第6話 妹がいるのにほかの女の子と会っていたの? 下
「なにをするんだ!? なんでこんな……いたたっ!?」
若い男性教員は群がる女子生徒を押しのけようとするが、次々としがみつかれて身動きができない。
中年の女性教員などは生徒を乱暴に床へ投げつけて強引に突破していたが、なぜかもたもたと歩きまわり、しまいには立ち止まってしまう。
すでに三人の男性が倒れていた。
ふらふらした女子生徒たちは追いかけ、しがみつき、かみつこうとしながら、同じような言葉をつぶやく。
「待って~。おにいちゃ~ん」
通りかかった宿泊客は『なにか派手に騒いでいる』程度に避けるだけの者が多かった。
おもしろがってスマホで撮影する者までいる。
しかし教師以外をふらふらと追う女子生徒もだんだんと増え、気味悪がって逃げる者も多くなってくる。
避難や通報の指示を出したり、女子生徒を止めようとする者もいたが、大勢の不審な少女がバラバラに広がりすぎ、あきらめて離れはじめていた。
真桑進はそんな中へ入って来て、とまどってキョロキョロしながらフロント受付へ近づいてしまう。
ようやく女子生徒たちの異様さに気がつき、寝転がる教員たちの姿も見つけて、硬直した。
「この症状って、柿沢さんと同じ……?」
ひとりふたり、女子生徒の熱っぽい視線が向き、ふらふらとした足どりが迫り、真桑はじわじわと後退する。
「いやいや、走って逃げようよ真桑くん」
駆けて来たもさもさ女子が大きく手をふって誘導した。
「栗沙ちゃん?」
足の遅い小柄女子はすぐに方向転換して逃げ去り、真桑も追う。
「だれそれ~? わたしがいるのに別の女の子なんて~?」
他校で初対面の女子まで泣き顔で真桑を追ってきた。
「ご、ごめんなさい!?」
栗沙は階段に着くと、ややペースを落として上の階へ向かう。
三階まで昇るとエレベーターホールの両側に製薬会社『パラソル・ジャパン』のドアが見えた。
静かで、人の気配もない。
「真桑くんはサバイバル作品なら模範的な第一犠牲者だね」
「そ、それはどうも……」
追いついた小柄男子は背後を見てまばたきする。
「あれ……? 誰も追ってこないね?」
「そのままとは限らないでしょ? とりあえず……」
ホテルの建物はゆるく湾曲した一枚板の十二階建てだった。
宿泊客用のエレベーターは中央にある四基だけで、階段はその近くに四か所あるほか、南北の端にもある。
ホテルの地上階は施設が多い。
北側にはまだ開業準備中の保育施設と介護施設がある。
中央はフロント受付を挟んでレストランと土産グッズ店が東の正面広場に面し、奥側には図書室もあった。
南側はコンビニとスーパーマーケットが並んでいる。
二階はパーティー用の広間や会議室、ホテル従業員用の部屋になっていた。
三階と四階は製薬会社の事務所と社員寮が入っている。
五階から上が客室になり、一階あたり三十部屋前後が並んでいた。
屋外の周囲はほとんど建物が見当たらない緑地になっている。
北側は小山へ長い小道がのび、製薬会社の研究棟へつながっていた。
東側は屋外ステージもある正面広場になっていて、その先の急な山にはさびれた果樹園しかない。
南側の渡り廊下は敷地外にある村役場へつながり、さらに西へ続く遊歩道は海水浴場までのびていた。
島の南端まで行くと、漁港から東側へ村落が細々と続いている。
「……どこ行こ?」
と言いつつ栗沙は迷わず近くにある女子トイレのドアへ手をかけた。
「え。……じゃあぼくは、ここで待ってるから」
「いっしょに隠れるんだってば。とりあえず真桑くんの反応がおもしろそうな場所に……というのは半分冗談だから、早く入って」
真桑は日常なら決して立ち入らない異空間に恐縮し、さらには狭い個室で女子とふたりきりになり、いたたまれない。
栗沙はしばらく黙ってうつむいていた。
「……ん~。助けられない時には見捨てないと犠牲を増やすだけ、とゆーサバイバルの基礎は思い出していたのだけどね? 心を鬼にする訓練をしてないと、現実には動いてしまうもんだね?」
「人によると思うよ? 松小路先生は軽やかに生徒を見捨てたし……それはともかく、ありがとう」
「まあね。だいじょうぶそうな感じもしたから飛び出たのだけど」
「え? そうなの? 危険そうなら見捨てていた?」
