな。
「オーケー発狂はとりあえずなしの路線で…」
待てよ。『その話聞くの?』だと?こいつがそんな全知全能の神的存在なら、僕からの質問とか全部先回りして思考を直接読めるんじゃないか?いやむしろ僕の思考を作り上げているのがこの神なのかなんなのかわからん存在なんじゃないか?なぜわざわざ僕に質問をしてくる?
考えろ。何かがおかしい。最初の質問も今の質問も、途中で僕に配慮して空間をいじり、演出がどうとか言いながらこちらの意思を確かめようとしてくるこいつは何者だ?そしてなぜ僕に選択権がある?
全知全能でありながら、こちらの精神に負荷をかけないように、「人間性」を演出している可能性。これはあり得ない。全知全能であるという定義上、「こちらの精神に負荷をかけず意思を読み取り世界間を渡らせる」方法を取ることができるはずだ。意味もないけどとりあえず僕と話してみたかったという可能性もあるかもしれないが、それは僕にとっては、全知全能の神が発狂したとしか取れない。神が発狂したのに僕は正気なんてことあるか?
これはやっぱり…
「じゃあ元いた場所か新しい場所か…」
「全知全能って嘘だろ?あんた誰だよ」
「えっまじで。なんでわかったの?」
「まじかよ」
「あの精神状態でわかるはずないのに……もしかしてさっきので適応能力変わってんじゃないか。あー……」
どうもこの部屋はまだ発狂していなかったらしい。しかし現実にはあり得ないような空間を創り上げているこの存在は間違いなく何らかの力を持った存在だろう。
「僕はねーまあ言ってしまえば魔法使いかな」
「へ?」
「あんまり名前は知られてないけどそこそこユニークな魔法使えたから色々好き放題やってたんだよねーで人生の最後に不老不死の魔法を試してみたら調整がうまく効かなくてなぜかこんなよくわからん存在になっちゃったんだよねー」
「事情を聞いてもほとんど理解できない人生だ…」
「まあそうかもねー。知性を持った空間として存在はできたんだけど記憶も精神ももうすっかり摩耗しちゃって魔法に必要な自我はほとんどありませんってな具合で。ただ最後の不老不死魔法だけが変な残り方して時々生死の境をさまよってるような人の肉体と精神を引きつけるようになってしまったんだけど最後の良心というかまああんまり他の人をこの空間に留めて発狂させたり死なせたりするのも申し訳ないなーっていう自我はなんとか維持しててよその世界に移ってもらえるようにね」
「だからあの質問だったのか…にしてもなぜ嘘を?」
「いやだから全知全能設定にしとけば言うこと聞いてくれるしさっさとこの部屋から追い出せるじゃん?まっさか第三の選択質問が来るとはねー長生きもしてみるもんだなー」
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そして僕は選んだ。
白い部屋──人間だった頃の名前は結局思い出せないらしい──としばらく話し合い、色々なことについて教えてもらった。
その後、
「じゃあ新しい世界に行くよ」
「そうか、まあ、まだ名前も肉も持ってる人間の君にこの部屋に留まってもらってもね。死ぬかなんかしたらこっちに寄せられるようにしとく」
「ありがとう。また会えた時には君の名前を持ってくるよ」
「ああーそれが一番嬉しいね。じゃあ次の世界でも頑張ってね。どこであれ、そこが君の居場所になることを願うよ。ばいばい」
「じゃあ…」
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このようにして、彼の物語が始まった可能性があった。
小説投稿するの初めてなんですけど、改行とか段落下げとかよくわからないです。
人生と同じぐらいわからない。