「そりゃもう。ブラコンのわたしは、おにいよりショボい男子とか興味ないし……あ、ごめん。真桑くんはいい人だよね」
「えーと……うん……」
栗沙の態度は淡々としていて、真桑は期待らしきものをごりごりと奪われる。
狭い空間で、ほわほわした髪からシャンプーの香りも漂ってくるだけに酷だった。
「そんで、感染対策を考えているのだけど」
「うん……え。あれってゾンビみたいに感染しているの?」
「とゆーか、いかにゾンビと違うかが肝心だけど。共通点は『人にかみつく』『感染する』くらいだし」
「それで十分じゃない?」
「九分九厘ちがうってば。かむけど、殺しも食べもしない」
「じゃあ、かみつく理由ってなんだろ?」
「あと、そこからわかる『かまれる条件』が大事ね?」
「条件とかいっても……みんな、おにいちゃんがどうこう言って追いかけているだけで……」
「いやいや、それがそのまま答でないの?」
「え…………?」
「標的の優先順は先生、男子、年上……特に『頼れそうな人』『守ってくれそうな人』……」
「つまり『おにいちゃん』に見える人!?」
「そ。んで『かみつき』の多さからしても、頭の中がすんごいかたよっている感じ。もしヘタレ男が好きな女子でも、感染したら『おにいちゃん』属性の低い真桑くんへの評価は低くなるかも?」
「あの……いちおうはぼくもかまれそうになったんだけど? 栄田くんよりは優先される感じで」
「例のポンチ映画のヘンタイ兄貴に近いほど優先されてそうだし、ザコくさい下品さが顔に出ている栄田くんよりは、いい人ぶって見た目は優しそうな真桑くんがマシになるのかな?」
「えーと……うん……というか、アニメなんかが影響するの?」
「関連あるとしか思えないけど『なんで』『どう』影響するかは謎すぎだよね~?」
「人によってはインパクトが強そうな作品だけど、なにかすぐ行動させるほどではないよね?」
「わたしみたいに、ただ退屈だった場合はどうなるだろね? それ以外で最近のインパクトあるものに影響されるのかな? 春梅さまと杏理華さまの決闘とか」
「ロビーで見た惨状じゃないの?」
「ありゃ。わたしもかみつき屋になる危険があるか」
「というか、あの映画以外でも影響を受けるの?」
「さっき真桑くんも疑っていたでしょ? 映像や音声を使った催眠誘導だけで、あれほど強い効果は難しそうだし。このホテルとゆーか、島全体がグルだったとしても……」
栗沙はトイレットペーパーにまで印刷されたアニメ『シー・スター ~海の星は妹だった~』のヒロインキャラをにらむ。
「……薬物混入を併用して『催眠暗示にかかりやすい』状態を準備されていたなら、可能性も出てくるかね~?」
「それなら催眠を解くか、最悪でも薬物が体から抜けるまで待てば解決?」
「ん~。暗示の発動に『かみつき』を使っただけの『擬似感染』ならそうかもしんないけど。もし本当の感染症まで併用していたら、末期症状はどこまでひどくなるんだろ?」
栗沙がそこだけは腕をくんで顔をしかめ、真桑も青ざめる。
「なんでそんなことを……?」
「状況はツッコミどころしかないから、目の前の対策に使えないことを気にしたら負けだよ?」
淡々とした即答に、真桑もうなずくしかなかった。
栗沙は頭を抱えて考える。
「で。言ったばかりの大問題だけど、どこまでがグルだろね~?」
「たしかに。相手の範囲で対策がぜんぜん変わってくるね?」
「あんだけの騒ぎで、いまだになんの呼びかけ放送もないから、ホテル経営側は信用できないよね?」
「そうなると、どこに助けを求めたら……わからないから、とりあえず女子トイレに入ったのか。上の階もどこに感染者がいるかわからないし」
「結局ゾンビにまみれてオダブツなら、せめておにいといっしょがいいな~」
栗沙に不満顔で見つめられ、真桑も嫌味をこめた笑顔になる。
「ぼくだってスタイルのいい大人の女性といっしょがいいよ」
「竹見先生みたいな?」
真桑が力強くうなずき、栗沙はあきれて笑いつつ、だぼついたシャツから胸を寄せて持ち上げる。
「じゃ、わたしが隠れ巨乳と知っても襲わないか」
「え」
「え」
真桑はつい、持ち上がった肉量の意外さに目をとめ、栗沙もあわてて隠蔽しなおす。
もさもさ女子にもようやく密室の高校生らしい恥じらいがにじみ、目をそらした。




